遊び人、引っ張っていく

帰り道も油断はできない。


遊部たちのパーティーは、草原ダンジョンの奥から収穫物をしっかり背負い、慎重に道を戻っていた。

が、そこに襲いかかってくるのは、野生モンスターたち。


――ゴブリン、岩甲虫。

単体、または小規模の群れ。戦闘としては決して難しくない。


「よし、俺がやるよ」


剣を引き抜き、遊部が前に出る。


斥候や衛生の仲間が武器に手をかけるが、すぐにその手を下ろす。

《傍観者の声援》を最大限に活かすには、見守ってもらった方がいい。

戦闘に関与しない“観客”が多いほど、遊部にかかるバフは強くなる――皮肉な話だ。


「気をつけてな〜」と、軽い口調で見送られるが――遊部は構わなかった。


ミームスラッシュ――


斬撃に鋭い風が乗り、岩甲虫の甲殻を裂く。

そのまま体を回転させてゴブリンを切り裂き、バランスを崩した隙に《アピール》で挑発。

体勢を立て直そうとしたゴブリンに、再び一撃。


無駄のない動き、読み切った行動。

ムラがあったスキルも、今は流れるように決まっている。


「……あいつ、本当に落ちこぼれだったのか?」


「いや、あの《ミームスラッシュ》ってやつ、今のって多分“当たり”のほうだよな。

 あれ、ランダムで性能変わるんだろ?」


「当たりでも、あそこまでやれるの普通じゃないよね……」


仲間たちは武器を抜かず、戦闘が終わるたびに満足げに背負い袋を見直す。

誰も戦っていないのに、荷物は着実に価値を増している。


そのままいくつかの戦闘を遊部がすべて片付ける頃には、

「もしかして自分たちは、すごい人と一緒にいるんじゃないか」――

そんな空気が、自然とパーティーの中に生まれていた。


ダンジョンの出口が見えるころには、仲間たちの足取りにも、不思議なほどの自信が宿っていた。



帰還後 ―


「ふむ。無事、素材も提出できているし……」


ダンジョンゲート前。受付の机に広げられた鉱石と薬草を見ながら、教員が頷く。

目元にかけられた眼鏡がきらりと光った。


「お前たち、最初は心配していたんだがな。予想以上の成果だ。……特に遊部、お前」


「はい」


名を呼ばれた遊部は、一歩前に出る。

心臓がトクン、と小さく跳ねた。


「戦闘はすべて一人で担当したそうだな。記録員からもそう報告が上がっている」


ちら、と仲間たちを振り返る。斥候科の男子が、ニッと笑って親指を立ててみせた。

衛生の女子は、どこか照れたように視線をそらしながらも頷いている。


「……自分でも少し驚いてます。でも、良い経験になりました」


言いながら、遊部は思った。

確かに、怖かった。最初の一撃を外したらどうしよう、とも思った。

でも、スキルも体の動きも噛み合ってくれた。――信じて任せてくれた仲間がいたからだ。


「うむ。その言葉が出るなら上出来だ。今のスタイルをしばらく続けてみろ。得るものは大きいぞ」


「……はい!」


教員が視線を他のメンバーに移す。


「それに、戦闘以外の面でもよくやったな。採取物の質も量も申し分ない。

ゴブリンに邪魔されながら、ここまで集めたのは立派だ」


「お、覚えてくれてたんすね」と、衛生科の男子が笑う。


「毒草と薬草の選別、すごく神経使いましたから……」と魔術科の女子。


仲間たちの声に、遊部は自然と頷いていた。

戦ったのは自分ひとりでも、この成果は“みんなのもの”だ――それを、教員がちゃんと見てくれたのがうれしかった。


帰り道、斥候の男子がぽつりとつぶやく。


「……なんかさ、ちょっとだけ、自分たちも強くなった気がするよな」


誰も否定しなかった。





教員から高評価をもらった後の帰り道、薄くオレンジがかった夕陽が窓から差し込む。

足音を響かせながら、実習を終えた遊部たちの小さな一団がゆっくりと校舎を歩いていた。


「今日は楽だったなあ。マジで助かったわ」

衛生科の太田が背負い袋をずるずる引きずりながら言う。


「ねー。私、後ろで薬草選別してただけかも」

魔術科の綾が笑いながら、自分のメモ帳をぱらぱらとめくる。


「この調子で、ノルマ終わるまでつきあってもらおっかなー」

「おい、あんまり頼りすぎんなよ。……ま、頼っちゃうけどな!」

肩をすくめる声に、一同が笑った。


そんなやりとりの中、遊部は小さく息を吐いて笑った。


(……ほんとに、今日は“任せてもらえた”んだな)


