遊び人、本気出す

訓練棟第二アリーナ。午後の部、三戦目。


アナウンスが響いた。


「次の対戦、戦闘区域C――戦士科ミームナイト・遊部照人、魔術科・魔法剣士、風間理央!」


その名が呼ばれた瞬間、観客席にざわめきが走る。

風間理央。魔術科からわずか三か月で「魔法剣士」へと派生を果たした逸材だ。


さらにその対戦相手が、噂の“遊び人転職者”――ミームナイト・遊部照人となれば、注目が集まるのも無理はない。


「おう、俺か。やるしかねーな」


アリーナ中央、交錯する視線。

周囲の歓声が波打つ中、照人はいつものように、スチャッと剣を肩に担いでいた。


相手――風間理央は、涼しげな顔で魔力のこもった剣を構える。

細身の刃の周囲には風のエフェクトが流れ、彼の纏う空気は静かに、しかし着実に加速していく。


照人の足が止まると、風間が一歩前へ進み、低く呟いた。


「模倣、してみる?」


その瞬間だった。


キィン――と空気が裂ける音とともに、風間の剣が閃いた。


「くっ!」

照人はバックステップで避けつつ、剣を構え直す。

すぐさま追い打ちが来る。

「うおっ!」


照人は慌てて体をひねって避ける。だが次の瞬間、遅れてやってきた風の刃が、照人の肩をかすめた。


「って、なに追撃してきてんだよ!? ずるくね!?」(早い……!)


風を纏うその剣は、目に見えない“ひと押し”を加えてくる。攻撃の間合いが読めず、まるで空間ごと押し出されるような錯覚すら与えた。


「“風刃”。普通の魔法剣士が使う術だ」


風間の声音は淡々としていた。まるで技術を披露するだけのような無感情さ。


(……魔法のタイミングまで読めるかよ。こいつ、格が違うな)


照人は一瞬を見て斜めから踏み込もうとするが、風の刃が横一閃に薙ぎ払った。


「下がれ。無理に来るなよ、“戦士ごっこ”じゃ勝てない」


軽く、だが確信に満ちた風間の言葉。


あくまで冷静な風間に対し、照人は片眉を跳ねさせる。

剣を振ったあとに、風の刃が遅れて追いかけてくる――あれは魔法と剣の複合技。タイミングを見切っても、魔法部分までは読めない。


まさしく、魔法剣士の真骨頂だ。


(チッ、俺の得意な距離で戦わせてもらえない……!)


毒づきながらも、照人はすぐに間合いを取る。だが、風間の攻撃は止まらない。

詠唱と動作が同時進行し、今度はさらに速い突進が照人に迫る。


「光剣・閃破」


白銀の斬撃が、光を帯びて放たれた。

目を焼く閃光と同時に、鋭い踏み込み――!


「ぐっ……!」

閃光に焼かれた視界が戻るより早く、斬撃が肩を裂いた。

地面に背中を打ちつける音が響き――

その瞬間、観客席にどよめきが走る。

「風間、強すぎじゃね……?」

会場の空気が、明らかに理央に傾いていた。


(……やべぇな)


照人は、歯を食いしばりながら立ち上がる。

魔法剣士の型は、目に見えてわかるものではない。魔法のエフェクトもタイミングも読めないから、模倣も対策も難しい。


そんな照人を見据えながら、風間が小さく息を吐いた。


「君は、妙に“読む”戦い方をする。けど、魔法が絡むと無力だろう」


静かに、だが確かな優越を滲ませる口調。

風間は剣先を照人に向けたまま、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「さあ、“見切り屋”さん。次は、どう“模倣”するつもり?」


その言葉に、照人はフッと笑った。


照人は剣を下げ、間合いを開く。

体力的には接近戦こそが本領。だが、その主戦場に踏み込ませてもらえない。


(じゃあ、やるしかねえ――“俺らしく”)


照人は、ゆっくりと剣を持ち替える。

カチッと、柄のスイッチを押す音が響く。


『ピコン!』『ガキィーン!』


剣の側面が光り、妙な音が空気を震わせた。


「なにそれ」


「名付けて、《喋らないけど何か言ってそうな剣・試作一号》」


「長い」


「演出ってのは、覚えてもらってナンボだろ?」


照人はにやりと笑った。


「“演出”だよ。見せる戦いに、シフトチェンジだ」


剣の装飾が、不要なまでに光を放つ。観客の視線が少しだけ引き寄せられる。


「魔法は模倣できねえ。でも――演出勝負なら、こっちのもんだぜ」


腰のベルトにかけた剣を引き抜いた。

柄の部分を押すと、ピッと電子音が鳴る。


『ピコーン!』


場が一瞬、静まり返る。


「なにそれ」


「名付けて、《喋らないけど何か言ってそうな剣・試作一号》」


「長いよ」


「いいだろ。戦いに必要なのは、技術、力、魔法……そして、注目される工夫!」


「うるさいな……!」


風間が苛立ちを見せるが、それも計算のうち。

照人の“演出”は、ただのふざけではない。視線誘導、聴覚への撹乱、そして何より――戦場でのリズムを狂わせる武器。


(剣だけで勝てないなら、遊び倒すだけだ)


