模倣騎士、8
夏休みの朝――。
といっても、遊んで過ごすわけじゃない。
今日から、俺たち《ミームカンパニー》はダンジョン攻略に乗り出す。
寮の前にあるカフェスペース。テーブルを囲んだ俺たちの視線の先には――
綾が連れてきた“補習組”の三人が並んで立っていた。
「この子たち、ワタシのダチ!」
綾・フォルシアがウィンク交じりに指を差す。
「補習組にぶちこまれちゃっててさー、でもせっかくだから連れてきちゃった♪ 一緒に連れてったげてよ、ってことで!」
相変わらずギャル感全開だな……。
その隣で、天野が腕を組んで真面目な顔をしている。
「三人も増やして……大丈夫なのか?」
「まぁ、ついて来られるなら、ってとこかな」
俺は肩をすくめて返す。
無理なら途中までって形にすればいい。縁があったってことで。
俺たちが見つめる中、三人のうちの一人が、ぴょこんと元気よく手を挙げた。
「やっほーっ! 江藤アヤメでっす!」
声がやたら通る。
「魔法だーいすき! でもだいたい不発しまーす☆ よろしくお願いしまーす!」
そのテンションに、一瞬空気が固まる。
「……なんだそのテンション」
柊が小さくつぶやいた。
「元気じゃーん、かわいいじゃーん?」
綾が笑いながらフォローする。
アヤメは照れたように頬をかいて、続けた。
「えっと、炎術師の綾っちの魔法見て憧れて……! わたしもドカーンってやりたくて……つい、詠唱が長くなっちゃって……あはは……」
「盛る方向間違ってんだよなあ……」
赤坂が小声で突っ込んだ。
二人目が、もじもじと一歩前に出る。
「え、えっと……つ、次、わたし……」
声が小さい。けど、しっかり届いた。
「杉下みつき、です。あの……ピカッと光らせる魔法、だけなら……得意、です。……それだけ……です」
「ピカッ……?」
綾が目を細める。
「あ、あー、光魔法? あれ結構眩しいよね!」
「う、うん……それだけしかできないけど……。あ、でも、戦闘中にフラッシュ炊けるかも……」
「うわ、それ敵にも味方にも効きそう……」
天野が渋い顔になった。
「が、がんばりますっ……!」
みつきはぺこぺこと頭を下げる。ついでに手も一緒に下がってた。
三人目は、他の二人よりも落ち着いた様子で口を開いた。
「長谷部つかさです。初級魔術師ですが……風の流れを読むのが少し得意です。戦闘経験は、まだ乏しいですけど……」
「風の流れって……どういう意味だ?」
俺が思わず聞き返す。
つかさは少し考えてから、ゆっくり答えた。
「ええと……その、空気の動きとか、気配の変化……? 相手の動きの予兆とか、隠されたものを見つけるのが、ちょっと得意で……」
「……それ、魔法的な罠だったら俺より探知上手いかもな」
赤坂がぽつりと呟く。珍しく、少しだけ目を見開いていた。
「え、ほんとに?」つかさがぽかんとする。
「いや、別に褒めたつもりじゃねーからな」
赤坂は照れたように視線をそらした。
「……男か、女か、どっちだ……」
柊が、隣で小声でつぶやいた。
ほんの少し、頬が赤い。聞かれてないと信じてる顔だ。
三人の自己紹介が終わったところで、天野がぼそっと言った。
「……本当に大丈夫か、これ?」
「いいじゃん、最初はお試しってことで!」
綾がにんまりと笑う。
「戦場ってさ、目立ったもん勝ちでしょ?」
「俺は目立たないほうが……」
赤坂がそっと言った。
「俺は目立ちたくねーのに、なぜか目立っちまうのが……」
柊が頭を抱える。
「はいはい、今日はまず顔合わせと様子見な。全員で第四区画までは行こう」
俺がそう言うと、天野がうなずいた。
「じゃあ――出発するか。《ミームカンパニー with 補習組》、初陣だ」
朝の空は、もう夏の陽気をまとっていた。
林道の空気は、朝露を含んで少しひんやりしていた。
枝葉の隙間からこぼれる日差しが、まだ小さな冒険の始まりを祝福するように輝いている。
俺たちは、森の入り口――《第一区画:入りの小径》へと足を踏み入れた。
「……ここなら、実習でも使ってるし。別に大したことないだろ」
柊が警戒をにじませながらも、どこか気だるげに周囲を見回す。
「ま、何かあっても俺らが守るしな」
天野は堂々と構えて頷く。その背中には安心感がある。副リーダーとして申し分ない。
補習組の三人は、それぞれ緊張と期待が混じった顔をしている。
補習組の三人は、それぞれに緊張と期待をにじませながら、身構えていた。
「……ふぅ、ピカッと光らせる準備は、万全……っ!」
みつきが小さな体で杖を構える。肩に力が入りすぎてて、ちょっと心配だ。
「わ、わたしもっ……! 今日こそ、詠唱ミスらないように……っ!」
アヤメはいつもの元気さを少し抑えて、ぎゅっと目を閉じて気合を入れている。
「風の流れは……穏やか。敵の気配は、まだ薄い……はず」
つかさが目を閉じて、両手で風を感じるような仕草をした。見た目は儚げだけど、集中力は高い。
「……本当に大丈夫か? こっちが疲れそうなんだが」
赤坂が髪をいじりながらぼそっと漏らす。やれやれという空気が全身からにじみ出ていた。
その時――
茂みが、ざわりと揺れた。
「っ、来るぞ!」
俺が前に出ると、木の陰からのっそり現れたのは――
「ゴブリン、2体。連携はしてなさそうだ」
