模倣騎士、進みだしたい
寮の談話室。
机の上にはノート、ペン、そして照人が勢いよく開いたままのスマホがある。
「“ふざけて戦え! 本気で笑え!”」
照人が書きなぐった構想メモを前に、天野が腕を組んで唸っていた。
「――いいと思う、コンセプト自体は。すげー好き。でもさ、現実問題としてさ……」
「メンバー集めか」
「派生職5人。最低でもそれがいないとクランにはならない」
天野の声には焦りはないが、重さがある。
戦士科の中でも、すでに進路が決まった仲間たちの背中を思い出していた。
「派生職ってだけでも少ないのに、“おもしろくてガチ”って、そんな都合のいい人間いるかね」
「……いるさ、どっかに」
照人は苦笑しつつも、目だけは本気だった。
「ただ待ってても、向こうから来るわけじゃない。――探すしかない」
「どうやって?」
「うーん……やっぱ学内チャットアプリ、使うか?」
「“クランメンバー募集中!”みたいな?」
「いや、それだけじゃ埋もれる。もうひと捻り欲しい」
照人はスマホを操作しながら、画面をスクロールしていく。
学内で生徒同士が自由に投稿できるスレッド欄には、すでに「Cクラン合同募集」「お嬢様クラン見学会」「火力特化型募集中」などのスレがひしめいていた。
「……たとえば“ミームナイトが斬る! 新クラン構想、共犯者募集!”みたいな感じ?」
天野が苦笑いした。
「……お前、そういうの書くと本当に人が来そうだから怖いよ」
「来れば勝ちだろ」
照人はどこか楽しげだ。
「それと、リアルでも当たってみよう。クラスとか、ダンジョンで一緒になった奴とかさ。俺たちのこと、模擬戦とかで見てるはずだし」
天野が頷く。
「戦士科に限らず、他の科からも探せばいい。魔術科、衛生科、斥候科、支援科……いろんな得意分野のやつがいれば、クランも面白くなる」
「たしかに。あとさ、戦士科だけで固めると“ガチすぎ”って思われるかもだし」
「じゃあまずは、アプリでスレッドを立てる。あとは、明日から訓練ついでに声かけて回ろう」
「おう! この夏、俺たちが主役になってやろうぜ!」
天野は苦笑しながらも、がっちりと拳をぶつけ返す。
「俺らのクラン、結成準備開始だな」
夕食後、照人と天野は学内チャットアプリの画面を交互に覗き込んでいた。
「とりあえず、当たれるところからいこう。あの時のメンバー、良かったしさ」
照人は、初めてパーティを組んだの3人の名前を呼び上げながら、それぞれに連絡を送っていく。
To:星野あかり
おっす、照人です。
クラン立ち上げようとしてるんだけど、良かったら一緒にやらない?
“ふざけて戦え! 本気で笑え!”ってノリで。ガチで強くて、でも楽しいクランにしたくてさ。
返信は数分で来た。
星野あかり:
うわーめっちゃ照人っぽいなそれ!
ごめん!わたし、衛生科の先輩たちに誘われて、もうクラン入っちゃったんだ
でもマジで応援してる!絶対いいクランになるって!
「……まあ、あかりは明るくて人望あるからな」と天野が言う。
To:鷹取 澪
おす、照人です。
実はクラン立ち上げる計画中で連絡しました。
少し変わったコンセプトですが、前向きで真剣にやるつもりです。
もしまだ決まってなかったら、話だけでもどうでしょう?
返事は少し遅れて届いた。
鷹取 澪:
嬉しいお話です。ありがとうございます。
実は先週、派生職に昇格して、今その先輩のクランに入ることが決まりました。
あの時一緒に頑張れたの、すごく心強かったです。
遊部くんたちのクラン、応援しています。頑張ってください。
照人はスマホを伏せて、少しだけ天井を見上げた。
「……みんな前に進んでるな」
天野が横で静かに頷く。
To:中西ほのか
中西さん、こんにちは!照人です。
クラン作ろうと思ってて、もしまだ決まってなかったら、一緒にどうかな?
面白くて、でも真剣に戦える場にしたくて!
しばらくして、絵文字多めの返信が届く。
中西ほのか:
うわー誘ってくれてありがとう
でもね、もう友達に誘われててそっち入る予定なの
ごめんねー!
クランできたら見に行くから、また教えてね
三人目の画面を閉じて、照人は深く息を吐いた。
「うーん……全滅」
「まあ、当然といえば当然だな。実力もあるし、行く先はあるだろう」
「そうだな。俺たちが“まだ誰にも誘われてない面白くて強くなるやつ”を探してるってことが、どれだけレアな話かって感じるな」
天野が肩をすくめる。
「でも、こういうときって逆にチャンスでもある。光ってないだけで、原石は絶対どっかにいる」
「……その原石を見つけて、俺らが光らせるか」
照人がそう言って笑ったとき、スマホに通知が一つ。
学内掲示板に、新しく立ち上がったスレッドが表示されていた。
【ミームナイトクラン構想中】
“ふざけて戦え!本気で笑え!”
