模倣騎士、11

朝の空気がまだ少し冷たく、校門前の共有スペースには、登校準備をする生徒たちがぽつぽつと集まり始めていた。


そんな静かな時間をぶち壊す声が、響き渡る。


「おっはよーっ!! ねぇ聞いて聞いて聞いて聞いて!!」


制服の上からケープを羽織ったアヤメが、テンションMAXでベンチに向かって駆け寄ってくる。


「……お、おう。朝から元気だな」


縁はまだ半分寝ているような目で、買いたてのホットミルクをすすっていた。


「……俺、あと15分は無言でいたかった……」


「ダメっ! いいニュースは即共有!って、昨日フォロワーさんが言ってたの!」


「それ誰情報だよ……」


「朝スキャナー行ったら、私レベル上がってたのー!!」


「お、おめでとう? ってか朝イチでスキャナー寄ったのか……」


縁が眠たげな目をこすりながら尋ねると、アヤメは満面のドヤ顔でスマホを突き出した。


その直後――


「わたしも上がってたよっ!」「ぼくも……っ!」


みつきとつかさも、寮側から小走りで駆け寄ってくる。手にはそれぞれスマホ。


画面には、それぞれのステータスが表示されていた。

▶ アヤメ:Lv5(+3)

▶ みつき:Lv4(+2)

▶ つかさ:Lv5(+2)


