遊び人、兆し
晴れ渡った空の下、ダンジョンゲート前に集合した五人の影が揃う。顔ぶれはどこか頼りなさそうだった“余り者”たち――今は、それぞれが小さな武器と覚悟を手にしている。
「よし、今日は第二まで行くって話だったな。採取と掃討、どっちもこなす感じで」
遊部照人が軽く手を上げる。戦士科の制服に、最近ようやく板についてきた剣帯姿。自分が“前”に立つことにも少しは慣れてきた。
「え〜、マジで行くの〜? 第二って、毒持ちとか岩の甲虫とか出るって聞いたんだけど〜」
口をとがらせたのは彩。魔術科の制服のスカートを気にしつつ、鞄から杖を取り出して気怠げに肩に担ぐ。
「……まあ、毒持ちが出るらしいから。万が一のときは僕の出番かな」
太田は医療キットの入った大きめのサイドバッグを抱えながらにっこり。肥満気味な体格に似合わず、歩調は軽い。
「……俺は、後ろからついてくから。たぶん、死なない程度には頑張る」
赤坂はぼそっと呟いて、草むらに腰を下ろしそうになる。だがその場にいた誰も座らなかったので、渋々立ち直った。
「事前に地図は確認してる。敵の出現ポイントと、陽射しの広場で採れる素材は──」
佐藤は言いかけて、皆のテンションを察して声を濁す。
「……まあ、行けば分かるか」
「うん。行こう、みんな。何かあったら、俺が前に出るから」
照人の一言に、誰も異を唱えなかった。
代わりに出ようとする者も、引き返そうとする者もいない。
小さな一歩。けれど確かに、それは“前進”だった。
ゴブリンの断末魔が、草むらに吸い込まれるように消えた。
「……よし、これで一区画、突破」
遊部は剣を軽く振って返し、小声で呟いた。
相手は3体。粗雑な棍棒に短剣。動きは荒く、数も少ない。数も装備も大したことはない。
だが、ひとつ油断すれば怪我をする。それがダンジョンの現実だ。
照人が斬って、突いて、叩き落とし──そのすべてを《ミームスラッシュ》でさばいた。
《ミームスラッシュ》――剣に乗せた運と意思の一撃。
一閃ごとに、敵の動きが乱れ、崩れ、倒れていく。
「ちょっ、なにその当たりっぷり……」
彩が目を丸くして口をぽかんと開けた。
「……もしかして、運だけで勝ってる…?」
赤坂の声に、わずかな嫉妬と尊敬が混じる。
「いや、あれは──運というより……たぶん、集中力かな」
佐藤がぽつりと呟いた。眼鏡越しの目が鋭く光る。
「すごいね、照人くん……!」
太田が手をパチパチ叩きながら、みんなの前を先導するように笑う。
その明るさは、ほんの少し、周囲の空気を柔らかくした。
第二区画【陽射しの広場】。
木々の合間に空が覗き、風が抜けていた。
木漏れ日が揺れ、地面には柔らかな緑の苔が広がっている。ほんのりと、光って見えた。
木漏れ日の中、パーティは各々の作業に散っていった。
「光苔は……このへんの岩陰……よし、あった」
真っ先に動いたのは佐藤だった。しゃがみ込んだその手つきには、どこか職人めいた慎重さと確信があった。
「はいこれ、柔らかい苔みたいに見えて、先端がちょっとだけ光ってるのが“正解”ね。こっちは似てるけど別種、薬効なし」
「へえー、すご。よう見分けつくね」
太田が興味深そうに覗き込む。
「図鑑と照合済み。……戦闘はさすがに無理だけど、採取に関しては訓練でかなり詰めたんで」
佐藤はそう言って、胸ポケットから小さなスケッチブックを取り出す。中には手描きの光苔や素材のイラストがびっしりと描かれていた。
