模倣騎士、9
【第二区画:陽射しの広場】
陽の光がこぼれる木立を抜けた先、パッと視界が開けた。
木々の隙間から差し込む陽射しが、草の匂いと混ざって心地よい。
「お、ここ明るくていい感じだな」
照人は目を細め、光の加減を楽しむように辺りを見渡した。
「風通しはいい……が、油断すんな。こっちから見えるってことは、向こうからも見えるってことだ」
柊が眉をひそめ、冷静に視線を巡らせた。
「うわ、あの木の上!ゴブリンアーチャー、4体!」
赤坂が視線を上に向けて、すかさず警告を発する。
「岩の影に、でっかい虫……あれ、岩甲虫じゃない? でかっ!」
アヤメが少し後ずさる。
「あと……なんか変なイモリみたいなのが、じっとしてる」
つかさがぽつりと呟いた。
「毒イモリだ。小さいけど油断するとやばい」
柊が鋭く続ける。
「OK、作戦立てよう!まず俺と縁が前で引きつける。綾は後衛から火力、赤坂は虫とイモリの誘導、補習組は……んー」
悩む。
「ワタシ、今度こそ控えめにいくし~。……たぶん、ね?」
苦笑しながらピースしてみせる綾。
「いっくよーっ!今度こそ、詠唱ばっちりで決めちゃうんだからっ!」
アヤメが気合を入れた顔をしている。
「ピカッと光らせるの、今回はタイミング見てやる」
みつきも落ち着いている。
「風……がんばる」
つかさもそっと呟いた。
「来るぞ、全員散開!」
柊の号令と同時に、ゴブリンアーチャーが矢を放つ。
「縁、右! 俺左!」
「了解!」
二人が走って木陰に飛び込み、盾で矢を弾く。
「いけー!お団子モード・ファイアァァっ★……って、あれ控えたつもりだったんだけどっ!?」
綾がやや控えめな火球を放つ。矢の狙撃手の一人を木ごと焼き払い、爆発は控えめ……だったはずが、木の実に引火して二次爆発!
「ぎゃーっ!? なんで燃えるのあれ!?」
綾が驚く。
「ちょっと火力控えてるはずなのに……なんで実が爆発すんの!?」
アヤメが慌てて後退。
「……あの木、爆果実の実が……その、燃える。えっと、だから、引火すると……」
柊が思い出すかのように解説したが、時すでに遅し。
ドゴォォン!
爆風で森イモリが吹っ飛び、ついでに岩甲虫も転がる。
「おおっ!? 結果オーライじゃない!?」
照人は嬉しそうに笑う。
「……けど、まだ残ってるよっ!」
みつきが叫び、タイミングを計って――
「今! ピカッ!!」
バチッ!!
今度はタイミングぴったりで、矢を番えていたゴブリンアーチャーが目を押さえて転倒!
「ナイスっ!」
天野がすかさず突撃し、弾き飛ばす。
「風、流れてる……岩の隙間に風が集まってる。罠、そこに仕掛ける」
つかさが囁くように言いながら、赤坂がそっと罠を設置。
――そして、毒イモリが動いた瞬間、
ガシャンッ!
細い網罠に引っかかり、そのままピクリとも動かなくなった。
「わ……罠、成功した……」
つかさがぱちぱちと瞬く。
「つかさっ、今の超ナイス~!風と仲良しじゃん!」
アヤメが笑顔で声をかけた。
「おい、岩甲虫また動いてる! うわっ、かてぇなこいつ!」
照人は剣を打ち込むが、ほとんど通らない。
「よし、なら――俺の出番だな」
柊が腰からスモークボムを取り出し、岩甲虫の正面に投げる。
ボフッ!
