遊び人、背中を押される
放課後。蝉の声が一層強くなる中、照人は戦士科の屋外訓練場にいた。
「おっ、来た来た照人! 模擬戦の前に一発やっとくかー!」
そう手を振ったのは村田。
「……来ると思った。お前、あの説明のときからそわそわしてただろ」
クールな神谷は、《ナイト》の新調した盾を陽光に反射させながら言う。
「照人がミームナイトで面白い戦い方してるの、ちょっと見てみたくてな」
天野もニヤリと笑いながら木剣を構えた。《鎧武者》の派生職レベル3。盾斧の武器を変え、構えに無駄がない。
「いいよ。俺もちょうど、模擬戦で何を模倣できるか試したかった」
照人も静かに、ミームスラッシュの柄を握った。仲間の視線が熱を帯びる中、自分の“戦い方”を、確かめたくなっていた。
この即席模擬戦は、2対2の形式に決まった。天野&神谷チーム vs 照人&村田チーム。
「村田、無理はしないで」
「おい、どっちが頼りにされてんだよ! せっかくだし“それっぽく”決めるからな!」
開始の合図とともに、神谷が前に出る。鋭い踏み込み――《ナイト》のスキル《ヘヴィストライク》が炸裂。
それを見た瞬間、照人は即座に《模倣(ミーム)》を発動。
「……模倣。――これは、叩きつける系統……バッシュか!」
タイミングを合わせ、ミームスラッシュと融合させた模倣バッシュを村田と連携して叩き込む!
「っしゃああ! 神谷、吹っ飛べぇえ!!」
「バカ、連携しろって言ったじゃんか!」
一方、天野は冷静に後衛に回り、変則的な《ハルバード》で照人の踏み込みを制する。
(――天野の動き、見た目よりもずっと速い。振りも無駄がない。じゃあ……)
照人は一瞬のスキルモーションを見切って模倣。疾風突きと鎧武者の槍斧動作をミックスした奇抜な突進を披露。
「おいおい……マジで真似してきやがった」
「ちょ、マジでそれ俺の動きじゃん!? やば、こいつ本物だ!」
熱くなる戦いの中、彼らの中で確かに“高め合っている”実感があった。
模擬とはいえ、誰一人手を抜かず、遊部の成長を喜びつつも本気で向き合っていた。
やがて日が傾き、訓練場に影が長く落ちる頃、試合は終了した。
「……よし。お前、模擬戦でも相当目立てるぞ」
「ミーム、面白れぇなマジで」
「なんか、負けたけど……清々しいな。やっぱ、戦って気持ちいいわ」
肩で息をする中、照人も笑っていた。
(――見て、真似て、使ってみて。俺は、こうやって強くなっていける)
胸の奥で、小さく灯る火が、確かな光へと育っていくのを照人は感じると同時に今のパーティーのメンバーとの歩調をどうするか悩みの種も芽吹いていた。
ダンジョン実習、今週の課題は第三区画の探索と指定草の採取。
天井の低い通路を抜け、一行はやや開けた空間に辿り着いていた。
戦闘を終えて一息ついたタイミングで、照人はふと切り出した。
「なあ、みんな。来月、1年生対象の模擬試合があるって知ってる?」
声のトーンは軽く、けれどどこか期待も含んでいた。
太田がふと顔を上げる。以前よりも少し引き締まった輪郭。
職業スキャナーの読み取り結果に刻まれた新しい職業名――《救命士》。
「知ってるっスよ。でも……俺は、出ないッスね」
「そっか」
「まだ戦うのは怖いっス。でも……誰かを助けれる今の職、けっこう気に入ってるんスよ。俺、こういうのが一番合ってる気がして」
照人は静かに頷いた。
言葉に迷いがない。太田のやるべきことは、もう本人の中にしっかりあるのだ。
続いて口を開いたのは、彩・フォルシア。
腰に下げた魔術端末が微かに光を放っている。《炎術士》という新たな肩書きとともに。
「照人が出るなら応援くらいはするよー。でも私は、そういう華やかなのはちょっとパスかな」
「理由、聞いてもいい?」
「模擬試合ってさ、派手な攻撃とかタイミングとか、見せ方の勝負じゃん? 私、そういうのまだ自信ないし、正直、火力でやらかしそうで怖い」
「……でも炎術士になれたんだね」
「うん、なれた。……これからちゃんと自分で使いこなしていきたいなって、そっちに集中したいの」
その言葉に、隣の佐藤が静かに頷いた。《薬草採取士》となった彼も、以前よりも目の奥に意志の光を宿している。
