模倣騎士、立ち止まる

「は~~、やっと終わった!」


教室の椅子に背中を預けて、村田が両腕をうんと伸ばした。


「クランの話、長すぎだろ……条件だのランクだの、途中から脳みそパンクしたわ」


「……お前が集中してるとこ、そもそも見たことないけどな」

神谷が小さくため息をつく。けれどその目は笑っていた。


 

放課後の戦士科教室。

窓の外はすっかり夕暮れに染まり始めている。

授業が終わってもなお残っていたのは、例によって朝練メンバーだ。



「来ねぇかな、“青炎クラン”のスカウト……」


神谷がぽつりと呟く。その声に、誰かが苦笑する。


「神谷、それ本気で言ってんの? “青炎”ってBランクだぞ? 選別してくるって」


口を尖らせて言ったのは、山口。彼もまた、人気のある戦術型クラン疾風団(しっぷうだん)に憧れているが、まだ声がかからないようだった。



「まあまあ、オレは“鉄隼(てつじゅん)”に入れればいいんだけどなぁ……ノリよくてイケイケって聞くし、こっちから売り込まないと話にならねぇ……」


笑ってそう言ったのは、村田。


三者三様、だが共通していたのは――“選ばれたい”という期待と不安。


照人は、それを横で聞きながら、静かに水筒を口に運んでいた。


「それにしても、クランって案外ちゃんとしてるんだな。まさか空き教室やらプレハブやらもらえるとは思ってなかった」

と、天野が落ち着いた声で言う。


「でもFランクのクランはそういうの無しで、人数も10人までだったよな?」

と、山口が手を挙げる。夕日が彼の髪をオレンジに照らす。


「まあ最初はそこからだよな。上級クランに誘われりゃ別だけどさ!」 


「その“誘われりゃ”が問題なんだよなぁ~」

村田が椅子にひっくり返りながら呟いた。


「オレみたいなタイプ、鉄隼みたいなイケイケな攻撃型クランにぴったりだと思うんだけどな~! 派手にいこうぜ、って感じの!」


「そういうクランは“脳筋即戦力!”みたいなスカウトしかしてこないぞ?」

と、神谷が苦笑しつつ言う。


「いや、俺はそれでもいい派!」


「俺は、疾風団みたいな実力主義のとこがいいな……着実に強くなれそうな」

山口が真面目な口調で言えば、


「僕は、仲間としっかり連携取れる場所がいい。派手さより、信頼のある組織って感じの」

天野も口を開く。


そんな中、黙っていた照人に視線が集まる。


「……照人は、どうすんだ?」


天野の問いかけに、照人は口をつぐむ。


言葉が出ないのではない。決めかねているのだ。


今まで「遊び人」としてどうにか立場を築いてきた。ようやく「ミームナイト」として成果を出せるようになってきたばかり。

クランを選ぶ――それは、また一歩、自分の形を決める行為でもある。


 


「……うーん、正直、まだ何も決めてない」

照人は苦笑し、机の端を指でトントンと叩く。


「なんていうか、今まではさ、自分の居場所を作るだけで精一杯だったから……これからは、ちゃんと“選ぶ”ってことをやってみたいなって思ってる」


ぽつりと、正直な気持ちを照人は漏らした。


 


「……なら、オレと組まねぇ?」


天野が、ふいにそんなことを言い出した。



「オレ、ミームナイトのお前と、もっと一緒に戦ってみたいんだよ。真面目な戦士としても、一戦士としても、な」


言葉に熱がこもっている。冗談ではないのが伝わる。


神谷、山口、村田がそれを聞きながら、からかい半分に笑った。


 


「天野、口説いてんのか?」


「いやマジで、そういうコンビ芸でクラン作るのもありかもな!」


「“天照クラン”とかどうよ、なんかご利益ありそう」


 


くだらない冗談で笑いながらも、それぞれの目には真剣な光が宿っている。



照人は空を見上げる。まぶしい太陽の向こうに、まだ知らぬ未来の形がかすんで見えた。


くだらない冗談と笑いが一通り落ち着いたあと、ふいに沈黙が訪れる。


その静けさを破ったのは、再び天野だった。


 

