模倣騎士、14

吊り橋を渡りきったその瞬間、視界がぱっと開ける。


 そこは――森の奥にひっそりと眠る、静寂の聖域。


 湿った木の香り、葉擦れの音さえ止んだような空間に、一本の巨樹が根を張っていた。


 まるで森の心臓。その根のくぼみには、まさに“戦いの舞台”としか言えない空気が満ちていた。



「……すげぇ……まるで聖域みたいだな」

 縁が思わず声を漏らす。


「静かすぎるのが逆に怖いよ……何かいるよね、絶対」

 綾がびくびくと後退る。


「……風の匂い、変わった」

 つかさがふと足を止めた。

「さっきまでと違う。ここ、なんか――」


 ズズッ……! 


 巨大な根の裂け目から、何かが這い出してくるような音。


「来るぞ!」

 柊が鋭く声を上げる。


巨樹の根――その裂け目から現れたのは、風の衣をまとったような、樹の戦士。

 “翠風のガーディアン”。自然の意志が具現化した、守護者。


「“翠風のガーディアン”か……!」

 照人が目を細める。


「わたし、図書館で見たことある。吊り橋区画の守護存在。こいつを倒せば、ここ突破ってことだよね!」とアヤメが杖を握りこむ。


「見た目からして絶対堅いやつだコレ!どうすんの!?」

 綾が杖を構えつつ腰が引けている。


 

「冷静にいこう。まずはつかさ、風の流れ確認!俺と照人で囮!」

 柊の指示が飛ぶ。


「うん! 今は南から、三秒後に北西から突風来る!」

「照人、左から突っ込むぞ!」


「了解っ!」


 


 照人と柊が左右に分かれ、風の隙間を突いて突撃!

 だが――


 バァン!! 


 盾のような枝が旋回し、照人の斬撃を跳ね返す。


「おおっと……!やっぱガチガチだ!」


「物理通らないな。どうすんだ、柊!?」

 縁が盾で枝の打撃を受け止めながら叫ぶ。


「弱点は根元……!風が発生してる中心、あそこを狙う!綾、火系集中できる!?」


「ひぃっ……虫いないし、やってやんよっ!!」

 綾が杖を突き出す。


「《うちらの友情燃え上がりMAX! ギャルビーム!!》」


 轟ッ――!! 


 大地を這うような火線が、根元に走り込む!

 風の障壁が割れ、内部の“核”が露出した!


「今だ照人!!」


「――斬るッ!!」


 照人が足場を転がりながら突撃。

 空中回転からの、垂直落下斬り!


 命中! 木の皮のような装甲が裂ける――!


 


 ……しかし。


 「まだ動いてる!?」

 みつきが叫ぶ。


倒れかけたガーディアンが、最後の一撃――

 枝のような腕を振りかぶり、照人へ!


「――あまのぉぉ!!」

 柊が声を張る!


「やらせねぇっての!!」

 縁が盾を抱えて突っ込む!

 重量級の全体重が、風ごと振り下ろすような一撃に乗る!


 ガガァァン!!


 枝の腕が砕け飛び、風が止まる。


「任せたぞ、照人……!」


「――当然ッ!!」


 続けざまに照人が追撃――!


 ザァッ!!


 敵の“核”が真っ二つに割れ――ガーディアン、沈黙。


 

 森に再び静けさが戻る。


 「……終わった、な」

 照人が剣を納める。


「ふ、ふぃ~~っ、こっちは心臓止まるかと思ったよぉ……!」

 綾が地面にぺたんと座る。


「うんうん、今回は風、ちゃんと見えてたよ!」

 つかさがぴょこんと手を挙げる。


「超えらい。今回のお前は MVP級だ」

 柊がさらりと褒めると、つかさは耳まで赤くして「えへへへ~」と笑った。


 

森の中とは思えぬほど静かな空間だった。


巨大な一本樹の幹を渡る吊り橋を抜けた先、自然のくぼみが開けた小広場のようになっていて、木漏れ日が穏やかに降り注いでいる。全員、ひとまず腰を下ろし、水筒の水を口にした。


