模倣騎士、7

学園本部棟・クラン申請窓口

「はいはい、次〜。……っと、1年か」

窓口で対応していたのは、やたらフランクな戦闘訓練担当の教官・武井先生。筋骨隆々のベテラン戦士だが、性格は明るくノリがいい。


「クラン名は……《ミームカンパニー》、っと」

申請書を受け取ると、武井先生はふふっと笑った。


「悪くねぇ。ふざけた名前だけど、中身がガチならそれでいい。……いや、むしろそのギャップがいい」


「褒めてくれてるんですか、それ?」

照人が苦笑しつつ首をかしげると、


「もちろんだ」

と、武井は力強く頷いた。


「この時期の1年で派生職五人揃えてクラン立ち上げなんて、なかなかできるもんじゃねぇ。努力の証だ。胸張れ」


「……はいっ!」

天野が真っすぐに頭を下げる。


「で、ランクは当然、Fランクからスタートな。

─特典ナシ、クラブハウスもナシ、定員は10名。地べたから這い上がれってやつだ」


「わかってます。泥の中からでも笑って這い上がりますよ。俺たち、そういうクランなんで」

照人が力強く言うと、教官はニヤリと笑った。


「いい目してるな。よし、せっかくだから次の目標も言っといてやるよ。Eランクへの昇級条件な」


「……!」

全員が息を呑む。。


「昇級にはまず、“初級ダンジョン”を2つ制覇。クリア記録が残って、審査に通ればEクラン入りだ」


「ふむふむ〜」

綾がスマホをくるくる回しながらうなずく。


「ただし、Eクラン枠が埋まってた場合は別だ。

その場合、昇級戦を申し込んで現Eクランと戦うことになる。勝てば入れ替えってわけだ」


「……つまり、勝ち取るってことですね」

柊が腕を組んで唸る。


「そういうこと。とはいえ、相手も防衛の準備してくるからな。そう簡単じゃねぇぞ」

武井は笑う。

「それに、そういう状況ほど燃えるだろ?」


「むしろそっちの方が面白い」

照人が、自然と笑みをこぼす。


「ってことで、書類通ったら、明日からお前らも“正式クラン”だ。

あとはどれだけ自分たちで走れるか、だな」


「了解です。がんばります!」

天野がまた礼をして、全員も続いて頭を下げる。


「《ミームカンパニー》か。いいじゃねぇか。名前覚えとくよ」


「ふざけて、でも本気で。やってみせろよ。」

武井は軽く書類をホチキスで留めながら笑った。



クラン申請完了後、教員室前の廊下にて

申請を終え、意気揚々と戻ってきた《ミームカンパニー》の五人に、武井教官が声をかけた。


「よう、せっかくだから“最初のダンジョン”についてもアドバイスしといてやるよ」


「え、もうそんな話してくれるの」

綾がちょっと驚いた顔をする。


「あぁ。……どうせ、お前らすぐ行きたがるだろ?」

武井はニヤリと笑って指を一本立てる。


「まずは“深緑の巡回路”から始めるのが無難だ。通称“巡回路”。学校から徒歩で行けるし、回復支援や撤退手段も整ってる。初級の中でも比較的やさしい部類だな」


「環状構造、ですね」

赤坂が静かに口を挟む。


「ああ。環状の林道が連なってる。区画ごとに木立の密度や地形が変わってて、全部で7区画だ。ぐるっと回ればスタート地点に戻ってくる構造になってる。“巡回路”って名前の通りな」


