遊び人、本領発揮

 陽射しの広場を後にし、森の巡回路を戻る一行。

 緊張の糸はまだ張ったままだった。


「なあ……あっちは、さっき通った時に敵いなかったよな?」

 赤坂が小声で呟く。


 そのとき──


 シャッ

 茂みの奥から矢が飛んだ。


「っぶね!」

 照人が咄嗟に叫ぶ。すかさず地面に飛び込む仲間たち。


木の影。そこに潜む気配が三つ。否、四つ。


 ──ゴブリン。しかも、弓持ちだ。


 細身の体躯に不釣り合いなほど大きな弓を構えた個体が三体。射線が交差するように位置を取っている。


 そして、最前線には、異形のシルエット。


 岩のように硬質な殻をまとった巨大な甲虫──岩甲虫(がんこうちゅう)。


 その配置は明らかだった。撤退中の冒険者を狙った待ち伏せ部隊。帰路を襲う奇襲型の編成。人の心理を読んだ配置。偶然じゃない。狙っていた。


「ま、まだ戦うのかよ……」

 太田が呻き声を上げる。皆、回復もまだ十分ではない。


「……時間、稼ぐ」

 照人が、ぽつりと呟いた。


 目に入ったのは、足元の丸い石ころ。

 瞬時にアーチャーの姿を頭に浮かべる。


 ──《模倣(ミーム)》・アーチャー


「っせいっ!」

 人の手から、丸石が一直線に飛ぶ。まるで狙いすました矢のように、アーチャーの額へ命中。

 体勢を崩した敵の矢が逸れ、彩の結界に弾かれる。


「おおおおい今のなに!? 投石!?」

 彩のツッコミが飛ぶが、照人は答えない。


 すぐさま前へ跳び出し、

 ──《模倣(ミーム)》・斥候のステップ

 低く身をかがめ、岩甲虫の突進を紙一重で回避。


「いったれっ……!」

 次の瞬間、後ろ手に構えた鉄の剣を振り抜く。


 ──《模倣(ミーム)》・戦士の強打(バッシュ)


 訓練で散々見た、教官や天野の一撃。そのタイミング、溜め、足の踏み込み。

 まるでビデオを巻き戻すように──訓練で見たあの一撃を反復した、擬似バッシュとして振りかぶる。


 がん、と鈍い音が鳴り、岩甲虫がよろめいた。


「バッシュまで再現すんの!? やば……!」


 仲間たちが思わず息を呑む中──


 照人の表情が少しだけ曇る。


「……でも、魔法はやっぱり無理か。頭に浮かばない」


 彩の火球を思い出しても、それを“遊び”にできるイメージが湧かない。

 魔術は、おそらく「模倣」の適性外なのだ。


 けれど──


「十分だよ。照人くんが時間稼いでくれたから、回復も準備できるし!」

 佐藤が駆け寄って声をかける。


「うん。すげーよお前。どこでそんなに器用になったんだか」

 赤坂も、苦笑いしながら背中を預ける。


 照人は息を整えながら、笑った。


(“遊び”って、やっぱ最高だな)