「赤坂、罠に誘導しろ! 綾、弱点狙って火を!」
「了解、じゃあいくよ! ターゲットロック! つんつんーふぁいやー!!」
爆発ではなく、狙いすました火の槍が貫通。岩甲虫の腹部が焼け焦げ、ゴトリと倒れる。
「――ふう、なんとかなったな」
天野が息を吐く。
「今回はわりと……いや、だいぶマシだったな」
柊が少しだけ笑って言う。
「みんな、ちゃんと役に立ってたよ。補習組も、よくやった」
照人が振り返って笑顔を見せる。
「えへへ……やったぁ」
アヤメがちょっと照れる。
「やっぱあたし、火を使ってると生きてるって感じするー!」
綾が両手を広げて日光を浴びる。
「風も……少しだけ、役に立ったかも」
つかさが微笑む。
「じゃ、次は第三区画だな」
赤坂が冷静に先を促す。
「うん。日が高いうちに、できるだけ進もう」
天野が静かに言った。
「いやぁ~、いろいろ爆発してたけどさ?前に進めばそれでOKってことで!」
照人は肩をすくめ、みんなの前に立った。
【第三区画:深緑の峡間】
森が入り組み、道が細くなってくる。
視界は悪く、空は木の葉に覆われ、音だけが奇妙に遠くから、時には真横から響いてくる。
「……ここ、ちょっとこわい……こわすぎる〜……」
アヤメが肩をすくめて、すっかり縮こまっていた。
「地形が峡谷状になってる。木々の密度も高い。反響音で敵の位置も掴みにくい」
柊が声を落とし、警戒するように周囲を見渡す。
「てかさ、敵も音使って誘導してくるんでしょ? その“音紡ぎゴブリン”とかいうやつ、マジでセコくない?」
綾が軽く杖を構えながら、後ろを歩くみつきたちに目を配る。
「敵の罠も増える。注意しろよ」
赤坂がぴたりと前に出た。
「罠を見抜くのは任せる、赤坂」
照人が信頼を込めて頷く。
「ぼ、ぼく……見える風……読める……」
つかさが木の間を指差し、ふわりと吹いた風の流れをじっと追う。
「枝、削れてる。たぶん、ワイヤー罠。こっち、避けたほうがいい」
赤坂がつかさの指差す方向に近づき、慎重に足元を確認しながら道を変える。
「おお、ナイス連携!」
天野が嬉しそうに声を上げた。
「……あれ、音……今聞こえなかった?」
アヤメが後ろを振り返った瞬間――
ギャァァァアアア!
「上っ!!」
柊の鋭い声。瞬間、木の枝から“首切りオウル”が急降下!
「うわっ、近づいちゃダメ・シールド!!」
綾が防御魔法を咄嗟に展開――
が、ちょっと火力強すぎて自分も吹っ飛ぶ。
「うわっ!?」「ぎゃっ!?」「派手にいったぁ!?」
「やばっ、綾っちが落ちた!」
アヤメが慌てて駆け寄ろうとするが――
「ストップ、それ以上前に出るな!罠!」
赤坂の制止で寸前で足を止める。
「うわっ……枝がバネになってた……!」
みつきがあたりを見て青ざめる。
「おい、首切りオウルまだ飛んでるぞ!」
照人が剣を構え、視線を空に走らせる。
「まぶしっ!? ちょ、みつき!? 今のタイミングはやばいってば!」
縁がまたもやフラッシュ魔法で目を焼かれる。
「ごめぇぇん!音で反応しちゃったぁ!」
――だが、そのまぶしさでオウルは目を潰し、混乱。
「今だ、俺が落とす!」
柊が目にも留まらぬ動きで崖沿いの岩を蹴って跳躍、
敵の背後にスモークを投げて撹乱しながら空中で短剣を突き立てた!
ギャアッ……!