「……ここが最後の前だな」

縁が重たい装甲をゆっくりと外しながら、肩で息を吐いた。


「足……もう棒だし。虫だし。なんか臭いし」

綾は不機嫌そうに泥を拭き取りながらも、手際は慣れていて、意外とアウトドア経験豊富な一面を見せている。


「でも、あのトレントとの橋バトル、わりとテンション上がった」

「落ちそうになってなかったっけ?」と赤坂が地味に突っ込みを入れる。


「いやー、わたしはもう無理かと思った……」

アヤメが丸まったままぺたんと座り込んでいる。その隣では、みつきが手のひらサイズの風魔石を指で回している。


「つかさくん風の気配で鳥の動き読んでたよ。すごかった」

「えっ、そ、そうかな……?」と照れるつかさ。微笑ましい。


「……さて」

静かに、柊が地図の魔導紙を取り出した。広げると、淡く光るルーンが第七区画の構造を描き出す。


「ここが“巡る樹冠”――巡回路の最深部。つまり、このダンジョンの終着点だ」


「今までとは違うってこと?」

と、綾が地図を覗き込む。


「うん。ここにいるのは初級ダンジョンの管理存在――ゴブリン・ウォーロード。それにガーデントレント。どっちも単体でも厄介だ。連携して出てくるなら……ちゃんと戦術組まないと、普通にやられる」


「了解、参謀どの。で、作戦は?」

照人が笑みを浮かべながら問う。目は真剣だ。


「まず、開幕は綾の火力で戦端を切る。あの爆炎は制御できてないが、それゆえに先制で一気に敵を引き裂ける。俺と赤坂で敵の位置と動きを読む。つかさ、みつき、アヤメは後方から補助に回れ。特にみつきは回復重視」


「はいっ!」

アヤメがぴしっと手を上げる。いまだ不安げな表情だが、真剣な瞳は揺れていない。


「縁、お前はウォーロードに張り付け。盾と鎧で、仲間が立て直すまでの時間を稼いでくれ」


「……了解。やるだけ、やるよ」

疲れてはいるが、目は覚めている。


「……じゃ、私の番ね」

綾が立ち上がり、杖を掲げる。「あの爆発、ちょっとだけ狙ってみるよ」


「マジで爆心地だけこっち向けないでよ……」


「だーいじょぶだって! 多分!」


(ああ……この“多分”が怖い)


「さてさて、じゃあ――ラスト一撃、ビシッと決めちゃおうか」

照人がスッと剣を抜き、日差しを背に軽く笑ってみせる。

「補習組? 泥だらけ? 上等。ここまで来たのは俺たちだ。だったら……最後まで、ちゃんと俺たちで行こうぜ」



沈黙。


次の瞬間、それぞれの目が交錯する。


――仲間として。


「よっしゃ、じゃあぶっ飛ばそっか!」

綾の笑顔に全員が応じるように立ち上がる。


「……ま、俺が居なきゃまとまんねえしな」

柊がそっぽを向きながら呟く。顔は、わずかに紅い。


「じゃあ、次で終わりか。……俺の鎧、今が一番泥だらけかも」

「じゃあ記念に写真撮る?」「やめろやめろやめろ!!」


笑い声と共に、最後の戦いへと、彼らは歩き出す。



【第七区画:巡る樹冠】


足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


頭上を見上げれば、陽光を遮るように巨大な枝葉が四方に伸び、幹と幹が橋のように繋がっている。

《巡回路》の名前の通り、すべては一筆書きで巡る構造――そして、ここが終点。


「……来る」

柊が地図を畳むのと同時、遠くから重い足音と、低い咆哮が木霊した。


現れたのは二体。

ひときわ背の高いゴブリン・ウォーロード。黄金の角兜と鉄製の斧を担ぎ、その眼光は狡猾にして残虐。

その背後には、黒々とした根の群れを揺らしながら、ガーデントレントが姿を見せた。全長三メートル超、森の守護者を名乗るにふさわしい巨体。


「じゃ、私からね!」


綾がすっと前に出る。泥で汚れた制服を気にもせず、魔力の篭った息を吐く。杖を高く掲げ――笑う。


「これが、私の……"まじめにやったらすごいんだから"!」


《ラスボス級の感情リプぅぅ!》


彼女の足元に魔法陣が展開し、赤熱の光が収束し、瞬間――


 ──ドオオオンッ!!