照人は思わず見入ってしまう。
(うわ……これ、すげえ……)
「採取は、誰かがちゃんとやらないとクエスト失敗になりますから」
ぶっきらぼうに言うその表情の奥には、揺るぎない意志と自信があった。
「わ、こっちは羽根めっちゃ落ちてる。ラッキー」
彩は落ち葉の積もった木の根元にしゃがみ、矢羽素材の羽根を拾い集めている。
しゃがみながらもスマホを片手に構え、「この羽根かわいい〜」と写真を撮っているのが彩らしい。
「てか、この羽根って“ちゃんと使えるやつ”で合ってるよね? 佐藤、チェックお願い〜」
「ふむ……これは問題なし。構造的にも実用に耐えるはず」
「よかった〜。これで採取もばっちりじゃん」
そのころ赤坂は、ひとり木陰にうずくまるようにしていた。
「……こんな場所、敵にとっちゃ絶好の射線……」
ぼそりと呟きながら、木々の隙間を観察し、動物の足跡らしきものを指先でなぞっている。
戦う意志は薄いが、偵察という仕事に対しては、それなりに誇りがあるようだ。
「赤坂、何かわかった?」
「……たぶんだけど、このへん……ゴブリンアーチャーが一回は通ってる。踏み荒らされてるし」
「おお〜斥候っぽい!」
「……“っぽい”じゃなくて、やってるから」
ぼそりと返して、再び黙々と木の葉をめくっていた。
一方の太田は、というと──
「なんか甘い匂いすると思ったら、これ、苔の近くにちっちゃいキノコが生えてんじゃん」
ちまちまと苔を摘む合間に、なぜか食用っぽいキノコにテンションが上がっていた。
「照人くん! 見て見てこれ、キノコも持ってっていいかな?」
「佐藤、これって持ち帰りOKなやつ?」
「種類によります。俺が確認します」
佐藤が即座に対応するあたり、妙に息が合っていた。
遊部照人は、そんな仲間たちのやり取りを少し離れた場所から見守っていた。
(……バラバラなようで、それぞれ役割果たしてるんだな)
口に出すことはしないが、その胸の内には静かな感情が湧いていた。
(俺が全部やるって決めたけど、……“全部”じゃなかったのかも)
仲間がそれぞれ、自分にできることを必死にやっている──
不器用でも、足りなくても、そこには確かに「前向き」があった。
陽射しの広場に、風が止んだ。──森の空気が重くなる。
採取を終え、一息ついた直後だった。
何かが、周囲の空気を切り裂いた。
先陣を切ったのは、藪の奥からぬるりと這い出た“森イモリ”。毒を帯びた艶やかな肌が、逆光でぬめり輝く。
「一匹か?」と太田が問いかけた、その瞬間──
「っ……矢!? 上だ、ゴブリンアーチャー!」
瞬間、四方八方から飛び交う矢の雨。
藪の中を、毒持ちの森イモリが這いずるように近づいてくる。
背後の林の影がざわめいた。
木の上、高台、藪の奥から、次々に飛来する矢の雨。
「囲まれてる──! ゴブリンアーチャー三体、イモリ二体、あと……なにか、重い音」
赤坂が叫ぶ。と同時に地鳴り。木陰から、岩のような虫──岩甲虫がのそのそと姿を現した。
「岩甲虫……まずいな。防御高いぞ、アレ」
佐藤が唾をのむ。
「魔力溜める! 照人、前! 時間稼いで!」
彩が叫ぶ。だが、敵の数が多すぎる。
「いく!」
ミームスラッシュ──!
照人が斜めから切り込んだ一撃は、毒イモリに命中。ヒット! ──だが、喉元をかすめただけ。削ぎきれない。
即座にカウンターで尻尾が跳ね上がる。
──ゴッ!
