模倣騎士、勧誘

「……あれが柊雷吾か」


天野がひそひそ声で言う。資料室の前、廊下の柱の陰から、ふたりはひとりの男子生徒を見ていた。

机の上には開きっぱなしの戦術論の書籍、横にはノートと定規。ミリ単位で書き込まれた作戦図には、いっそ美しささえ感じる。


「机周り、戦場みたいになってんな……」

「戦術家って、ガチだとこうなるんだな。近寄りがてぇ…」


ふたりは昼休みに送ったチャットの返事を思い出す。


『話だけなら聞いてやる。3分以内で頼む』


約束の時間になり、勇気を振り絞って資料室に入る。


「柊雷吾くんだよな。俺、戦士科の遊部照人で、こっちは――」

「天野 縁だ。同じく戦士科。今日の件、少しだけでいい、話させてくれ」


柊は眉ひとつ動かさず、定規をそっと置いた。


「ふん。クラン、ね」


腕を組んでふんぞり返る彼の前に、照人がまっすぐ向き合う。


「俺たち、まだ立ち上げ段階なんだけどさ。ガチで、でも面白く、戦えるクランを作りたいんだ」

「戦士×支援のタッグで、戦場をぶち壊すような戦い方。そういうの、柊くんとならできると思った」


柊の目がわずかに光る。だが次の瞬間、その目はフッと冷めるように伏せられた。


「悪くない。……が、ムリだな」


「えっ」


「物理だけで突っ込むクラン? バカの集まりかよ。興味ない。以上」


「いや、まだ魔術系も声かけ中でさ、これから――」

「話にならん。OUT」


柊はノートをパタンと閉じ、そのまま席を立ち書棚へ向かった。あからさまな終了宣言だった。


資料室を出た照人と天野は、肩を落として支援科の廊下を歩く。


「……撃沈だったな」

「まあ、想定内っちゃ内だったけど。納得感すごいな、あの拒絶の仕方」


夕焼けが差し込むガラス窓に、ふたりのトボトボとした影が映っていた。


「天野、これってさ……普通に難易度高くね?」

「だな。でも、あいつ、根は悪くなさそうだった」


「うん。目の奥が……ちょっとだけ、寂しそうだった」


「また声、かけるか?」


「当然。……こういうとこで活きるんだよ、“しつこい遊び人”のスキルってやつが」


ふたりの背中はしっかり落ち込んでいたが、その歩みは止まらない。


──きっといつか、笑い合える仲間になる。


そんな予感を残し、放課後の校舎を後にした。



日が傾きはじめた訓練棟の裏道を、遊部と天野は無言で歩いていた。

地面を蹴る足音と、遠くで鳴るセミの声だけが、取り残された二人の気持ちを代弁しているようだった。


「……まあ、想像はしてたけどさ」

天野がぽつりとつぶやく。


「……俺たちのクラン、どうなんのこれ」

照人の声は、やけに弱々しかった。



「“ふざけて戦え、本気で笑え”。言葉だけはキマってたんだけどな……」

苦笑いのつもりが、ほとんど泣き笑いだった。


「ま、俺たちは俺たちで……って思ってたけどさ」

天野の言葉も途中でしぼむ。


そのとき、照人のポケットが震えた。スマホ。チャット通知だ。


画面を開くと──


綾・フォルシア

おっすおっす

クラン、作るって聞いたんだけどマジ?

面白そうじゃん。今ちょっと気になってるんだよね〜その話!


続けて、もう一件。


赤坂 忍

ミームナイトって、まさかお前の仕業か?

そのオレも、もしそのクランってやつに“空き”があるなら

いや、なんでもない。忘れてくれ。


「おっ……?」

照人の目が一気に明るくなる。


「誰?」と横から覗き込む天野に、照人は笑いながらスマホを見せる。


「仲間、来るかも」

照人と天野は、思わず顔を見合わせる。


「これ……マジか?」


「ダメだったばっかでこの展開……うわ、ちょっと泣きそうなんだけど」


照人はふっと笑った。心の底から、ちょっとだけ元気が戻ってくる。


「おお。……って、赤坂くん? あの地味な…いや、影の薄い…いやいや、斥候科の?」


「その斥候科の人」


「入ってくれるなら、楽しみだな」


照人はスマホを見ながら、胸の奥にふっとあたたかい灯が灯った気がした。

「“面白くて強い”クラン、現実になりそうだな」


照人の目に、再び火が灯る。


「……返信、しようぜ。まずは会って、話してみよう」


「おう」


「明日、時間ある? 直接話そ」

照人はスマホを握ったまま、綾と赤坂にメッセージを送った。


数分後──

返事はどちらも肯定だった。


綾・フォルシア

いいよ〜! 寮だし、朝から空いてる

カフェで話そっか?


