模倣騎士、10
木陰にレジャーシート代わりの布を広げ、みんなで昼食のパンを分け合っていた。
「は~~、生きててよかった……」
つかさが配給のジャムパンを大事そうにかじる。
「さっきの攻撃、ナイスだったよ。特に最後の“そよ風”!」
照人が親指を立てて笑った。
「えっ……あれ、効いてたの……?」
つかさがパンをほおばったまま、きょとんとした顔。
「風の流れで敵の動き止めたじゃん。あれでアヤメの声通ったんだし」
縁が笑ってフォローする。
「……わたしも、たぶん……成功した、と思う。声、大きかった……けど」
みつきが小声でぽつりとつぶやく。
「そりゃ大成功だよ! ゴブリン同士でぶつかってたじゃん!」
アヤメが明るく笑う。
「てかさー、君たちさ……このまま補習で夏休み終わる気ぃ?」
綾がニヤッと口角を上げて言った。
「えっ……や、いや、それは……なるべく……回避したい……です」
みつきが苦笑いを浮かべる。
「でしょ~? だったら――うちのクラン、入っちゃいなよ!」
綾がバッと手を広げる。
「……え?」
アヤメ・みつき・つかさの3人が声をそろえて固まった。
「補習って、初期職Lv8になれば免除だろ? だったら、そこまで俺たちが付き合うよ」
照人がパンの袋を閉じながら言う。
「このまま全区画回って、もう一周して、Lv10まで上げるコースにしよ。派生職狙いで!」
綾がパンくずを払って、テンション高めに乗っかる。
「……いいの? 私たち、めちゃくちゃ足引っ張ってるよ?」
つかさが心配そうに言った。
「逆に面白い」
柊がぼそっと呟く。
「えっ?」
「ここまでトラブルまみれで進んで、それでも突破できてる。むしろ、それが――“このクラン”の強みだろ」
柊がパンをちぎりながら言った。
「うわ、雷吾くんポエマーっぽ〜」
綾がニヤニヤ笑う。
「ち、ちげーし! これは……その……戦術的な話だから!」
柊が顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「ふふ、でも……一緒に行けるのは、心強いなって思ってる」
みつきが小さく笑った。
「補習がなくなるなら、そりゃもう、入るしかないっしょ!」
アヤメがガッツポーズ。
「詠唱練習にもなるし……ぼくも、やってみたい……」
つかさがジャムパンをぎゅっと握りしめながら呟く。
「じゃあ、決まりだな!」
照人が立ち上がって、木々の向こうを指さす。
「このまま一緒に――初期職Lv10、そして派生職へ! 目指せ補習卒業だ!」
「「「おーっ!!」」」
補習組3人がちょっとだけ元気に手を挙げる。
「ふふっ……これで、クランメンバーが8人か」
縁がどこか感慨深そうに呟いた。
「よっしゃ、次の区画も行こうぜ! 次は――【第四区画】か!」
【第四区画:湿りの根道】
──地面はぐちゃりとぬかり、空気は重たく湿りきっている。耳元でぷぅんと不快な羽音が蠢いた。
「うっそ……靴が沈んでる!? 泥!? 無理無理むーり!!」
綾が叫びながら片足を引き抜く。ぬちゃっ。
「ぎゃああ!? なに今の!? 絶対虫! こっちくんなバカァ!!」
アヤメが振り払うようにその場でくるくる回っている。
「わ、私も……これ……無理かも……」
みつきが泣きそうになりながら、帽子をぎゅっと深くかぶった。
「……この状況、女子といるのがいちばんつらい……」
柊、顔を真っ赤にして泥の地面を見つめる。
「ほら雷吾くん、女子がピンチだよぉ? たすけてー?」
綾がにやにやしながらわざと近づく。
「なっ、ななななっ!? 来んな来んな来んなあああっ!!」
柊、後退しすぎてぬかるみにハマる。
「柊、沈んでる沈んでる」
赤坂が無表情で指摘した。
「よし、そろそろ来るぞ――“吸血系”だ。後衛、下がって!」
照人が周囲を見渡して叫ぶ。
「いや私もう一番後ろなんだけど!? てか下がったら虫来るんだってばー!!」
綾が半泣き。
──そのとき、ぬるりと地面から這い出てくる影。
スライム、ドレインバグ、そして音もなく忍び寄るサイレントワーム。
「うっわ!? キモッ!? ちょっ、無理ムリむりむりー!!」
綾がパニックになって杖をブン回す。
「落ち着け! 爆発だけは回避して!頼むから!!」
縁が横から必死に止めようとするが――
「ムリムリムリムリィィィ!!」
ドカン! 爆発。泥しぶきが飛び散る。
柊と赤坂が即座に盾の陰に滑り込んだ。
「くっ、後衛が狙われる……! やらせるかよ!」
照人が前に出てスライムの飛びかかりを受け止める。
「後方、来てる。罠、起動」
赤坂が静かに指を鳴らす。バシュッ!