「ッ……」
照人の左腕がしびれた。重い。毒が走ってる。
「解毒薬使って! あたしが撃つ!」
彩の火球が跳ねて森イモリを燃やすが、完全には落としきれない。鈍い身体が暴れ、太田の前に転がるように突進──
「う、うわぁぁっ!」
佐藤が盾代わりのバッグで受け止めた。だが、踏みとどまるのがやっと。
「太田、回復!」
「解毒を、照人に…! 佐藤に、か、回復!」
矢がまた、矢が降る。
一矢は佐藤の近くの木に刺さり、思わずうずくまる。弓を構えるゴブリンの数は三体。森イモリが一体沈んだが、もう一体が横から迫っていた。
「やばい、マジでやばい!」
彩が焦る。魔力がまだ溜まり切ってない。足場も悪く、集中できない。
──誰かが、やられる。
その瞬間。
「やるしか、ないだろ……!」
影が駆ける。後方で気配を消していた赤坂だった。
「せめて、目の前の一匹くらい──!」
草を蹴って跳び上がり、ゴブリンアーチャーの背後からナイフを突き立てる──!
──が、浅い。
肘打ちが赤坂を吹き飛ばす。その動き。その殺気。その一瞬の踏み込み──
(見てた……できる。できる気がする)
頭の中で、何かが“繋がった”。
思考が加速する。
頭の奥で、誰かの声がこだまする。
──違う、思い出せ、お前の力は模倣だ。
(……あいつの動き。赤坂の……目の前に出た、あの“勇気”。)
──
ふいに、照人の中で“何か”が走った。
光も音もない。ただ、研ぎ澄まされた技術の残滓が体に流れ込む。
「──見たぞ」
照人が立ち上がる。
ミームスラッシュの構えではない。──もっと低く、もっと鋭く。
次の瞬間、照人の身体が残像を残して駆けた。
目にも止まらぬ一閃。刃が、イモリの首を掠め──沈黙。息を呑む音。
イモリの巨体が、ぐしゃ、と音を立てて崩れた。
「なにそれ、いまの──」
彩が口を開ける。
「スキル……? 今、何を使ったんだ照人……」
佐藤の声も、どこか呆然としている。
「
再び矢が来る。今度は、矢が来る前に照人が動く。
一体、二体──剣が走るたびに、ゴブリンアーチャーが沈んでいく。
「つよ……なにこれ……」
太田が唖然と呟く。
照人の剣は、“遊び人”のそれではなかった。
ただの模倣。だが、それは最強の矛先となった。
戦いが終わった。
森のざわめきが、少しだけ静まっていた。
倒れた毒イモリ、転がるゴブリンアーチャー。強敵だった岩甲虫も、彩の魔法と太田の援護でなんとか打ち倒した。
「……終わった、よな?」
ゼェゼェと息を吐く佐藤が、眼鏡を押し上げながら辺りを見渡す。
誰もが無事だった。
「お、おい照人! 今の……今の、何!? すっごく速かったけど!」
彩が駆け寄る。大きく目を見開き、興奮を隠しきれない。
「あんな……ナイフさばき……オレのより速かったじゃん……」
地面に座り込んだ赤坂が、うめくように呟いた。
「ごめん、真似させてもらった」
照人はそう言って、手を差し伸べた。赤坂は少し戸惑ったあと、ふっと笑ってその手を取る。
「ま、オレの“奇跡の一撃”が参考になったんなら……悪くない」
その瞬間、太田がぽんっと照人の背中を叩いた。
「やっぱお前、すげぇよ! なんか、毎回何か起こすよな~!」
「うるせ、重いって……!」
笑いながら、皆の輪の中に照人が立つ。自然とその中心に。
自分の中に新しく生まれた感覚。
スキル《模倣(ミーム)》──見た動き、戦術、技。それらを自分の“遊び”として取り入れる。
(俺……戦士の攻防も、斥候の奇襲も、今ならきっと……)
脳裏に閃くイメージは尽きない。ゴブリンアーチャーの弓捌き、イモリのしなやかな動きすら。
(……もしかしたら、アーチャーの真似もできるかもしれない)
「“遊び”って、なんでもありだよな……」
照人はぽつりと呟く。
次の瞬間、笑みがこぼれた。ぞくぞくするような期待が、背筋を走る。
──これなら、もっと強くなれる。
遊び人だからこそ、模倣できる。模倣から、進化できる。
照人の“遊び”は、まだ始まったばかりだった。
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