「模倣(まね)じゃない、これは俺のやり方だ」


「――“疾風連閃”!」

風間の剣が、風をまとって連撃を仕掛けてくる。

一撃、二撃、三撃。鋭く、正確に。そこへ追い風の魔法が乗ることで、攻撃の軌道は読みづらく、速度はなお増す。

風間の剣がうなり、再び風の斬撃が横薙ぎに走る。


照人はギリギリで飛び退きながら、すかさず剣の柄をカチリと回す。

ピコン、ピコン――電子音のようなものが響き、照人の剣が煌々と光を放つ。


「なんだ、それ……魔法、か?」


風間が一瞬、警戒の色を浮かべる。


「さあ、どうかな?」


照人は口元だけで笑い、光る剣を天に掲げた。

次の瞬間、剣の鍔から派手に“パーン!”と火花が飛ぶ。

まるで魔術の詠唱エフェクトのようなギミック――だが、そこに実体ある魔力はない。


(……まさか。見せかけだけ?)

ほんの一瞬の逡巡。その隙を、照人は見逃さなかった。


「せいっ!」


光の残像を引きながら、照人が飛び込む。

咄嗟に風間はガードするが、目が一瞬だけギミックに奪われた分、反応がわずかに遅れる。


「剣は“振り”だけじゃないぜ。

 “魅せる”のも立派な技術だろ?」


照人の剣が風間の側面をかすめる。風間も即座に反撃へ――


「ならば、“王道”で受け止めるだけだ!」


風間の魔力剣と照人の剣が激突し、金属音と風の轟きが交差する。


風間は風の加護を込め、魔力剣で強引に押し返す。

風の斬撃と照人の一撃がぶつかり、火花が散る。


――戦士と魔術師の融合、魔法剣士。


――遊び人と剣士の融合、ミームナイト。


(本質的には似ている。でも……)


「“俺の剣”は、もっとくだらなくて、もっと自由なんだよッ!」


照人は後ろに跳ね、再びスイッチを入れる。

今度は、剣から鳴り響く音――電子音で《必殺技チャージ中》のような演出が始まる。

《ピコンピコン》――意味不明な電子音と光。

観客がざわめく。風間もわずかに目を細める。

観客席がざわめく。何が始まるんだと。


だがそれは、ただのハッタリ。

演出の間に、照人は足を動かし、相手の死角を探っていた。


風間が詠唱短縮で再度、風の魔剣を構える。

「今度は騙されない……!」


『パキュン!』『ブゥゥン!』

謎の音を奏でながら、照人の剣がギラついた。

柄のスイッチを複数同時押しで作動するギミック。“光るだけ”の無意味な仕掛けに見えるが、観客と風間の意識が一瞬、音と光に引っ張られる。


その隙に照人が踏み込んだ。


「なっ――!」


風間が慌てて剣を振るも、照人はすでに斜めから入り込んでいた。


「アピール!」


戦闘技術ではない、照人の固有スキル。

一瞬、目立つ行動とともに相手行動に隙間をいれる。


その効果は地味だ。だが、確実に“何かが変わった”と風間に錯覚させるには十分だった。


「こんな、くだらない――」


「くだらないけど、通るんだよ!」


ガキィンッ!


正面からの剣撃。だが、照人の剣には軽い弾き音と同時に、振動機能が走る。

風間の腕にじわりと衝撃が残り、次の動きが鈍る。


「模倣じゃねぇ。“演出”と“実戦”の合体技――俺流、ミームナイトスタイルだ!

フィニッシュ――《ミームスラッシュ》!」


虹色の光を纏った斬撃が、風間を襲う。


風間は剣を構え、直撃を防ぐ。だが――その剣が、わずかに砕けた。


「……ッ!?」


小さなヒビが入り、剣身が震える。

攻撃力ではなく、“意表”の一撃。スキルのランダム性と演出が生んだ隙を突いた照人の最後の攻めだった。


「勝負、あった!」


審判が制止の声を上げた。


アリーナが静まり返り、その後、拍手が湧き起こる。


「……やるじゃん、君」


風間は苦笑して呟いた。


「ま、魔法は出せないけどさ。

 “出たフリ”ぐらいは得意なんだよ、俺」


照人は、光る剣を掲げた。

音がまた鳴る――『ポヨォン!』。


観客席から笑いが起きる。

だが、それは確かな敬意を含んだ拍手と歓声だった。

照人は剣を肩に乗せ、にかっと笑って言う。


風間は悔しそうに笑う。

「……なんて手品剣士だ」


だが、その笑みの裏にあるのは、認める気配。

奇抜だが、確かに“勝つための戦い”だった。


照人は背を向けつつ、ふと立ち止まり、剣を小さく掲げた。


“遊び人”だった少年は、今や――“魅せる戦士”として一歩を進んだ。

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