地雷罠が爆ぜ、ドレインバグが吹き飛んだ。
「つかさ、いける?」
縁が声をかける。
「……いきます。風よ、巡って」
つかさの詠唱が通り、風が吹き抜ける。
「いまっ!」
照人のミームナイト特有の「動きの記憶」連撃が命中、サイレントワームが地に沈む。
「……クリア、かな」
赤坂が静かに言う。
「む、虫が……しんだ……し、しんだ……」
綾が泥まみれでぺたりと座り込む。
「もうほんっと無理……虫と泥とか地獄かよ……」
アヤメも魂抜けかけている。
「おれも……女子の至近距離で泥まみれは精神崩壊寸前……」
柊が天を仰いでうずくまる。
「はいはい、でも勝てたでしょ? これが“連携”ってやつだよ」
照人が笑いながら声をかけた。
「──ってまた来た!? 今度はなんかでっっっかいミミズぅぅぅ!? 嘘!? 嘘って言ってぇぇ!!」
綾が絶叫。
「サイレントワーム……サイズが一回り大きい……」
みつきが青ざめて後退。
「風が……来てる! そっちに向かってるよ!!」
つかさが叫んだ――その直後。
ぬちゃっ……ずるっ。
「え、ちょっ……わああ!? 足滑ったぁああああ!!」
柊が泥の中にダイブ!
「柊!? 顔いってる顔いってる!! 大丈夫!?」
縁が駆け寄るが――
「こんなとこ女子に見られたら……ッッ! ぜってー死ぬぅぅぅ!!」
柊が泥まみれのまま短剣を抜いた!
「うわああもうやけっぱちだあああ!!」
全力で斬り込む柊! 泥と虫が飛ぶ!
「柊、あんた最高じゃん! そのノリ好きー!!」
綾が爆笑しながら後ろから大爆発!!
ドカン! ボカン! ズシャアッ!!
「ぬわあああ!? あれ後衛にも飛んできてるぅぅ!!」
みつきが目をつぶって魔法を放つと――
ビカッ!!!!!!
「まぶしっ!? 見えない見えない見えないー!!」
縁が光に目を焼かれながらも、反射的に盾で守る!
「い、今です!」
つかさが詠唱を終えた!
「“疾風・太刀風――”」
……ブシュ。
そよ風が通り過ぎる。
「……さわやかで気持ちいい風だったな」
赤坂が無表情でつぶやいた。
「いやそこ!? そこ突っ込めよ!? 森ネズミも無視してんだけど!!」
照人が剣を構えて前衛に!
「じゃ、じゃあこれでどう!?」
綾が再度詠唱、焦って調整をミスり――
ズガァァァン!!!
「って広範囲爆発ぅぅぅ!!」
全員泥まみれ!虫は吹き飛ぶ!視界が土煙!
「結果的に勝ったけど!!」
「被害もデカい!!」
「どろっどろやぞ、全員!!」
「えへへ、き、記念撮影する!? クランの戦歴として!!」
「誰がするかーーー!!!」
一同絶叫。
「……つっかれたあああああああ!!」
綾が仰向けに倒れ込み、バンザイポーズでギブアップ宣言。泥と葉っぱで、まるで“野外フェス帰りのギャル”みたいな有様だ。
「ぅぇえええ……俺もう、虫のいるとこに足を踏み入れたら切腹する……」
縁が木にもたれて、まるで“汚泥に魂を吸われた戦士”のようにぐったりしている。
「うぅ……服が重い……これ、虫の……汁とか……混ざってない……?」
袖をつまんで震える指先に、彼女の“感情ダメージ”がにじんでいる。
「俺、視界がまだビリビリしてるんだけど……」
縁が目をこすりながらぼやく。
「俺の戦術、明日までにまとめとく……いや、まとめる……いや……まとめさせて……」
赤面MAX。耳の赤さが“茹でダコ”レベルだが、誰もツッコまない優しさがそこにあった。
「……ま、今日でだいぶ慣れてきたけどな」
照人が汗と泥にまみれた顔で振り返る。
「でも、誰も倒れなかったし、ちゃんとクリアできたのはすごくない?」
アヤメがちょこんと腰を下ろしながら微笑む。
「補習組、今日が初実戦みたいなもんだもんな」
縁がうなずきながらみんなを見渡す。
「ね、つかさ、みつき!」
「……ぼくのそよ風魔法、今回もちょっと……気づかれなかったよね……」
つかさがしょんぼり。
「だ、だいじょうぶ!みつきが眩しくしてたから、敵が目を細めてた!……はず!」
みつきは自信なさげながらも、笑顔でカバー。
「アヤメの詠唱は……3秒遅れで出てたよな」
「そ、それって、成長ってことでいい?」
「……だな。だいぶ良くなってる」
「よし、じゃあ今日はここまでってことで!」
照人がみんなを見て手をパンと叩く。
「うん。でも明日は、ちゃんと全区画踏破したいな」
縁が真面目な顔で言うと、
全員がそれぞれ泥まみれの体で立ち上がる。
「明日でこのダンジョン、踏破してやろうぜ」
照人が手を突き出すと、
「おーっ!!」
「やったるぞー!!」
「……は、はい……!」
「む、虫が出なければ……!」
「いや明日も出るだろ……!」
泥まみれの五人+三人が、それでも笑いながら拳を重ねた。
「ショートカットルートあるから、明日なら一気に行ける」
赤坂がぽつりと呟き、みんなが「さすが」と軽く拍手。
「今日は解散! 各自、洗濯、風呂、あと精神的ダメージのメンテな。特に虫ポイント高かった人は念入りに!」
縁の言葉に、全員がうなずく。
「明日、朝カフェスペース集合ね!」
綾が指でハートを作って締めると、
「……やば……優しいギャルって……ホントにいるんだな……くぅっ、尊すぎる……」
柊は天を仰ぎ、まるで“現世に舞い降りた女神”でも拝むような目をしていた。
──こうして、クラン「戦え!本気で笑え!」の初遠征1日目は、泥と笑いで幕を閉じた。
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