「途中離脱もできるんですよね」

照人が確認するように聞くと、武井は頷いた。


「2日で全踏破できたら優秀だな。ショートカットの道もあるから、無理せず段階踏んで攻略していけ」


「2日で全踏破かぁ。燃えるなぁ」

天野が腕を組みながら微笑む。


「ちなみに、どこまで行ったことあるんだ?」

武井の問いに、綾がすっと手を挙げる。


「ウチ、赤坂と照人とで第4区画まで行ったことある。ギリギリだったけどね〜。あそこから敵の質、変わるし」


「俺と天野で3区画目までなら突破済みです」

照人が続けて言うと、天野もうなずいた。


「……俺は、第2区画まで」

柊がやや不機嫌そうに答える。だが、顔はむしろ闘志に燃えているようだった。


「なるほどな。じゃあちょうどいい。今のメンバーなら、踏破可能な戦力バランスだ。最初のチームワーク確認にもぴったりだろ」


武井は最後にポンと照人の肩を叩いた。


「とにかく“まずは一勝”。クランとして最初の実績を、しっかり刻んでこい」


「……はい、必ず!」

照人は思わず気合の入った返事をしていた。


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「っしゃあ、ついに実戦準備だ!」

縁が勢いよくカフェのテーブルに地図とメモを広げた。

「地味だけど、こういう段取りこそ命綱だよな~」と、楽しげに口元をゆるめる。そこに映っていたのは《深緑の巡回路》の概略図だった。


「マジかー、Fランクってここまで貧乏旅感ある?」

綾がカフェの角に積み上がった荷物を見てげんなりとため息をついた。


「共有ロッカーも、備品棚も、休憩所も……なーんもナシ。全部、持ち歩きです!って感じ」


「というか、クラン部屋そのものが無いんだよな……」

照人が苦笑しながら、自前のバックパックを開いて中身を確認していた。


「俺は問題ない。必要最低限しか持たない」

赤坂はカフェスペースの椅子の影からスッと現れ、小ぶりなサイドポーチを見せた。


「うわー、なんかプロ感ある~」

綾が感心したように覗き込むと、罠の部材や針金、スモークパウチなどが整然と収められていた。


「お前も荷物の中が整頓されてないと落ち着かないタイプか」

柊も静かに背負っていた鞄を下ろし、中のノートと文具、配置地図を机に並べていく。


「……うわ、ガチで“参謀机”って感じじゃん」

綾が目を輝かせて覗きこむと、柊はそっと視線を逸らし、

「やめろ……見るなって」

と、赤くなった耳をそっと隠した。


「じゃあさ、各自の役割、ちゃんと決めとこうよ」

照人が話を戻すように言った。


「俺が前衛で囮兼タンク。縁が前線の要。赤坂は支援と索敵、綾は火力担当。そして――」


「――俺が全体の配置と戦術を組む」

柊がそのまま引き取るように言い切った。


「おぉ、頼れる感じ」

「やっぱ参謀ポジだよなー」

綾と天野がうなずきあう。


「その代わり、荷物の管理も自分たちでやらないといけないからな。連携ミスるとそれで詰むぞ」

照人が少しだけ表情を引き締める。


「わかってる。ちゃーんと見ながらやるよ」

綾も真剣な表情で答える。


「俺は、必要な素材があれば前日までに用意しておく。支給されない分は、ちょっと工夫する」

赤坂が小声で、でも確かな決意とともに言う。


「よし。明日は第1区画~第3区画までを目標に行こう。4区画目以降は、初戦ではちょっと慎重になった方がいい」

柊が紙に段取りを書きながら提案する。


「じゃあ、その夜にもう一度作戦会議って感じ?」

「うん、カフェ戻ってまた集合しよう」


「おっけー! ……あっ、私の爆発には気をつけてね♡」

綾がちゃっかりウインクを飛ばしてくる。


「……不安しかない」

柊が小声でつぶやいたのを、照人は聞かなかったフリをした。



「ねーちょっと待って。友達からチャット来た」

準備の手を止めていた綾がスマホ型デバイスを片手に、口をとがらせる。


「ん? どんな?」

照人が声をかけると、綾はスクリーンをこちらへちらっと見せる。


>【Help!!!】

>レベル低すぎて補習組にされた;;

>明後日までに3区画突破しろって言われたんだけど無理~~

>お願い!手伝って!!


「……あー、これはアレか」

天野がうなずく。「夏休み補習ダンジョンチャレンジ」――成績不振者に課される、通称・強制冒険補習。


「つーかこの子、魔術科だけど、ノーマル魔術師でLv3よ? 死ぬでしょコレ」

綾が苦笑しながら補足する。


「……なら、一緒に行かない?」

遊部が言う。


「えっ、マジで?」

綾が目を丸くした。


「どうせ俺たちも《深緑の巡回路》に行くわけだし、ルートも同じ。こっちの攻略ついでに、補習組のレベリングも兼ねれば効率的だ」

照人の提案に、天野も頷く。


「なるほど、こっちが主導で動くならリスクは抑えられるしな。しかも――」

縁はニヤリと笑って続けた。


「その子が戦力になったら、そのままクランに引き込むってことだろ?」


「おお! まさに勧誘ついで!」

綾がノリノリでチャットを返し始める。


>やっほー!ラッキーだね!今ちょうどダンジョン行くとこ~!

>こっちのチームに混ざる?むしろチャンス!


「で、名前は? どんな子なん?」

赤坂が椅子の影から小さく聞く。


「えーとね、江藤(えとう)アヤメちゃん。魔術科でちょっと天然入ってる。たぶん、炎魔法の素養はあるけど、基礎がめっちゃ怪しいって評判」

綾がタップしながら説明する。


「補習でしょ……うまく引き込めれば、将来的には炎術師×2体制もありだな」

柊がぼそっと戦術的視点からつぶやく。


「もうひとり、ワンチャン増えるかもしれんってことか」

照人がにやっと笑った。


「ふふーん、スカウトして育てて、クラン加入まで一直線。あたし、これ絶対“勧誘担当”適任でしょ~?」


「ま、まずは“ミームカンパニー”って名前を広めるとこからだな!」

縁が冗談めかして言うと、綾がすかさず返す。


「任せて。ギャルの拡散力なめんなよ?」

綾がちゃっかりウインクを飛ばした。

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