遊び人、戦う

校内アナウンスが響く。

「これより、第一学年対象・模擬試合を開始します。参加者は訓練棟第二アリーナに集合してください――」


夏の気配が濃くなりつつある、七月末の朝。

その声を聞きながら、照人は水筒を手に立ち上がった。


――来たか。


いよいよ始まる。

夏休み前の、そしてクラン勧誘期間の幕開けを告げる、一年生模擬試合。


希望者のみの参加だが、強者を目指す者にとっては見過ごせないイベント。

上級生の目に留まれば、実績ゼロの一年生でも大手クランの推薦を受けられる可能性がある。


もちろん、照人の目的は少し違っていた。


(いろんな職業の戦い方を、一気に見られる……)


戦士だけじゃない。支援職、斥候職、普段パーティーを組まない人たちの動き、スキル。

普通なら、バラバラの場面でしか見られない。だが、今日だけは違う。

この場に出れば、全てが一挙に“見える”。


(これは、俺にとっても“吸収の場”だ)


ミームナイトという異色の職業。

剣技、遊び、そして支援の断片を含んだ照人のスタイルは、模倣と適応にこそ価値がある。

それならば、まずは多くを見て、体に刻む必要があった。


真坂先輩の作ってくれた《喋らないけど何か言ってそうな剣・試作一号》が収まっている。

何が起きても、やるだけの準備はしてきた。自分の足で素材を集め、自分の手で仲間と繋いできた。


照人が更衣室で着替えを終え、武器を背負って外に出ると、すでに戦士科の仲間たちが集合していた。


「おー、遊部! 遅ぇぞ、集合時間から3分経過ー!」

「ギリギリセーフってことで許して……って、あれ? 綾たちも?」


見ると、そこには魔術科の綾、衛生科の太田、支援科の佐藤、斥候科の赤坂――旧パーティーメンバーが並んでいた。全員、試合用のユニフォームではなく、普段着に近い格好だ。


綾が笑って手を振る。

「今日は応援に回るから、そのかわり目立ってきなよ?」


「ほら照人、あんま喋ってると始まっちまうぞ」

戦士科の天野が、いつもの重量斧を肩に担ぎながら声をかける。


照人はうなずき、皆の方へ一歩進み出た。


「じゃあ、出場組だけで――やっとくか。」


ごく自然に輪ができる。戦士科の仲間たちと、試合に出る面々が中心に集まり、手を合わせる。


「目立ってなんぼ! 勝っても負けても、爪痕残すぞ!」

「戦士魂、見せてやれー!!」

「1年戦士の意地、叩き込もうぜ!」


拳が中央に集まり、全員が声を合わせた。


「がんばるぞー!!」


後ろから、見学組も拍手と歓声を送る。

「よっ、戦士科!」「やったれー!」

「照人くん、変な技だけは使いどころ考えてねー!」


(変な技って……まあ、否定はできないか)

そんな風に思いつつも、胸の奥がほんのりと熱を帯びる。


(応援してくれる仲間がいるって、やっぱいいな)


照人は再びリュックを背負い直し、腰の剣に手をかけた。

背後では、応援組が場所を確保しながら談笑している。


模擬試合の開始が、もう目前に迫っていた。



訓練棟第二アリーナ。

試合開始のアナウンスが流れる中、名前を呼ばれた照人は静かに一歩を踏み出した。


「第一試合――遊部照人、対、城崎 沙彩(しろさき さあや)!」


観客席がざわめいた。

名前だけで分かる者には分かる。くのいち――斥候科の中でも実戦寄りの派生職で、すでに進路が確定しているような“完成された一年生”だ。


(くのいち、ってことは……高速の動きと、幻術・撹乱・状態異常か)


一方で、相手もまたこちらに警戒の眼を向けていた。

遊部照人。ミームナイトという正体不明の職業。

情報が少ないぶん、侮れない。


試合開始の合図が鳴った。


シュバッ! 空気が裂ける。


「《影踏み・疾駆(しっく)》!」

黒い影が地を這い、次の瞬間には照人の背後――!


ブオンッ! ――だが、空を斬る!


「っ、かわした!?」

城崎の目が見開かれる。


「……なるほど。最初は背後から来るんだな」

照人が、あくまで冷静に口を開いた。


高速の踏み込み――視界から外れるほどのダッシュ。斥候系の定番だが、速くて見えない。技術が洗練されている。


(だけど、読める)


照人は受けに回る。すぐには攻撃しない。

代わりに目を凝らし、耳をすまし、敵の動きを“真似るために見る”。


――跳躍角度、着地の癖、煙玉のタイミング。


相手が再び背後から来たそのとき、照人は低く身をかわしてカウンターを入れた。


「っ!?なにそれ……もう見切ったって言いたいわけ?」

攻撃が届く。軽めだが、完全に読まれていた。


「うん、だいたい。あと2回見れば真似できる」

笑って言いながら、照人が足を滑らせた――


いや、《くのいち式・体術型ステップ》を再現した!