オウルが地に落ち、動かなくなる。
「……派手だったな、いろいろ」
赤坂がぽつりと呟く。
「やばかったけど、逆に全部噛み合ってたのすごくない!?」
みつきが息を切らせながら笑う。
「ちょっと吹っ飛んだけど、まあ……ダメージはないし、今のは結果オーライでしょっ」
綾が服の袖をはたきながら苦笑。
「ほんとにこの子たち、トラブルの神様と幸運の女神が同居してるみたいな感じだな……」
天野が苦笑い。
峡間を抜ける途中、また一段と視界が悪くなる。道が二手に分かれ、足元には枯葉が厚く積もっていた。
「道、ふたつに分かれてる……」
アヤメが不安げに振り返る。
「わかってる。これ、誘導してるな。“音紡ぎゴブリン”の手口だ」
柊がすぐに見抜く。
「ってことは……どっちかは罠か、待ち伏せか」
天野が顎に手をやり、周囲を見渡した。
「じゃあ、ちょっと前見てくる」
赤坂がしゃがみ込み、物音を立てずに左の道へ。静かに消えていった。
「忍びの子って感じだよね……」
つかさがぽつりと呟く。
「忍者じゃない、罠師だよ」
みつきが小声で訂正する。
しばらくして、赤坂が戻ってくる。
「左のルートは地面がわずかに掘り返されてる。ゴブリンの地雷系罠と、木の上に弓持ったやつ……三体」
「右は?」
「右は……音で誘導する個体が1体、そっちに引き込もうとしてる。恐らく……連携タイプ。囲む気だ」
「つまり、分かれて進んだらアウトってことか」
照人が息を吐く。
「でも、まとめて相手できるなら、右でいいんじゃない?」
綾が魔導器を握りながら笑う。
「そーいうこと!」
照人が指をパチンと鳴らす。
「綾、先制攻撃できる?」
「オッケー、こないだ練習した魔力抑えめで行ってみる! 見てなさいよ……“盛れの極み・マジ映え玉”!」
彼女が杖を振ると、魔方陣が光る。火の玉が――
爆ッッ!!
「ぅわあああ!? 控えめって言っただろ!!」
柊が慌てて飛び退く。
「ぎゃあっ、煙!!前見えないー!」
アヤメが尻もちをつく。
「も、もうっ! また派手にやって……!!」
つかさが涙目で転倒。
「気になってたけどっ!なんだよそのネーミング!?」
照人が必死にツッコむ。
「これ絶対控えめじゃなかったよね!?」
みつきが必死に魔法の光で前方を照らす。
――しかし、爆発の直後、音紡ぎゴブリンたちの連携は崩れ、木から落下した弓兵が転げる。
「いける、柊、連携崩れた!」
「分かってる!」
柊が戦術家のスキルを展開、瞬時に隊列を組み直す。
「敵、バラけた! 赤坂、左に抜けたやつ見て!」
「対応済み!」
赤坂が木陰から抜け出し、罠を逆用――枝に仕込んだロープトリップが一体の足を絡め、ゴブリンを逆さ吊りに。
「補習組、今だよ!」
照人が叫ぶ。
「い、行く!“ライト・スピア”!」
みつきが集中し、光の槍を――今度はまっすぐ飛ばした!
「“風刃、そよいで……斬れ!”」
つかさの魔法も、今度はゴブリンの足を裂き、ぐらつかせる。
「やるじゃん、アンタたち!」
綾が嬉しそうに笑いながら、炎を収めていた。
「で、でもアヤメがまだ……!」
アヤメが大声で呪文を唱えていたそのとき――
「えっと……“風さん、音にまじって、まーぜまぜ……”」
その声が、敵の音紡ぎゴブリンの指示をかき消す。
反響する声に敵が混乱、同士討ちが始まる。
「えっ……? 私、やった……?」
アヤメがぽかんと口を開けた。
「やった! 反響利用して混乱させた!」
天野が親指を立てた。
「このまま押し切る!」
照人が突撃し、残る一体を盾で圧し潰す!
バシィッ……!
――沈黙。
残されたのは、息を荒げる一同と、倒れた数体のゴブリンたち。
「……っしゃ、勝った」
照人がぐっと拳を握る。
「三回くらい死んだかと思った……」
みつきがへたり込む。
「やっと第三区画、突破か……」
赤坂がほっとしたように立ち上がる。
「じゃあ、ご飯タイムってやつじゃん? 昼だし、ここ安全そうだし」
綾が腰に手を当てて笑った。
「反響音、風通しも悪くない。敵の接近もわかりやすい」
柊が周囲を見回して言う。
「それに……なんかちょっと達成感あるよな」
天野が笑いながら荷物を降ろす。
「じゃあ、昼食ターイム! 配給パンとジャム、召喚!」
照人が勢いよく袋を開ける。
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