かつて“遊び人”と呼ばれて、戦いの輪に入れてもらえなかった日々を思い出す。

スキルはまだ不安定だし、全部が上手くいくわけじゃない。

でも、今日はちゃんと戦えた。

仲間の前で、逃げずに剣を振るえた。


(俺にも、できることがあるんだ)


ほんの少し、胸を張る。

歩く足取りにも、気づけば力がこもっていた。


「よし。次も頑張ろう」

自然とこぼれた言葉に、前を歩いていた斥候科の男子が振り返る。


「おっ、やる気出てるじゃん、遊部くん!」


「これは頼っていいってことだなー?」

魔術科の女子が笑いながら、軽く拳を突き出してくる。


「……いや、たまには任せてよ。俺も採取とかやってみたいし」

「え、まじで? じゃあ今度薬草の見分け、教えてあげよっか?」

「ぜひ」


笑い合いながら、彼らは夕暮れの階段を降りていった。

遊部照人の中に灯った“誇り”は、小さく、けれど確かに熱を持っていた。

次なる挑戦への、その第一歩として。



薄い陽が差すベンチに、簡易な弁当とともに五人が集まっていた。風がちょうどよく通り抜けていく。授業の合間、気の置けないメンバーで過ごす、いつもの場所。


「ねぇ遊部くんさ、今のメンバーでしばらく続けてくの?」

衛生科の太田が、ペットボトルの水を煽りながら、ふとした調子で尋ねた。


遊部は、手に持っていたおにぎりを一旦下ろし、少し考えて――ゆっくりと頷く。


「うん。……次は、このメンバーで、もっと奥まで行ってみたいと思ってる」


「へぇ〜。もう一歩踏み込むって感じ?」


「初級の浅いルートは慣れてきたし、次は中層かな。中級ダンジョンとまでは言わないけど、素材のランクも上がるし、経験値効率も良くなると思う」


「俺は別にいいよ〜。楽だし」

太田はあくびをしながら、気だるげに笑う。


「えー、私は楽はしたいけど、死ぬのはやだよ?」

魔術科の綾が冗談交じりに言う。笑いながらも、目だけは真剣だ。


「もちろん無茶はしない。事前に調べて、安全なルートを選ぶよ。だから……」


少し間を置いて、遊部は息を吸い、まっすぐ言った。


「もうちょっとだけ、俺に付き合ってくれる?」


風が、ふと止まったような気がした。


一瞬の沈黙ののち、斥候の男子が口を開く。


「まあ、遊部くんがちゃんと考えてくれてるなら、俺は任せるよ。正直、パーティーの管理とか方針とか、めんどいし。遊部くんでよろしく」


「リーダーがんばれ〜。困ったら相談には乗るよ?」

綾がピースを見せ、笑う。


「……ありがとな。ほんとに」


遊部は小さく、そして深く頷いた。

胸の奥がじんわりと熱くなる。責任の重みも、信頼の重みも、心地よいものに変わりつつある。


(最初は、ただ落ちこぼれ扱いされて。俺も、それを受け入れてた。

でも今は……このメンバーなら、導けるかもしれない)


空を仰ぐ。

流れる雲と、まぶしい陽射し。

遊部は、ひとつ深く息を吸い込んだ。


(次は……もっと先へ行こう)


夕方。訓練棟の片隅にある、装備整備室。

誰もいないその一角で、遊部は静かにベンチに腰掛け、自前の剣を手に取っていた。


売店で買った直剣。目立つ装飾もないが、刃には何度かの戦闘の跡が残っている。

ゴブリンの腕をかすめたときにできた小さな傷――けれど、遊部にとっては“自分が戦った証”だ。


彼は息を吐き、研磨布を手に取る。

布を滑らせるたび、剣がわずかに光を取り戻していく。


(次は、浅層じゃない。弓を使う相手も出てくるし、毒を持った敵もいる)


布を置き、次に小さなスプレー缶とグリスを取り出す。

軽く軸に塗り込み、手首のスナップで剣を何度か振って確認する。


「よし……まだいける」


遊部の目つきが、自然と鋭くなる。


(これからは、俺が方針を決める。ルートも、準備も、撤退の判断も)

(“遊び人”だった俺が、誰かを背負うなんて笑える話だけど――)


「……でも、やるしかないよな」


声に出して言ってみる。すると、不思議と胸の奥に火が灯ったような感覚が走る。


(俺のスキルはまだ不安定で、戦士としては半人前。

だけど、行ける。もう“何もできない”とは言わせない)


装備棚の脇に置いていた自分の小さなリュックに、整えた剣を納める。


「次の“陽射しの広場”、俺たちで踏み越えてやる」


決意とともに、整備室を出る遊部。

西の空は赤く染まり、風が静かに背中を押していた。



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