「おおっ、けっこう上がってるじゃん!」


照人が目を細めて、うれしそうに画面を覗き込む。


「ちょっと! アヤメ3も上がってるって凄くない!?」


綾が驚いた顔で言うと、アヤメはやや遠い目をしながらぽつり。


「……詠唱、9回くらいミスって、最後の1回だけ……当たった……多分、それ」


「詠唱で体力削ってレベル上げる新ジャンル!?」


「でもこれなら……! 今日中に初期職卒業、できちゃうかもっ!」


みつきが目をキラキラさせながら縁を見上げる。


「おう。今日は一気に仕上げるぞ。巡回路を踏破して、派生職の扉を開く」


縁が立ち上がって軽く背伸びをすると、女子三人が「はーいっ!」と元気に返事。


「やる気だけは、一人前だな……」


少し離れた木陰で、柊が腕を組んでぼそっと呟く。


「なーに? 柊くん、朝から拗ねてんの~?」


綾がにっこり笑ってすり寄ると、柊はビクッとして後ずさる。


「っ、く、来んなっつの! 女子苦手だって言ってんだろっ!」


「ん~? 聞こえなーい☆」


「う、うるさいだけだって言ってんだっ!!」


「はいはい、かわいくてうるさくてごめんねー♪」


「誰が可愛いだこのっ!!」


「さて、集合は揃ったな」


照人が手をパンと叩いたそのとき――


「……裏道、確認しておいた」


掲示板の陰から、赤坂がぬるりと登場。


「第五区画の中腹に抜けられるルート。時間短縮にはなる……かも」


「うわ!? 今までそこいたの!?」


縁がびっくりしてのけぞる。


「……昨日の帰り道、目印つけといた。朝確認もした」


「すげーな忍者……いや、罠師か」


「忍者じゃない……斥候、だから……」


そんなやりとりに、みんながくすっと笑う。


照人がひときわ声を張った。


「よし! 今日は巡回路クリアして、補習卒業! そして――正式クラン強化だ!!」


「「「「「おーっ!!!」」」」」


かくして、朝の光の中で――

“変わり者と元落ちこぼれたち”のクランは、踏破二日目へと走り出す。




【第五区画:記録の木霊】


午前九時、快晴――だが、第五区画に足を踏み入れた途端、空気が一変した。


森の天井は高く、光は漏れているのに、色味はどこか白く霞んで見える。

まるで薄い霧の中を歩いているかのような錯覚。

歩くたびに草の匂いが濃くなるのに、虫の羽音すらしない。


「……音、全部止まってる。風も、消えてる……」

先頭を歩くつかさが立ち止まり、小声で振り返る。いつもより控えめなトーンだ。


「ちょっと、ここホラーすぎない? やめてよね、そーいうの!」

綾が髪をいじりながら周囲を警戒し、足元を気にして慎重に歩く。


「木の幹、模様……いや、これ……文字じゃない。記録……かも」

赤坂が幹に手を当て、古代の焼き印のような痕を見つめる。


「記録……って何をだよ」

柊がしかめ面で木を睨みつける。

「俺たちの動き? 監視されてるってことか?」


「えっ、なんかヤな感じするんだけど」


 「……わたしたち、見られてるの……?」

みつきがびくりと肩をすくめ、照人の背後にぴたっと寄る。


「今さら感あるけどな。

この手の空間、“空気そのもの”が罠って場合もある。集中しろよ」

照人が周囲を見回しながら言う。


「……こっちの動き、全部読まれてる感じ。幻惑系かもな」

柊の声が低くなる。


「おい、来い」

縁が少し先で手を上げた。

その先に広がっていたのは、ぽっかりと空いた小さな広場。


その中央――

彼の指差す先には、ぽっかり開けた空間があり、そこには何やら不自然な立ち姿の“何か”がいた。


「……え、あれ……あたし……?」


綾が一歩前に出る。

そこに立っていたのは、彼女自身そっくりの幻影だった。

肩をすくめ、杖をクルクルと回しながら、魔法の詠唱ポーズを取っている。


「な、なになに!? こんな動きしてないし!……いや、してるかもだけどぉっ!!」


幻影は、綾の細かい仕草まで、完璧なタイミングでトレースしてくる。


「これ……模倣してるのかも……」

つかさが小さく震える。


と、その隙間から――

今度は照人そっくりの幻影が、草の影からぬるりと現れた。

剣を構えた立ち姿も、目線の動きまで、瓜二つ。


「ちょ、おい……なんで俺の真似!? そういう芸人いたっけ!?」


「てか顔、こっちのほうが整ってない? 地味に腹立つんだけど」

綾がじっと見比べてつぶやく。


「それな」

縁が真顔で乗った。

「もし俺の幻影がイケメン補正されてたら……今日立ち直れねぇな」


「いや、そういうとこ気にする余裕あるなら、前見とけよ……」

 柊が小さくため息をつく。


そして進むたびに増えていく“本人そっくり”の幻影たち。

攻撃こそしてこないが、動きを真似し、視界の端にまとわりついてくる。


「これ……敵がこっちの戦い方覚えてたら、めっちゃやりづらいよね……」

つかさがぽそりと呟く。


「思考も、癖も、丸見えになる……つまり“手の内を全部読まれてる”ってことだ」

柊がうなずく。


「え、心理戦とかほんっと無理なんだけど? あたし力でドカン派だってのに〜」