「僕も、出ません」
「うん。佐藤も、無理に出ろとは言わないよ」
「ありがとう。でも……最近は、ようやく“役に立てた”って実感できるようになってきて。模擬戦で戦績を競うより、自分の立ち位置を確かめたい」
最後に視線を送ったのは、赤坂。
物陰に寄りかかって、やる気のなさそうな態度は相変わらず。だが、腰の罠箱には使い込まれた跡があり、彼が《罠士》になったのは誰の目にも明らかだった。
「……俺、模擬戦とか性に合わない。無駄に注目されたくないし」
「けど、罠の設置、すげー上手くなったよな」
赤坂は少しだけ、鼻を鳴らした。
「ま、最近は“無駄じゃない”と思える時もある。……それで十分だろ」
照人は仲間たちの顔を順に見回す。
(みんな、もうそれぞれの道を歩き出してるんだ)
模擬戦に出るか出ないか、それは関係ない。
太田は人を支える力を。彩は制御と精度を。佐藤は裏方の矜持を。赤坂は静かな自己肯定を。
彼らは、確実に“自分のやり方”で進んでいる。
「そっか……じゃあ、俺は俺で頑張ってみるよ」
「うん、照人なら大丈夫っしょ。どんどん変なスキル覚えて、伝説とか作ってよ」
「楽しみにしてる。……帰ってきたら話聞かせて」
「ふつーに勝ってこい。俺らも、それくらいには期待してやるよ」
仲間たちのその言葉が、照人の背を優しく押していた。
実習が終わった帰り道。いつもの通路、いつもの道のり。けれど、照人の心にはいつもと違う静かな余韻があった。
ふいに、後ろを歩いていた彩が足を止めた。
「ねえ、照人」
「ん?」
「言いそびれてたけどさ……ありがとう。ここまで付き合ってくれて」
その声に、他のメンバーも足を止める。
佐藤が少しだけメガネを直しながら口を開いた。
「僕たち、たぶん戦力としては微妙な組み合わせだったと思う。最初は本当に何もできなかったし……でも、君がずっと一緒にいてくれたから、ここまで来れた」
「……俺なんか、まだまだなんだけど」
照人がそう返そうとした矢先、太田が続けた。
「いや、ホント感謝してるッス。……あのとき、照人が声かけてくれなかったら、たぶん今ごろ俺、脱落してたッス」
「俺も」
短く言って赤坂が前を向いたまま言葉をつなぐ。
「お前がいたから、この班に残った。気楽だった。……それに、戦ってるお前見て、何度も考え直した」
照人は言葉を失っていた。
どんな顔をすればいいかわからないまま、視線を下げる。
彩が、静かに続けた。
「でもね、照人。もう、私たちだけでも立てるんだよ」
「えっ……?」
「ここまで引っ張ってくれたこと、本当に感謝してる。でも、きっと照人は――もっとすごい人になれると思う。だから、これからは無理に私たちに合わせなくていいよ」
「……」
「模擬戦も、クランも、どんどん進んで。すごいメンバー集めて、もっと先を目指して。私たちはちゃんと、私たちの場所で頑張るから」
その言葉に、佐藤も太田も、そして赤坂も頷いた。
「もちろん、これからも一緒にダンジョン入れたら楽しいとは思うけど」
「でも照人は、遠くまで行ける人だから」
「俺たちのことは気にしなくていい。お前の好きなようにやれ」
まっすぐな眼差しと、あたたかな声。
自分が思っていた以上に、仲間たちは成長していた。そして、その成長を“導いた自分”を、今、彼らが肯定してくれている。
「……ありがとう」
照人は、ゆっくりと頭を下げた。
「……正直な話、まだ怖いよ。ミスもするし、転ぶこともある。でも――それでも進めるのは、みんなと歩けたからだって思う」
「でもね」
照人は顔を上げて、微笑んだ。
「みんながいてくれたから、俺、前に進めた。自信って、きっと“誰かの支え”から育つものなんだなって。だから俺、もっと頑張る。もっと遠くまで行って、“照人ってすごいんだぞ”って、胸張ってもらえるように」
「言ったな~?」
彩が笑って言う。
「ちゃんと見てるからね、私たち」
「成績も、伝説も、ぜーんぶ残るからな」
赤坂の言葉に、皆が笑い合った。
ダンジョンの闇とは対照的に、彼らの中には確かな光があった。
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