模倣騎士は人気者

「……あれ? あの子たち、昨日の模擬戦の――」


通りの向こう側で、軽装の上級生グループがこちらに気づいた。


「あ、ほんとだ! 戦士くんと、おもしろ戦士じゃん!」

 

「おもしろ戦士……!?」


照人が反応すると、隣で神谷が噴き出しかけた。


「なんかそれ、愛称なのか悪口なのか微妙すぎるな……!」

 


声をかけてきたのは、揃いのカジュアルベストを着た、明るく賑やかなクラン一行。表情の緩さとテンションの高さが、いかにも“陽キャ”を絵に描いたような集団だ。


「昨日の模擬戦、見てたよ~! あの剣、ピカーッって光ってさ、アレめっちゃ笑った! つい応援しちゃったよー」


「なあなあ、君らクランもう決めた? うちはまだEだけど、ノリは最強クラスだよ! マジで“人間力”高いって言われてる!」


 「……まだ見て回ってるだけです」


照人がやや戸惑いながら答えると、上級生たちは即座に親指を立てた。


「大事大事! 自分に合うとこ、じっくり見極めな!」


「でも、良かったらうちにも寄ってよ! たぶん相性いいからさ!」


「あとさ、君――盾でかハルバードの子! あれ、やべーよ! 装備に説得力ありすぎ!」


天野は少し困ったような笑顔で、「恐縮です」と頭を下げる。


彼らの言葉に、どこか照れながらも、照人はほんの少しだけ心があたたかくなるのを感じていた。


「……明るい人たちだったな」


「……なんつーか、まぶしい」

通り過ぎた後、神谷がぼそっと呟く。


「ちょっとテンション高すぎて、別の種族感あったな……」と村田。


「でも、ああいうクランも悪くないと思うけどな。楽しそうだし」

山口は笑いながらも、興味深そうに振り返っていた。


そんな会話をしながら、照人たちはクラン通りを歩き続ける。


***


照人たちが歩いていく先、露店通りの喧騒がやがて落ち着きを見せる。


その先に現れたのは――一目で“別格”と分かる建物群だった。


 


「……あれ、完全に“強そうな人しか寄せ付けない”ゾーンだな」

神谷がぽつりと呟く。


見るからに高ランクっぽいクラブハウス。整備され、立派で、雰囲気がピリついている。


その前を通りかかったところで――


「お前ら、一年生か?」


低く渋い声に振り向くと、重厚な鎧を着た上級生が立っていた。

装備も姿勢も隙がなく、まるで教官のような雰囲気すらある。


「はい、そうです……」


天野が答えると、先輩はふっと口元を緩めた。


「昨日の模擬戦、見てたぞ。お前ら、なかなか目立ってたな」


「ありがとうございます……!」


「でも、このあたりのクランは、もうほぼ“定員埋まってる”ぞ」


「えっ」

照人たちが驚く。


「このあたりのクランは大体Cランク以上。Cランク以上になると、クラブハウスのサイズも特典も桁が違う。上がってきたやつらが後輩を“選んで”入れる。……新設のFとかは、最初は見向きもされねえ」


「つまり、俺らみたいなのは、F~Dあたりから始めるのが現実的ってわけか……」


神谷が分析するように言うと、先輩はうなずいた。


「まあな。」

と、彼はふいに照人を見て、目を細める。


「ただ――」

重戦士の先輩は、照人を見て、にやっと笑った。


「君みたいな“面白い戦い方”する奴は、CとかDでも個性的なクランから声かかるかもな。Fから成り上がってきた、クセの強いのとかいるから。……お前ら、自分に合う場所、ちゃんと探せよ」


「ありがとうございます……!」


 


先輩はそのまま、武器の調整をしていた仲間たちのもとへ戻っていった。


 


「……C以上、定員埋まってるのかぁ」

山口がやや残念そうに言うと、


「まあ、それでもD以下のクランなら、まだまだこれからってとこも多い。俺らも新設か、スタートアップ狙いになるだろうな」

天野が冷静にまとめる。


 


「……でも、何か燃えるな」

照人が、ふと呟いた。


「昨日の模擬戦見てた人がいて、声かけてくれて……なんか、“ここにいていい”って感じがした」


「んじゃあ――お前が作るか? クラン」


天野のその一言に、照人は一瞬目を丸くした。


「え、俺が……?」


「別に今すぐじゃなくていい。でも、お前の剣、俺はまた見てみたい。今度は“クランメンバーとして”な」


 