楽しむことと、強さを両立させたい人募集中!
初心者歓迎、でもやる気と根性は必須。
詳細は面談で。ダンジョン経験者は特に歓迎!
照人が送信ボタンを押した直後、天野がそのタイトルを見てつぶやいた。
「……お前さ、ほんと“遊び人”のまんまだな」
「うるせー、もう“ミームナイト”だし!」
照人が学内掲示板にスレッドを立て終えたころ、天野もスマホを片手に何人かに連絡を取っていた。
「……あー、こりゃダメだわ」
「どうだった?」
照人が顔を上げると、天野が疲れた顔でスマホの画面を見せてくる。
秋元弥生:
天野くんって真面目で頼りがいあったのに……。
“ふざけて戦え”って、なに……?
残念です。推すのやめます。
照人が吹き出す。
「なにそのアイドルの終焉みたいなメッセージ」
「俺も初めて言われた。なんだこれ」
小宮詩:
ごめん、文章の“戦え”と“笑え”の間に“本気で”入ってるの怖いんだけど!?
どっちなの!?真面目なの!?ふざけてるの!?
私は“ふつう”にやってくクランに入りました
「俺、ふつうに見えて一番ふつうじゃなかったのかもな」
後藤隆:
逆に好きなんだけど、面談とかあるの?緊張する
ってかこれほんとにガチなん?ネタなん?
やっぱやめとく!でもなんか好き!応援はする!
「惜しかったな……」
「一歩届かねぇのばっかだな」
天野はスマホをポケットにしまい、ため息をつきつつソファに座った。
「……完全に、“まじめ枠”から外されたわ」
「でもさ、なんとなく分かった気がする」
照人は天井を見ながら呟く。
「“本気で遊びたい”って、意外とハードル高いんだな」
「……それでも探すんだろ? そう言ったのお前だからな」
「探すよ。見つからなきゃ、作るしかねえし」
「それでも探すんだろ? そう言ったのは、お前だし」
「うん。いなきゃ作る、いそうなとこに探しに行く。それだけだ」
天野が肩をすくめる。
「じゃ、次はちょっとクセのあるとこ見てみるか」
「クセ?」
「……授業あんまり出てないのにレベル上がってる奴とか、パッと見ただの陰キャなのにスキル構成がおかしいやつとか」
照人がにやりと笑った。
「いいね、そういうの。歪んだ個性、求ムって感じ」
夏の昼下がり、訓練棟の職員室前――。
扇風機が唸る音と、うちわのパタパタが交差する中、照人と天野は並んで立っていた。
「……まさか教員に直で聞くとは思わなかった」
「正攻法だろ? 戦士科に限らず、全体見てる人が一番詳しいって」
「合理的なようで突飛なんだよな、こういうとこ」
そう言いつつも、天野は職員室のドアをノックする。
「失礼します!」と声をかけると、中から渋い声が返ってきた。
「入れ」
そこにいたのは、学園生活指導担当でもある中年男性、山岡教官だった。無骨な外見に反し、教え子の進路には意外と親身であると定評がある人物だ。
「おう、照人に天野か。夏休み中に何かトラブルか?」
「いえ……クランを作ろうと思っていて。ちょっと人材を探していて……。
その、教官が“変わり者”とか“あぶれてるけど面白いやつ”知ってたら教えてもらえないかなって」
山岡は、訝しむでも笑うでもなく、しばらく二人を見ていた。
そして……口元がわずかに緩む。
「……ふふ、あのな。ふつうは“クラン作りたいから有望なやつ紹介してください”って来るもんなんだよ。変わり者って何だよ、変わり者って」
「いや、真面目に……そういう“普通じゃない何か”持ってるやつ集めたいんです。“ふざけて戦え。本気で笑え”が俺たちのスローガンで……」
山岡は少し笑いながらも、目を細めてうなずいた。
「いいじゃねえか。“ふざけて”って言葉がついてても、こうして人の力を求めて頭下げに来てる。お前ら、本気でクラン作る気なんだな?」
照人と天野は、静かにうなずく。
「だったら、ちょっと待ってろ。思い当たるのが何人かいる」
そう言って山岡教官は、分厚い生徒名簿のファイルを引き寄せた。
「変わり者か……ダンジョン適応力は高いのに、協調性が欠けてパーティーに呼ばれない“ちょっと尖ったやつ”とか……技構成が理解不能で教官泣かせの魔術科の女子とか……」
「おお、それそれ」
「あと……お前らが本当に懐に入れるなら、とっておきが一人いる」
「……とっておき?」
山岡教官は顔を上げる。
「ルール内ギリギリを突く戦い方で模擬戦をかき乱した“戦術屋”だ。名前は柊(ひいらぎ)雷吾。孤立しがちだが、センスは確かだ」
「メモった!」
照人が慌ててスマホを取り出し、名前を打ち込む。
天野は苦笑いを浮かべながら、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、教官」
「まったく、最近の生徒は無気力だの指示待ちだの言われてるが、お前ら見てると悪くないな。……楽しみにしてるぞ、お前たちの“クラン”」
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