帰路の森道を、陽が傾く中で進みながら、照人は何度も手のひらを見つめた。

 何かが変わった気がした。ただの感覚ではなく、確かな実感だった。


 ――模倣(ミーム)。

 戦士の重い一撃、斥候の俊敏なステップ、アーチャーの連射。

 すべて、今日の戦いで自分が見て、感じて、再現できたもの。誰かの真似じゃない。自分の戦い方として、手に馴染んでいた。


 「……やれば、できるんだな」


 ぽつりとこぼれた独り言に、誰かが返すわけでもない。

 ただ自分の胸の内で、その言葉がゆっくり反響する。


 少し前の自分なら、ここまでの戦闘を一人で切り抜けられるとは到底思えなかった。

 でも今は、違う。

 自分には、剣がある。声援がある。模倣(ミーム)という可能性がある。


 パーティーで、仲間を守れる。

 ソロでも、突破口を見つけられる。

 そしていつか、自分にしかできない戦い方で、もっともっと上を――


 「俺は、きっと……強くなれる」


 無意識に笑っていた。

 それは、初めて自分をちゃんと信じられた瞬間の、自然な笑みだった。




夕暮れの校舎裏、教員棟前に戻ってきた五人は、土や汗の匂いとともに無言で整列していた。

 疲労は濃く、服も汚れきっていたが、全員の顔にはどこか清々しい表情が浮かんでいた。


 出迎えたのは、斥候科の教官・門倉だ。がっしりした体格に、目を細めた笑み。

 彼は提出された記録石と採取物の袋を受け取ると、ひとつひとつ丁寧に確認していった。


 「光苔に矢羽用の羽根素材、よし。戦闘記録、確認するぞ」


 遊部や班員のメンバーの報告書に目を通していく。

 ゴブリンとの連携戦、イモリとの毒回避、岩甲虫に対する咄嗟の対処、そして――模倣。


 記録に見える遊部照人が、仲間を庇い、動きを見切り、誰かの技を模した一撃で敵を倒していく様は、門倉の目にも確かな成長として刻まれたようだった。

数か月前、からっぽの目で初登校してきた少年が──いま、仲間を背負って立っている

 「……なるほどな。模倣、か。ミームナイトの本領がようやく顔を出したか、遊部」


 「はい。実戦で……初めて、閃きました」


 素直に言うと、門倉は鼻を鳴らしてから、ふっと笑った。


 「上等だ。加えて……仲間も良く動いた」


 驚いたように顔を上げるのは、メガネの佐藤だった。


 「特にお前だな、佐藤。報告によると光苔の選別や、イモリの巣の発見もお前の提案だ。採取班としての動きは完璧だった」


 「えっ……あ、ありがとうございます」


 赤坂も思わず肩を竦めたが、門倉はそれにも目を留めた。


 「奇襲の一撃こそ浅かったが、あれがなければパーティーは動けなかった。お前なりに役割を果たした。それで充分だ」


 「……まあ、頑張った方っす」


 小さく呟いた彼の顔には、いつもより確かに色が戻っていた。


 門倉は全員を見渡し、最後にひと言を投げかけた。


 「全員、よくやった。お前たちは今日、"チーム"だった。実習評価はAだ。自信を持て」


 一瞬の静寂の後、胸が熱くなった。


 全員の表情が綻ぶ。

 やる気のなかった面々が、気づけば自然に笑い合っていた。

 照人もまた、心から思った。


 ――このメンバーで、やっていける。


 帰還報告と簡単な振り返りを終えた後、照人たちは講堂の一角にあるスキャナーへと向かっていた。

 大型の魔導装置でできたこのスキャナーは、各自の現在の職業とレベル、ステータス傾向、さらには転職可能条件などまで可視化する、学園でも屈指の最新機材だ。


 「じゃあ、順番にやっていこうか」

 衛生科の太田が汗を拭いながら、少し緊張気味に言った。


 一人ずつ装置の前に立ち、名前と学籍番号を入力する。

 青白い光が全身を舐めるように走り、直後、ホログラムが浮かび上がる。


 「太田樹。職業:衛生士。レベル:10。―転職可能条件を満たしました」


 「……っしゃあ!」

 太田が拳を小さく握ると、他のメンバーからも控えめな拍手が送られた。


 続いて、彩。

 「彩・フォルシア。職業:初級魔術師。レベル:10。―転職可能条件を満たしました」


 「へへっ、まあ当然でしょ」


 ふんと鼻を鳴らしながらも、照人にはその口元が微かに綻んでいるのがわかった。

 彼女にとっても、ここまで来たのは決して“当然”ではなかったはずだ。


 佐藤、赤坂と順にスキャナーを通る。どちらもレベル10に到達しており、それぞれ支援系や斥候系の中級職へと道が開けていた。


 そして最後に――遊部照人。


 静かにスキャナーの前に立ち、深呼吸。


 《遊部照人。職業:ミームナイト。レベル:10。次職業開放条件一部解放済み》


 しばらく沈黙。

 誰もがそのホログラムに見入っていた。


 「……ミームナイト、レベル10……!」


 一瞬、静まり返る空気。ホログラムの青白い光に照らされて、照人の影が長く伸びる。


 「……ミームナイト、レベル10……!」


 ぽつりと彩が呟いたのを皮切りに、太田、赤坂、佐藤が一斉に拍手を送る。


 (本当に、レベル10だ)


 数字が、それを証明していた。ふわふわと曖昧だった自信が、輪郭を持って形になったような──


 (努力は、ちゃんと届くんだ)


 「お前、すげーな照人……! 今日のあの動き、マジで本物だったんだな」


 赤坂までが、珍しく素直な声を出していた。


 照人自身も、ホログラムの数字を見つめたまま、じんわりと胸の奥に熱が広がっていくのを感じていた。

 (……本当に、レベル10だ。派生職でレベル10ってすごいよな、?)


 教官に褒められたことも、自分の手応えも、仲間の言葉も嬉しかった。

 でも、こうして“数字”になって現れると、それはさらに確かな実感へと変わる。


 (やっと……ここまで来たんだ)


 努力が形になった。迷いながら、試行錯誤して、それでも諦めなかったからこそたどり着いた現在地。

 まだまだ先は長い。でも――


 (ソロでも、パーティーでも。俺は、やっていける)


 照人は小さく息を吐き、笑った。

 ミームナイトとしての道は、まだ始まったばかりだ。

 でもその一歩目は、確かに強く踏み出せた。



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