その言葉に、照人は――少しだけ顔を赤くして、照れたように笑った。


「……考えとくよ、天野」


にぎやかな通りを、彼らは再び歩き出す。





夏休み、二日目。

……もっとも、“休み”といっても戦士科にそれは存在しない。

戦いを志す者にとって、鍛錬の止まる日はないのだ。



照人がいつもの訓練棟に足を運ぶと、そこには――


「……なんか、賑やかじゃない?」

村田が周囲を見回してつぶやいた。


「うん、いつもと全然雰囲気違う」

山口も驚いた様子で言う。


 


訓練棟の入り口や通路に、見慣れない掲示板やタペストリー、フライヤーの束があふれている。

その中には手作り感満載のポスターから、プロのデザインかと見紛う洗練されたものまで。


「……クランの勧誘か」

天野が冷静に言った。


「たぶん今日が“動き出し”の初日なんだろうな。夏休み使って人を揃えるクランは多い」


 


訓練場に入った瞬間――


「おっ、来たな1年生!」


陽気な声が飛んできた。


見ると、昨日も出会ったあの陽キャ系クランが、さらにパワーアップして陣取っている。

メンバーはみな明るい色のユニフォーム、背中にド派手なロゴマーク。


「戦士くん! そこのミーム戦士! まだ決めてないなら今しかねーぞ!」


「うちはEクランだけど、この夏でD行く予定! ノリと勢いで世界取るから!」


「つーか昨日の戦い、SNSで話題になってたぞ! 見た見た! あの光るやつ!」


神谷が眉をひそめる。

「SNSでバズるとか、なんか……やばい意味で話題になってそうだな」

「そんな広まってたの!?」

照人は目を丸くしつつ、少しだけ胸が高鳴った。



そこへ、別方向から声がかかった。


「おい、そこのミーム――いや、《ミームナイト》だったか?」


振り向けば、屈強な男たちがそろったグループ。見たところ、筋骨隆々な武闘派揃い。


「俺たちは《轟拳団》! 今期Dだが、目指すはAのてっぺんだ! 力と覚悟のねぇ奴はいらねぇ……が、」

その眼差しが、照人に突き刺さる。

「お前の立ち回り、昨日から気になってた。あの構え……見込みあるぜ」


その視線は真剣そのもので、照人の心臓が少しだけ跳ねた。


「……考えておきます」

小さく答えると、彼らは「いつでも来い」と頷いて去っていった。


 


「うわー……なんか“熱血”って感じ」

村田が目を丸くする。


「真剣に誘われると……ちょっとグラつくよな」

山口が苦笑していると――


さらに、その隣から“まったく違う雰囲気”の一団が現れる。


 


黒ずくめの衣装。

露出少なめ、かつ機能性重視の装備。

全員が何かしら“異質”なオーラを放っていた。


「おい、お前」


クールな声音の女戦士が、照人の胸元の《ミームナイト》のプレートに目をとめて言う。


「そのジョブ――《ミームナイト》、だったか」

黒衣の女戦士が目を細める。

「イロモノと思ってたが……あの戦い方、妙に“引っかかる”。うちは今期、異端だけを集めてる。“常識の外”が欲しい。既に《死霊術士》と《幻影戦士》がいる」


「その剣技……味がある。殺意は薄いが、他にない個性だ。来たいなら、話くらいは聞く」


 


「殺意は薄いって何……」

照人が小さくこぼすと、村田が笑いをこらえながら肩をたたく。


「アウトロー枠まで勧誘くるとか、お前、やっぱ目立ってるな」


 


それからも、

「我がクラン《響演連舞》、剣と音の共鳴こそ至高!」とか、

「うちは《おひるね旅団》でーす! のんびり冒険、推し事優先、がモットー!」といった文化系クランの勧誘もあり、訓練棟はまるで祭りのようだった。


 


「……いや、なんか……楽しいな」

照人が呟いた。


「うん。なんだろ、こういう“世界が広がる感じ”……好きかも」


神谷も口元を緩める。


 


「で、どうする? どこか仮に入ってみるか?」


天野の問いに、照人はしばらく黙って――


「……いや、俺はやっぱり、まだ見たい」

と答えた。


「…まだ、決めたくない。もっと見たいんだ。

昨日、今日で見たのは……ほんの一部だって、分かっちゃったからな」


 


天野は「わかった」とだけ言って、にっこり笑う。


 

訓練棟の外――陽射しはなお、まばゆい。

交差する個性、誘いの声、揺れる心。

クラン勧誘の夏が、いま確かに“始まった”。



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