柊が即座に分析する。落ち着いた観察眼はさすがだ。
「赤坂、サポート頼む。前は俺と天野で受ける」
「了解」
「任せとけ!」
即応する仲間たち。これが、俺たち《ミームカンパニー》の戦い方だ。
天野と俺が前に出る。2体のゴブリンが、鈍い剣を振り上げながら突っ込んでくる。
「――ミーム・シフト!」
俺の剣が、虚像をまとって揺らぐ。ゴブリンの一体が、空を切った。
「はっ……! ――崩刃・一閃!」
天野が寸分狂わぬタイミングでゴブリンの脚を狙い撃ち、一体を転ばせる。
「今よ! ピカッと!」
綾が叫ぶ。
「っ、ピカーッ!」
みつきが唱えた光が、視界を一瞬白く染めた。
「うわ、まぶっ……!?」
ゴブリンが目をこすって動きを止める。その隙に――
「――っ、ファイア・ブラ……ぐ、ぐわっ!?」
アヤメの火球が暴走。爆発が木の根元を焦がし、天野がギリギリで後ろに飛び退いた。
「……ッ危なっ!? おい爆発範囲広すぎんだろ!」
「ご、ごめん!! でも当たったよね!?」
「当たってるけどっ! こっちも燃えるって!!」
天野が髪を払いつつ叫ぶ。
「風の流れが変わった……! 左の茂みにもう一体、ネズミがいる」
つかさが冷静に告げた。
「ナイス。赤坂、頼む」
「……ま、ちょうど手持ちの小罠がある」
赤坂が器用に草むらに罠を仕込むと、次の瞬間、ガシャリと音を立てて森ネズミが捕まった。
「はい、一匹。っていうか、罠って地味だよな……」
戦闘が一段落し、俺たちは全員の無事を確認した。
「……まあ、第一区画くらいなら何とかなりそうだな」
柊がふぅ、と息を吐く。
「補習組、悪くないじゃん」
綾が三人の肩をぽんぽんと叩いて笑う。
「た、楽しかった……かも……!」
みつきが笑顔を浮かべる。
「爆発しちゃったけど、今度こそちゃんと当てる!」
アヤメは前向きに拳を握る。
「風は、悪くなかった。うん」
つかさも静かにうなずいた。
「よし、この調子で進もうぜ!」
俺が剣を担ぎながら声を上げる。
「うん。初戦としては上出来だったと思う」
天野が笑う。
「……ちょっと危なっかしいけどな」
赤坂は相変わらず低いテンションで後ろからぼそっと呟いた。
「次はあたしが決めるから!」
綾が拳を振ると――
前方の茂みが、再びガサッと揺れた。
「来た……ゴブリン、1体。突っ込んでくるぞ!」
柊が即座に判断。
「任せてっ! 今度こそ詠唱完了させるから! いくよ――っ、
《火炎、舞い踊りて、猛き炎よ、我が求め……》」
「って長い長い! 早くしてアヤメっ!」
みつきが焦って横から叫ぶ。
「――我が敵を……熱き抱擁で……あれ? あれっ!?」
ぷすん。火の玉がしぼんだ。
「……今の、ただのポカポカだったぞ」
赤坂が呆れたように口を開く。
「き、消えた!? なんで!? さっきより凝った詠唱にしたのに!?」
「いやそれがダメなんだって!」
天野が軽くツッコミを入れた。
「ピカッとするから! 今度こそ視界支援!」
みつきが杖を構える。
「待って! 今はこっちに向かってきて――」
「ピカーッ!!」
ゴブリンより先に、閃光がチームを包んだ。
「うおっ!? まぶっ! 前見えねぇっ!!」
縁が目を押さえながら叫ぶ。
「完全に味方殺しになってるじゃんかああ!!」
俺も剣を空振りしながら嘆いた。
「……風読み、いく」
つかさがそっと両手を広げて魔法を唱える。
「風よ、我にささやけ……《微風の導き》」
――そよっ……
木の葉が一枚、ふわりと舞った。
「……なにこの、やさしい春風」
柊が無表情で言った。
「え、でもちゃんと風の流れを変えたよ……? たぶん」
つかさがちょっと不安げに周囲を見渡す。
「ゴブリン、全然動じてないな。むしろ気持ちよさそうにしてる」
赤坂が小声でツッコんだ。
「やばい! もう突っ込んできてるよっ!!」
綾が慌てて手を振り上げる。
「お団子ふぁいやー!」
――ズドォン!!
豪快な爆炎がゴブリンごと木を吹き飛ばした。
「ちょ、ちょっとぉぉぉ!? 危ないってば!!」
アヤメが顔を伏せながら叫ぶ。
「でも、ちゃんと倒したよ! 完璧じゃん!」
綾がドヤ顔で振り返る。
「おまけに道まで拡張されてるんだけど……」
柊が少し呆れた目で焼け跡を見ていた。
「――ま、まぁ……なんとかなってるってこと、だな?」
俺が何とかまとめにかかる。
「おん……今のは作戦通り、ってことで」
天野がニコニコ笑ってフォローを入れた。
「ほんとに……これで先、進めるのか……」
赤坂がボソリと呟いたが、誰も聞かなかったふりをした。
気づけば、森の木々が開けて、視界が広がってきた。
「ここが第一区画の終わり……!」
みつきがパッと笑顔になる。
「うおお、私たち、突破したー!」
アヤメが両手を上げて跳ね回る。
「……風が、変わった。次の区画が呼んでる」
つかさがまた詩人のようなことを言う。
「正直、トラブルしかなかった気がするけど……」
柊が呆れたように言いかけて、でも小さく笑った。
「でも、それも含めて――チームだろ?」
遊部が笑って振り返る。
「うん。これから、だな」
天野がそう答えて、全員の前に一歩進んだ。
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