(見られてる。すべて、動きが)


視線の鋭さ、剣の構え、間合い。

何も言わずとも、「お前の手はもう見えた」と告げているような、圧。


「うざ……」

思わず、城崎の口からこぼれる。


それは、くのいちである彼女の本音。

“技を盗まれる”ことが、これほど気味悪いとは。


(そりゃそうだよな、全部写すってのは……)


でも照人は止まらない。


次の瞬間、照人の手から煙玉が放たれた。

同じ軌道、同じタイミング――さっき相手が使ったのと“まったく同じ”煙玉。


そして跳び込む角度まで完全に模倣。


「ちょっ、待っ――」


城崎は完全にタイミングを外された。

彼女が“次の一手”にしようと温存していた技すらも、読まれ、再現されていく。


斥候の技量がそのまま相手を追い詰める皮肉。

“見せれば見せるほど、自分の手札が減っていく”。


冷や汗をかきながら、彼女がもう一手を放とうとした――その瞬間、

照人の目がギラリと光る。


「もう“次の手”も見えてる」

「やめっ……!」


そして決着は、軽く横合いから差し込まれた剣の一突き。

見た目は地味だが、見事に急所を避け、審判がすぐに判定を下した。


「一本、遊部照人!」


ざわめきと共に拍手が起こる。

派手ではない。だが、“圧”のある勝ち方だった。


対戦相手の城崎は、試合後に照人へ一言だけつぶやいた。


「……あんた、嫌な相手だね。戦いたくないタイプ」


「ごめん。でも、まだ吸収させてもらうよ。ありがとう」


そのやり取りを背に、照人はアリーナの外へと歩み出る。

まだ一戦目だ。これから、もっといろんな戦いを見て、自分の中に取り込んでいく――


《喋らないけど何か言ってそうな剣・試作一号》が、腰でわずかに振動したような気がした。



30分ほど休憩し、第二試合


アナウンスが響く。

「第二試合、戦士科・中村斗真、対するは、ミームナイト・遊部照人!」


「また遊部か!」「今度の相手は“ガチ戦士”じゃん」

「筋トレマシーン伊吹、レベル8であの腕……鉄の塊ぶん回してくるぞ」


アリーナ中央。

ゴリッと音がしそうな重剣を肩に担いだ中村が、仁王立ちで睨みを利かせる。


「よう、遊部。てっきりトリッキーな技で逃げるタイプかと思ったが……剣、抜くのか?」


「おう、剣で来てくれるなら――ちょうどいい。模擬戦とはいえ、やりたかったんだ。純剣士対決」


照人が静かに、構えた。剣は真坂先輩製試作一号

まるで「言葉は要らない」とでも言いたげな顔で。


審判の合図が下りた瞬間、


ガンッ!


中村が重剣を振りかぶり、正面からぶつけてきた。

重さと速さを兼ねた、一ヶ月前なら押し潰されていた一撃――


「……ッ!? 俺の剣、止められた……?」

「戦士の基礎は、俺も3か月みっちり叩き込まれてる」

「それに、君の剣技も全部“見てる”からね」


ガキンッ! ガッ! ギンッ!


正面衝突の剣技の応酬。振りかぶりも、繋ぎも、間合いの取り方も――


照人は完全に“戦士スタイル”で迎え撃つ。


(こんなに正面からぶつかってるのに、崩れねぇ!?)

(こいつ……戦士の戦い方、知り尽くしてやがる……)




中村の顔から汗がにじむ。

筋力の差では確かに勝っているはずなのに、なぜか押せない。


「俺は“戦士”って職業を、徹底的に模倣した」

「でもそれは、“戦士ごっこ”じゃない」

「全部、自分の体に落とし込んだ“地力”だよ」


――真正面から、剣を縦に受け止め、

そのまま体重移動で受け流し、間合いに踏み込む!


「っ……!?」

中村の顔が歪む。


(受け流した!? あの重量の剣を――!)


「戦士科の剣術は、全部見た。受け流しの癖も、リズムも、対応パターンも」

「それに、俺もこっちに来てから、毎朝素振りと走り込みやってるからね」


ズバッ!


シュバッ! 照人の反撃。

鋭く、正確な三連撃――


ガキン!ガキン!ガッ――!


中村がなんとか防ぐも、体勢を崩される。


「ちっ、てめぇ……遊び人のクセに、なんでそんな型が綺麗なんだよ!」


「“今の俺”は、ミームナイト。

 そして、“戦士科の型”も、ちゃんと稽古してる“戦士”だよ」


ドンッ!

足を踏み込む。斜め下からの一撃――中村の剣ごと押し上げて吹き飛ばす!


「な……!」


「剣術ってさ。見て、真似して、覚えて、それで終わりじゃないんだよ」

照人の剣が静かに構え直される。

「ちゃんと積み重ねた奴が、最終的に強い。俺は、その証明がしたいだけだ」


「……くそ、かっけぇこと言いやがって……!」


中村が渾身の斬撃を放つ――!


「《重突き・上段》!!」

上から叩き潰すような剣――だが、照人は一歩踏み出しながら回避。


(来る! 戦士型の“決め手”のひとつ――)


「《遅らせ受け・崩し返し》」


ガッ! 重心をずらしながら剣を当て、

――照人の剣が、刃と刃の“隙間”を割って突き込まれる!


ズッ――!!


決まった。


「勝負あり! 遊部、勝利!!」


観客席からどよめきが起こる。

「マジかよ、あれ完全に“戦士同士”の戦いだったぞ」

「でも、遊部のほうが上だった……」「ミームナイトって何者!?」


倒れ込んだ中村に手を差し出しながら、照人が微笑む。


「悪い。戦士科の技、俺の中でだいぶ馴染んじゃっててさ」


握手を交わしながら、中村も悔しさと笑いを滲ませた。

「……正面からぶつかって負けたの、久しぶりだわ。照人。次やるときは、俺ももっと強くなってっからな」


照人がにっこり笑って手を差し出す。

「待ってるよ、“本物の戦士”としてね」


――その手は、しっかりと握り返された。


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