模倣騎士、新たな一歩
「……俺にも来た」
クラン名は《第七演舞団》
戦術と演出を融合させた“魅せる戦い”の代表格で、派手好きにはたまらない……が、クセも強いと噂の個性派集団だった。
チャットアプリから学校のカフェスペースで話したいと連絡が入っていた。
空調の効いたカフェスペース。その一番奥、日差しを遮るブラインド越しのテーブル席に、彼はいた。
白い制服の胸元には《第七演舞団》のバッジ。グラスの氷を指先で揺らしながら、涼しげな笑みをたたえていた。
「遊部くん、だっけ? 来てくれてありがとう。話は担任の先生から聞いてるよ。ミームナイト──面白いクラスだよね。僕は天城、よろしくね」
第七演舞団の副団長を務めているという。
遊部は軽く頭を下げる。
「こちらこそ、お時間ありがとうございます」
天城は、にこやかに言葉を続けた。
「うちの演舞団が追い求めてるのは、“観客の心を奪う戦術”なんだ。
連携魔法、演出設計、戦場での立ち位置さえ、全部が“舞台”の一部。君の動き……とても絵になる」
「派手って言われるけど、僕らにとってはそれが“強さ”なんだよ。観る者を圧倒できるかどうか、それが戦場の価値なんだ……その点で、君のスタイルは非常に親和性があると思ってる」
「まあ、言い方を変えれば“派手枠”だね。観客が湧く戦い方ってのは、それだけで価値がある。君の《ミームスラッシュ》、正直、うちの団員の中でも話題だったよ」
天城はタブレットを取り出し、演舞団の過去の実習映像や活動紹介動画を数点見せてくれる。
どれも洗練されていて、舞台のような戦いが並んでいた。
「……それで、だ。新入生を迎えるにあたって、うちは派生職のレベル10までは集中サポートする方針なんだ。
訓練スケジュール、教材、それに──」
と、天城はもう一枚のタブレットを操作し、画面にいくつかの装備品リストを映した。
「──演舞団が所有する専用装備の貸与。魔法詠唱支援装置“アンプスリーブ”、視線誘導用の反射ケープ、エフェクト付きのエモーションリング……。君の演出には合うんじゃないかな」
遊部の目がわずかに見開かれる。
「うわ……これ、ちょっと反則レベルですね」
遊部はタブレットのリストに目を凝らし、思わず口元をほころばせる。
「……演出だけで相手の目を持ってけそう」
「当然さ。うちは独自の資金調達をしてるからね。寄付者も多い。
“見映えにこだわる”ってのは、遊びじゃないんだよ。君も、うちに来ればただの面白い奴、から一段上に行ける」
天城の声は穏やかだ。けれど、その言葉の端々には「君を、うちの色にしてあげよう」という響きがあった。
それは、歓迎でもあり――塗り替えの予告でもあった。
“面白い奴”
“枠に合う”
“演舞団の一員として使える”
どれも悪意のある言葉じゃない。でも、遊部には、自分自身の色が薄れていくような予感がした。
「……ごめんなさい。ちょっと、もう少し自分で考えてみたいです」
遊部は静かに、けれどはっきりと答えた。
天城は微笑を崩さずに頷いた。
「もちろん。焦る必要はない。ただ、演舞団は“魅せる強さ”に本気だ。君が本当にそれを望むなら、ここは悪くない選択肢のはずだよ」
夏休み3日目。訓練棟のにぎわいは相変わらずだったが、昨日に比べて少し落ち着きが出てきていた。
「――ってことで、決めたわ。《アタック25》!」
村田がにかっと笑い、親指を立てる。自信満々、いつもの調子だった。
「名前の時点でツッコミ待ちだろ、それ」
神谷が半目でぼやく。
「違う違う、ノリも良かったんだって! 俺の《アタッカー》スタイル、あそこなら思いっきりやれそうだし、合ってると思うんだよね」
「自分の居場所、見つけたんだな」
山口が笑顔を向けた。
「で、神谷は?」
「《テンプラ騎士団》に入ることにした。Dクランだけど、構成員の半分が同じ《ナイト》系で、かなりちゃんと動いてる。装備や戦術の勉強もできそうだし、ここでしばらく磨くよ」
「安定志向だなー、らしいけど」
「……否定はしない」
「俺はね、《ダンジョンハイキング》ってとこ」
「それはまた、可愛らしい名前だな」
天野が意外そうに言うと、山口が照れたように笑う。
「でも中身はガチだよ? 《ヴァイキング》系とか《山賊》系とか、山岳戦メインで組まれてる。《突撃部隊》って呼ばれてたし……なんか、こう血が騒いだ」
「……うん、いいと思う」
照人は素直にそう言った。
仲間が次々と、新しい所属先を決めていく。
それぞれに「今、行きたい場所」を見つけたように見えた。
やがて、それぞれの予定へと散っていく仲間たち。
賑やかだった訓練棟の空気に、ふと静けさが戻る。
残ったのは、照人と天野――ふたりきりだった。
「……照人」
「うん」
「見た目は派手だったり、強そうだったり……いろいろあったけど。なんか、違うんだよな」
「分かる。俺も、なんかこう……自分が“映る”気がしなかった」
「戦力的には合うところあるんだけどな。たぶん、そういう問題じゃない」
「分かる」
しばらく沈黙があって――
「……作ってみるか」
天野が、ぽつりと言った。