赤坂 忍

了解。行く。


「明日、カフェスペースで綾と赤坂に会えるってさ」

スマホをしまいながら、照人は顔を上げた。


「おー、朝から動けるの助かるな」

天野も軽く腕を組み、安心したように言う。


「これで……もしこの二人が入ってくれたら」

「派生職、四人目」


「クラン、リーチじゃん」

二人の声が重なり、思わず笑い合う。


外では蝉が、相変わらずやかましく鳴いている。

でも、さっきまでとは違って、どこか前向きな音に聞こえた。


「明日、ちゃんと話そう」

「ふざけて戦って、本気で笑えるクランを、な」



――夏休みの朝、寮内にある開放的な共用カフェスペース。


涼しげなBGMと甘いパンの香りの中、照人と天野はテーブルの一角で先に待っていた。


「……来た」

天野が小さく呟く。


制服のシャツを軽く腰巻きにして、スカートの下はラフな短パン。

サングラスを頭に乗せたギャル――綾・フォルシアが、フラペチーノ片手に現れる。

「よっす、テルト。……天野っち、だっけ?」


「うん。久しぶり」照人が笑う。


その少しあとに、後ろから壁沿いに近づくようにして来たのは、黒髪で影の薄い男子――赤坂 忍。

カーディガンに袖を通さず、肩に羽織るように着て、手には温かそうな紅茶。


「……来たけど。別にすぐ返事とかは、しないからな」

「うん、それでいい。今日は話をしに来てもらっただけだし」

照人がそう言うと、赤坂は静かに椅子に座った。


「2人とも、時間とってくれてありがとう。あ、そうだ――」

照人が横の天野を向いて紹介する。


「こっちは天野 縁。戦士科で、今は派生職の鎧武者やってる」


天野は軽く手を上げた。

「天野 縁っていいます。“縁の下の力持ち”がモットーで、まあ名前負けしないように頑張ってます」


「…名前と性格、合いすぎじゃん」綾がくすっと笑う。


赤坂も目を伏せながら「……よろしく」と短く返す。


「綾は炎術師にだよね。」照人が言うと、綾は苦笑い。


「うーん、正直ぜんっぜんすごくないっていうか……

毎回さ、炎魔術がバーン!ってなりすぎて、威力の調整がまじできないんだよね」


「爆発系、見てて楽しいけどな」天野が言うと、綾は肩をすくめる。


「楽しいのはこっちじゃなくて見てる側だけだし〜。いつも『開始と同時に演出事故』って言われてる」


「でも、それって逆に考えたら“戦闘開始の演出担当”みたいな感じで活かせそうだよ」照人が笑った。


「演出担当……。それアリかも?」


一方で、赤坂は静かに視線を落としながらつぶやいた。


「俺は…罠師にはなったけど、戦うのは、正直……苦手。

 人前に出るのも、ちょっとキツい。できれば、隅っこで何かしてたい」


「それでいい。誰かが前に出るなら、誰かは後ろで支える。

 そういうのがあってこそ、強いパーティーになるって、俺は思ってる」

照人が言うと、赤坂は少し驚いたように顔を上げる。


「でさ、ぶっちゃけクラン名って決まってるの? それ次第で考える〜」

「まだ決めてない。けど方向性はある」天野が代わって言う。


「ふざけて戦え。本気で笑え」

照人が口にすると、綾は「へぇ〜」と少し意外そうに目を丸くする。


「真面目系かと思ってたけど、そゆとこ、いいじゃん」


赤坂は少し視線を逸らして言った。

「……俺は、前に照人に拾ってもらってなかったら、今もLv3だったと思う」


「派手に戦うのは、正直あんまり向いてないけど……でも、何かはしたい」


綾が笑った。

「赤坂っちが言うと重いわ〜。でもあたしも似たよなもん。



綾はにやりと笑う。

「やば。うちら、いい意味でバランスぶっ壊れてるね。

 爆発ギャルと、影の薄い罠師ってさ〜。逆にアリじゃん?」


「でも……ふざけてて、ガチで、なんか、いいかもね」


「だったら――」照人が言った。


「明日、クラン申請に向けて、動いてみる?」


天野が小さく笑って言う。


「……あと一人で、リーチだな」


綾が「おー、テンション上がってきた〜!」と笑い、

赤坂も、わずかに口元を緩めた。





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