遊び人、ものまねより先へ
午後の戦士科訓練場。砂埃が舞い、かけ声が響く。
遊部照人は、久々にこの場所に立っていた。初期職として訓練を受けていたときより、空気が少し違って感じるのは――自分の立場が少し変わったからかもしれない。
「おう照人、来たか!」
斧を担いで手を振ったのは、友人の天野だ。すでに重量職へ派生している彼は、いまや戦士科でも一目置かれる存在だ。
「今日はお前の“モノマネ訓練”ってことでいいんだな? 面白れーじゃん」
「模倣、ね。まあ似たようなもんだけど」
苦笑いを浮かべつつも、照人の内心は高ぶっていた。
「よっしゃ、俺から行こうかね!」
先陣を切ったのは、陽気なお調子者の村田。
「見てろよ照人、これがアタッカーの“見せ技”ってやつだ!」
勢いよく踏み込み、スキル《連舞斬(れんぶざん)》を披露。
残像のような連撃が、模擬標的を斬り刻む。踏み込みと切り返しの速さ、そして何より“魅せ方”が絶妙だ。
「……かっこつけすぎじゃない?」
「お前の職業、“ミームナイト”だろ? それっぽく派手にやらねーと、模倣する気起きねーだろ?」
村田がニカッと笑う。
「次、俺な」
続いたのは神谷。クールな目元に、静かに剣を構えた彼の派生職は《ナイト》。防御と制圧に特化した鉄壁の職だ。
「動きは地味かもしれんが……これが“本物”の重撃だ」
神谷のスキル《制圧斬(せいあつざん)》は、動きの大きさと抑え込みの技術が光る。重たい剣を水平に薙ぎ払い、対象を叩き伏せる。
「やば。重力感じる……!」
照人はその重厚さに驚きながらも、次々に頭の中で分解・整理していく。
「制圧斬はタイミングだ。踏み込みの一歩、これをしくじると逆に隙を作る。だから――」
「斬る前に“重さ”を作れ、ってことか」
照人が言葉を挟むと、神谷がにやりと笑った。
「んじゃラスト、俺だな」
天野が肩を鳴らして一歩前へ。
「ミームるなら派手なやつだよな、やっぱ。俺の《烈震斬(れっしんざん)》、ちゃんと目ん玉ひん剥いて見とけよ」
号令とともに、渾身の斧撃が地面を割るように走った。土煙が舞い、周囲の訓練生がざわめくほどの一撃。
「こういうの見たら、テンション上がって模倣したくなるだろ?」
「なる! めっちゃなる!」
照人は思わず声を上げた。
“見る”――視線と直感で技を脳に刻む。
“演じる”――体を動かして、自分なりに再構築する。
“仕上げる”――それを戦術に落とし込む。
照人は全神経を集中させる。
目で追い、耳で捉え、身体で記憶する。“模倣”の前段階、“理解”に徹する。
「やってみな、照人」
照人が剣を構え、まずは《連舞斬》の模倣から。
――足捌き、剣の軌道、腰の回転。村田のテンポを再現するように、疾風のような連撃を放つ。
「おお! それっぽいそれっぽい! ちゃんと“アタッカー面”してる!」
次は《制圧斬》。動きは重く、しっかりと重心を落とす。
神谷の斬撃の“重さ”を再現しようとする意識が、剣先に宿る。
「タイミングはもう少し詰めたいけど……雰囲気は悪くない」
そして最後、《烈震斬》。
鎧武者・天野のダイナミックな一撃を真似して、照人が叫ぶ。
「ミーム・烈震斬!!」
ズドン、と地面に剣を叩きつけ、少しだけ土が跳ねた。
「……マジで模倣してんのか、これ」
天野がぽつりとつぶやく。
「ちょい控えめだな!」
「でも雰囲気、出てる出てる!」
「派手にしてなんぼだぞ、ミームナイト!」
三人が笑いながら背中を叩く。
照人は笑い返しながら思う。
完璧ではない。それでも確かに“それらしさ”が出ていた。
「《ミーム》って、まんまコピーじゃなくて“演じて、仕上げていく”もんなんだろ? 照人はそれを無意識にやってる」
彩の言葉を思い出す。
「見て、演じて、仕上げる」――まるで俳優のように、他人の動きを自分の中で昇華していく。
(俺は、ミームナイト……“流行り”を切り取って、自分の武器にする騎士)
その自覚が、確かな自信へと変わっていく。
仲間たちが見せてくれるスキル。それは、照人にとって“教科書”であり“宝”でもあった。
「照人。また来いよ。お前の模倣が完成するところ、見てみてぇし」
天野の言葉に、照人はうなずいた。
「うん。また見せてくれ。俺も、それを“演じて”“仕上げて”――もっと面白くするから」
(俺は、みんなの“かっこいい”を取り込んで、戦う。これが、俺の戦い方だ)
蝉の声が、校舎の窓ガラス越しに遠く鳴いていた。
7月も終わりに近づいたある日、戦士科の教室で担任の桐谷先生が告げた。
「さて、来月――八月からは夏休みだが、同時に上級生による“クラン勧誘期間”が始まる」
教室がざわつく。毎年恒例とはいえ、それがいよいよ“自分たちの番”なのだと実感が湧いてくる。
桐谷は続ける。
「それに先駆けて、来週末――一年生全体の【模擬試合】を実施する。参加は希望制だが、目立てば上位のクランに目をかけられる。つまり、実力を示す場だ」
その一言で、ざわめきは熱気に変わった。
「マジか! 模擬試合って、あれだろ? 観覧席に上級生も来るやつ!」
「クラン入り狙ってる奴にはチャンスだな!」
「いや俺はむしろ、自分のクラン作る気だし」
特に戦士科の連中は、目を輝かせていた。
例年より早く派生職に転職している者が多く、その実力は確かな手応えとして感じられていた。
「俺、もう《アタッカー》レベル4だし、ちょっとは目立てるかも」
「《ナイト》の新スキルも見せ場になるだろ。派手なの用意しとくわ」
「こりゃ“戦士科の見せ場”ってわけだな!」
「先生、1年の模擬試合でも武器本物ですか?」
「お前らやる気出すの早すぎだろ!」
笑い声が飛び交う中、照人も心を動かされていた。
(模擬試合……観客の前で“模倣”を披露できる場)
(戦士だけじゃない。支援、斥候、衛生、魔術――いろんな職業の戦い方が、一度に見られる)
(つまり、“一気に吸収できる”)
ミームナイトとして、照人にとっては願ってもない機会だった。
目標が、また一つ、照人の胸の中で鮮やかに形を成した。
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