照人は、少しだけ目を見開いた。
「クランを?」
天野が、息を吐くように言った。
「お前となら、やれる気がする。ずっと……そう思ってた」
「……ありがとう」
照人は、ゆっくりとうなずいた。
「俺も……他のとこじゃ、なんか違うなって思ってた。だったら、自分たちで作るしかないよな」
「俺も。……だったらもう、自分たちで始めるしかないよな」
握手ではなく、しっかりとした“契約”のように、ふたりは手を握り合った。
その手に、迷いはなかった。
かつて笑われ、バカにされた職業。
未完成なクラス、未知の可能性。
だけど今、少しずつ――道が開きはじめている。
名も、形も、まだ何ひとつ決まっていない。
けれど、確かにこの瞬間――“始まり”は生まれた。
夕方の学生寮。人影もまばらになったラウンジで、天野と照人はテーブルを挟んで座っていた。
机の上には、ノート、プリント、おやつのポテチとチョコ。勉強かと思えば、顔つきはやけに真剣だ。
「……で、さ。やっぱ基本は“実戦向け”クランにした方がいいと思うんだよ」
天野が真剣な顔で語る。
「俺もそう思う。でも、“ただ強いだけ”じゃ、どこにも勝てないでしょ?」
「うん。だから、戦略と個性で……」
「個性って?」
「えーと、こう……たとえば、誰が見ても『ああ、あのクランか!』ってわかるような。キャラ立ち?」
「キャラ……立ち……」
照人がポテチをひとつかじりながら唸る。
「例えば俺の《ミームスラッシュ》みたいな?」
「……それ、強いの? ネタなの?」
「使い方による!」
「じゃあ、その使い方は?」
「今はまだ考え中だけど……」
「……うーん」
天野の眉がぴくっと動いた。
「いやいや、悪くないと思う!? でも、俺はこう、“ドンッ!”て重い戦術で戦いたいっていうか……ほら、俺、《鎧武者》だから」
「うんうん、わかる。でもそれってさ、“ガチクラン”じゃない?」
「まあ、そうなるな」
「俺は……ちょっと“ふざけてるように見えて実は強い”って方向が好きなんだよな……」
照人がぼそりと呟く。
「じゃあそれでいいんじゃないの?」
「でもさ、そうするとお前の“ガチ”が浮くでしょ?」
「……たしかに」
「じゃあ真面目にふざける? “おもしろクランだけど内容は本気”みたいな……?」
「いや、それどっちやねん……!」
天野が頭を抱えた。
「じゃあ――ガチでふざけるクラン! どう? “ガチふざけクラン”!」
「それができたら苦労してない!」
「なんかもう、無限にループしてない?」
「……してる」
二人はため息をついた。
その時、ラウンジに設置されたテレビから、アナウンサーの声が聞こえてきた。
寮のラウンジに流れる、夜のニュース特番。
『本日は、上級ダンジョン“死者の階梯”の新階層到達を記念して、ベンチャークラン《ハーベスト》が特別会見を行いました――』
画面には、ヒーロー戦隊さながらの衣装に身を包んだ五人。背中には《HARVEST》のロゴ。ポーズまで決まってる。
『その名も《ハーベストレンジャー》! 異色のスタイルと確かな実力で、若者からの圧倒的な支持を集めています!』
『“楽しさも、強さも、諦めない”――これが、僕たちの信念です』
(赤いスーツのリーダーがカメラに向かってニッと笑う)
画面には過去の戦闘映像が挟まれる。巨大モンスターに連携攻撃を叩き込み、軽口を飛ばしながらも完璧な連携で圧倒する――。
「……なんだよあれ……カッコよすぎだろ……」
照人が息を呑むように呟いた。
天野は珍しく無言だった。目を見開いたまま、テレビに釘付けになっている。
『彼らの存在が示すのは、“戦うことはつまらなくない”という価値観――! “楽しんで戦う”という新しいスタイル!』
『若手ベンチャークラン《ハーベスト》は、今や国家指定支援枠のA評価を受ける注目株です――』
番組がCMに切り替わった時、照人はゆっくりと椅子から身を乗り出した。
「……天野。俺、思ったんだけど」
「……ああ。俺もだ」
「俺たちが目指すの……あれだよな」
「《ハーベストレンジャー》みたいなクラン。強くて、楽しんでて、目立ってる。最高じゃん」
「ガチで、でもおもしろい。ふざけてるように見えて、本物。――あれだよ、まさに俺たちのやりたかったこと」
「そうだな。俺も“壁役”やってるけど……誰かの後ろに立つだけじゃない、もっと、前に出られるクランにしたいんだ」
「うん……うん、決まったな」
照人はノートを引き寄せると、大きく見出しを書く。
「新クラン構想:ふざけて戦え! 本気で笑え!」
その下に、少し考えてから書き加える。
「――目指すは、“次世代のハーベスト”!」
天野がふっと笑った。
「まさか、お前と俺が……同じ画面に映る未来を語る日が来るとはな」
「そりゃ、俺が照らしてやるからな」
照人が冗談めかして言う。
「いいね、それ。俺が守って、お前が照らす。いいコンビだ」
こうして――
クランの“核”が定まった。
あとは、名前と仲間だけだ。
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