綾が頭を抱える。


そのとき――


「……来る」

赤坂が足を止め、警戒の声を上げた。


木の根の間、朽ちかけた一本の大木の幹が音もなく開く。

そこから、ねじれた根と苔に覆われた“何か”が姿を現す。


「ようこそ……外の者たちよ――」


重く、湿った声。

現れたのは、苔をまとい、杖のような枝を手にした巨大なトレント。


「しゃ、しゃべったぁあ!? モンスターって喋るの!?」

みつきが飛び上がる。


「お前……ボスか?」

照人が剣に手をかける。


「戦いを望むならば、それもよい……だが、まずは――己を見よ」

トレントの指――いや、枝が森の奥を指す。


そこには――


クランのメンバー全員。照人、縁、綾、柊、赤坂、アヤメ、みつき、つかさの幻影たち。

それぞれが構えを取り、まるで“こちら”を映す鏡のように、静かに待っていた。


「なるほど……」

柊が小さく呟く。


「“本気の自分”に勝てるか、試されるってわけか」


「ふふっ、上等じゃん……!」

照人がニヤリと笑う。


「さて……準備はいいか?」

縁が静かに、だが力強く言う。


「“記録の木霊”――ここからが、本番だ」



静寂を切り裂く、ひとつの合図。


「いくぞッ!」

照人の号令とともに、クランの仲間たちが一斉に飛び出す。


──だが、その一歩後。

“自分たちそっくり”の幻影たちが、寸分違わぬ動きで追いかけてくる。


「うわ、マジで同じ動き!? めっちゃ気持ち悪いんだけど!!」

綾が詠唱の構えを取ると、幻影・綾も同じポーズで手を掲げる。


「こっちが炎術ってバレてるの、地味どころか致命的なんだけどっ!」


「赤坂、罠で撹乱できないか!?」

縁が叫ぶ。


「だめだ。俺の“幻影”が、先に仕掛けた位置を踏んで起爆させてる。潰し合いになるだけだ」

赤坂は冷静な声で返す。


「なんなんだこのクソゲーは……!」

 柊が忌々しげに歯を噛みしめた。


 


 一方その頃、補習組。


「え、えいっ!」

 みつきが発光魔法を放つ。まばゆい光が――


「って、目に入ったぁぁあああ!? 俺だよ俺、みつきぃぃぃ!!」

 縁が顔を抑えて叫ぶ。完全に味方の目を潰した格好になってしまった。


「ご、ごめんなさぁいぃ!!」


 


「い、いくよ……!」

 つかさが風の流れを読むが――


「そよ……風……?」

 赤坂が真顔になる。


 その“風”は幻影たちには一切影響を与えず、軽くスカートを揺らしただけだった。


「ねぇ、今の意味あった!?」

「が、頑張ったよ! 空気読んだのに、空気しか動かなかった…」


 


「私の番、ね……!」

 アヤメが震える手で詠唱に入る。


「えっと、たしか……“火の加護をこの右手に”で、“導きの理は煌きに変わりて”……で、あれ、えっと、“そしてこの地に!”だっけ――」


 ――ポスッ。


 小さな火の玉が、地面でポンと弾けた。


「…………」

 一同、沈黙。


「不発かよ!!!」

 柊のツッコミが森に響いた。


 


 幻影たちは、着実に詰めてきていた。

 戦闘職の面々はそれぞれの幻影に当たり合い、しばし膠着状態が続く。


「思ったより……厄介だな」

 照人が歯を食いしばる。


 自分の動きをなぞる幻影は、まさしく“今の自分の実力”そのもの。攻撃も、防御も、戦術さえも同格だ。


「なら、どうやって……」

縁が考える隙もなく、幻影・照人の蹴りが飛んでくる!


「って、え!? お前の動きマジ怖えって!」

「本物の俺も必死だよ!! 余計な感想いらねぇ!!」

照人が真っ赤な顔で蹴り返す。

 


 そんな中、補習組の3人は明らかに追い詰められていた。


「ま、待って待って! あたし、あたしの幻影に魔法の型真似されてる!? ずるい、そっちの方が詠唱早くない!?」


「だ、だってこっちは不発するように調整されてるじゃん!? ズルじゃん!? AI強化型なの!?」


「て……てるとくんっ……たすけてぇぇえええ!!」


「やっべ……予想以上にやべぇぞこれ……!」

 照人が汗をかきながら叫ぶ。


 


 ──完全に、動きが読まれている。


補習組はまだ未熟。

戦闘組は“自分の完成度”に押されて膠着。

次第に全体がジリ貧になりはじめていた。


「くっ……ここまでか……?」

綾の火球が、敵の炎術幻影に正確に相殺される。焦りの汗が流れる。


そのとき――


「なら……俺が、突破口作る!!」


──柊だった。


戦術家の眼が、わずかな“ズレ”を見逃さない。


「全員、“同時”じゃなく“ズラして”動け! 順番も動きもバラせ!

幻影は模倣にラグが出る! そしたら連携が通る!!」


「了解っ!!」

「たぶんわかったっ!!」

「え、バラす? どこを!?(混乱)」


「いいから動けッ!!」

柊の声が森に響く。


──その一手が、流れを変え始めた。


未熟な補習組。

鏡と化した戦闘組。

だが、この混戦の中で、クランとしての“初めての連携”が芽吹こうとしていた――!

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