爆裂する焔の柱が、ウォーロードの正面を吹き飛ばす。熱波が周囲を包み、トレントの片腕が燃え落ちた。


「ッ、今だ! 縁、前へ!」


「了解っ!」


縁が鉄靴を鳴らして突進する。全身鎧の重量を活かし、まるで壁そのもののようにウォーロードに肉薄。


斧が振り下ろされる直前――盾が火花を散らし、止めた。


「こっから先は、絶対に通さない……俺が、壁になる!」


「グギィィッ!」


ウォーロードが斧を打ち込み続けるが、縁は一歩も退かない。後ろには照人が回り込み、ミームナイトの剣が光る。


「じゃ、行ってくる。参謀、頼んだぜ」


「……死ぬなよ」


照人は笑い、枝を蹴って宙を舞う。


「うおおおぉぉぉぉッ!!」


空中で一回転、華麗な着地と同時に繰り出される斬撃。軽業師のごときミームナイトのスタイルが、重装甲の隙間を穿つ。


「つかさ、風来るぞ! 揺れる前に先に読んでくれ!」


「う、うん! 来るっ! 右から強めの一陣!!」


つかさの警告に、赤坂が即座に対応。トレントの蔦が振りかぶられる前に、照人が枝を蹴って跳ね退ける。


「位置、敵の再出現パターン把握! みつき、次の光、斜め前!」


「わっわかった! ピカーッ!」


みつきの光魔法が炸裂し、トレントの目を一時的に焼く。そこへ赤坂が罠のトリガーをセット、爆裂音と共に敵がのけぞる。


「照人! 後ろの枝、敵出るぞ!」


「わかってる!」


宙を走るように照人が跳び回り、次々と枝に出現する幻影兵を落としていく。


「すっご、連携してる……!」

アヤメが震えながらも、回復魔法を継続する。倒れそうな縁の脚に活力の火を落とし、血の気が戻る。


「さすが、ちゃんとしたパーティ戦だね!」

と綾が言いながら、再度魔力を溜める。「次は中爆裂、行くよ!」


「よし、前線維持できてる……!」


柊が地図と位置情報を見ながら、素早く命令を出す。


「赤坂、左からトレントが蔦を伸ばしてくる、罠誘導。照人、右の幻影兵は俺が指定した枝へ!」


「まかせろ!」


照人の声が風に乗る。


空中と地上、幻影と実体、炎と風、剣と罠、全員が連携しはじめた。


そして――。


「次で、終わらせる!」

照人が、剣を構えた。


続くクライマックスに向けて、舞台は整った!


「ウォーロード、斧を構え直した。全体攻撃くるぞ――!」


柊の声が鋭く響いた瞬間、ウォーロードの背後の魔法陣が紫電を帯びて回転を始めた。

トレントの幹の中から魔力が漏れ出す。連携を始めたのだ。


「後衛、退避! 縁、そっちはお前に任せる!」

「任せろッ!!」


縁は重厚な鎧を軋ませながら前へ。ウォーロードの薙ぎ払う斧を正面から盾で受け止める。


 ガァァンッ!!


金属と鉄骨がぶつかりあったような轟音。

だが縁は踏み止まる。土が割れ、樹皮が裂けても、その脚は折れない。


「オォラアアアアアアア!!!」


盾を押し上げ、その勢いのまま鋭い踏み込み突きを一閃。ゴブリンの兜に風穴が空くが、まだ倒れぬ。


「照人! 今なら回り込める!!」


「了解! 俺にしかできない仕事、見せるよ!」


――そこから、照人の舞台が始まった。


枝の間を跳び、風を蹴るように身を翻す。

ウォーロードの横から跳ね上がったかと思えば、次の瞬間にはその背に回り込んでいた。


「――"模写戦技イミテイト・スラッシュ"」


かつて見た忍びの踏み込み――その動きを、記憶ごと再現する照人の“模写”。

影のような動きで敵の急所へ剣を突き立てる。


しかしそれだけでは終わらない。


「続けて……戦士系の――《逆袈裟・重式》!」


今度は真っ向から力強く振り下ろす、斬り上げの連撃!

軽業師と剛剣の両極を組み合わせた、まさにミームナイトの真骨頂。


「グ……ギィィィィィィィ!!」


ウォーロードが叫ぶ。よろけ、しかし膝はつかない。


「照人ッ、もう一押しだッ!!」


「なら、最後はこれで決めるよ……!」


剣を構え、最後のオリジナル。


「――《ミームスラッシュ》!!」


地を蹴って一気に背へ跳び乗り、両刃の一撃を、真上から喉元へ。

風を裂き、火花を散らし――照人の剣がウォーロードの心臓部を貫いた。


「――終わり、だろ」


 ――ドグゥッ!!


巨体がゆっくりと傾き、ウォーロードが膝をついて倒れた。


「よし! 残るは、トレント!」



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