「なあ、明日から夏休みだし――クラン区画、ちょっと覗いてみねぇ?」


「クラン区画?」


首をかしげたのは神谷。横で村田と山口も顔を見合わせる。



「昨日、教官が言ってただろ。Cランク以上のクランには、それぞれクラブハウスが割り当てられてるって。区画全体がクランの活動拠点になってて、売店とか食堂とかも特典付きのやつがあるらしいし。……雰囲気だけでも見ときたくねぇか?」



「おお、確かに! 現地でスカウトされる可能性だってあるしな!」


神谷が前のめりになって言うと、山口がすかさず冷静にツッコミを入れる。



「神谷、お前……“クランの外装見ただけで強さが分かる”とか言い出すタイプだろ。とりあえず屋根の色とかで判断すんのやめろよな」



「うっせえな! ちゃんとした外装のとこは、ちゃんとした戦績残してるっつーの!」


「どーせ外装だけで惚れて、即フラれる流れっしょ、また」


村田が苦笑いしながら、「でもまあ、オレも行ってみてえな」と同意する。



その様子を見ていた照人も、ふっと肩の力を抜いて笑った。



「……じゃあ、みんなで行くか」



天野がうなずく。


「おう。お前の目で確かめてみろよ。面白ぇクラン、絶対あるって」


 


そして照人自身、まだ答えは出せていなかったが、

見に行くことで、何かが見えてくるかもしれない――そんな予感がした。


「案内図、誰かスクショ撮ってなかったか?」

「それより屋台とか出てるかな? 出てないか!」

「出てるクランがいたら、そこ入りてぇな」


わいわいと盛り上がる一同。

ふと、照人はそんな友人たちの姿を見ながら、胸の奥がほんのりと熱くなるのを感じていた。

 


――クラン。

ただのグループじゃない。

自分の“信じられる戦場”を選ぶ、その第一歩。


夏の入り口は、もう目の前にあった。 


蝉時雨の降り注ぐグラウンドに、

照人たちはそれぞれの未来への扉を前にして、ゆっくりと立ち上がった。


 

「うおお……マジかよ……!」


照人たちがその門をくぐった瞬間、思わず誰かが声を漏らした。


学園敷地の東端に広がる――《クラン区画》。


「うっわ……マジで、これ町じゃん……」


山口の呟きに、みんながうなずく。


そこには、所狭しと並ぶクラブハウスの建物群。

中央には噴水広場、その周囲には賑やかな露店通り――まるでひとつの集落のような光景が広がっていた。


 


「完全にRPGの拠点やん……ここ、学園内だよな……?」

村田が目をぱちくりさせながら呟く。


「入口付近のあの匂い、焼き鳥じゃない?」

「ポップコーンの屋台もある……いや、あれは魔法料理研究部の試作か?」


神谷すら、珍しく興味を惹かれて目を見開いている。


 


「……あれは……武器の展示?」

と、天野が指差す先には、戦闘系クランのひとつが、クラブハウスの前に巨大な斧や槍をずらりと並べ、まるで美術展のように見せていた。


「スゲェ……斧がでかすぎて人間がちっさく見える」

「むしろあれ、振れるやついるのかよ」


「へぇ……生産系のクランもあるんだ」

照人が興味深げに、軒を連ねた露店を眺める。


装備のメンテナンスを請け負う工房系クランや、薬草を並べて客引きする調薬系クラン、

果ては「君だけの武器作ります!」と派手なのぼりを掲げる鍛冶クランまで。


「しかも全部、生徒の運営……」


「学園に所属しながら、まるで独立国家だな」

神谷が真顔でつぶやく。



「一年生も見に来てるみたいだね」

照人が周囲を見渡すと、自分たちと同じくらいの年頃の顔があちこちに見える。


ちらほらと見学している他クラスの1年生たち。

照人たちに気づき、「あ、戦士科組じゃん」とささやく声も聞こえてくる。




「んじゃあさ、せっかくだし……面白そうなクラン、ちょっと覗いて回ってみる?」


山口の言葉に、皆が大きくうなずいた。


 

「よっしゃ! 目指せ、屋台全制覇!」

と村田が宣言すると、


「……いや、それ、探訪じゃなくて食い倒れだろ」

神谷がツッコミを入れる。


「まあまあ、クランを“味”で見るのも大事ってことで!」



その声は、まるで祭りのような喧騒の中に吸い込まれていった。

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