遊び人の可能性

放課後。柊は一人、職員室前に立っていた。

担任の桐谷先生は、生徒の話はしっかり聞くタイプだ。


「……で、今はどこのパーティーにも属してないと」

「はい。自分の力を、もう少し広い環境で試したくて。今は一人です」

「なるほどな。ソロでやっていくつもりか?」


遊部は言葉を探し、視線を落とした。どこか言い訳に聞こえないように、慎重に言葉を選ぶ。

「いえ……僕のジョブ、ミームナイトはソロ向きじゃないです。どうしてもパッシブスキルが――味方依存で……」


「傍観者の声援、か」

先生は珍しくスキル名をすぐに出した。

「資料を見て、存在だけは知ってる。変わったスキルだな」


「はい……やる気のない人と一緒じゃないと、強くなれないんです」

「皮肉だな。でも、逆に言えば――お前に向いてる環境は、あるってことだ」


遊部が首を傾げると、門脇は机の下から数枚のレポートを取り出した。

「あまり成果が出せていない生徒たちがいる。ダンジョン実習で鉱石もモンスターもろくに確保できていない。けど、やめたいとは言ってこない。惰性でやってる、そんな連中だ」


「その人たちと、僕を……?」


「全員、別パーティーで成績が出なかったか、一人で時間を潰しているようなやつだ。正直、戦力として数えていない。ただ、お前みたいな変わり種には合うかもしれん。試してみる価値はある」


遊部は驚いたような、でも少し笑った。


「……やってみます」



週明けの昼休み。門脇教諭に指定された教室に、遊部は少し緊張しながら入った。

窓際の机に、すでに4人の生徒が集まっていた。


「……こんにちは。ミームナイトの遊部です。今日はよろしくお願いします」


4人は一応顔を上げたが、挨拶を返したのは1人だけだった。


「……ああ、ども」

眼鏡をかけた細身の男子生徒がぼそっと言う。他の3人は、黙ってうなずいたり、スマホをいじったままだったり。


桐谷先生が後ろからドアを閉め、最低限の紹介だけして去っていく。


「じゃあ、お前らで話してみろ。まとまりそうなら一度潜ってみてもいい。無理そうなら、それもまた仕方なしだ」


静かになった教室で、遊部が自己紹介を始めた。


「ええと、俺は戦士科で、遊び人から転職しました。今はレベル、ミームナイトで6です」


「ミームナイト? 初めて聞いたな」

眼鏡の男子が呟く。


「うん。ほとんど誰も知らない職業みたいで……俺も最初は驚いたんだけど。でも、攻撃スキルはあるし、それなりには戦えると思います」


返事はなかった。

代わりに、スマホを見ていた短髪の女子生徒が、画面から目を離さないままつぶやいた。


「私、魔術科だけど……魔法、ほとんど撃てないから。あんま期待しないで」


「俺、衛生科だけど……手当、ゆっくりしかできないっす。あと、体力も無いし」

ふとんの重みに耐えるような声で、ぽっちゃりした男子生徒が補足する。


残る一人の、影の薄い斥候科の男子は、そもそも目を合わせない。

遊部が少し困って話しかける。


「ええと……君は?」


「……俺、隠密スキルまだ覚えてない。戦闘も、できない……」

声が小さすぎて、遊部は最初聞き取れなかった。


(これは……なかなかだな)


遊部は内心で苦笑する。

だが、逆に思った。この環境でこそ――“傍観者の声援”が、本領を発揮するかもしれない、と。


じゃあ、一度、一緒に練習してみない?」

少しだけ間を空けて、続ける。

「実習用の訓練エリアで、軽く模擬戦をやるとか……」


遊部が提案すると、空気が一瞬だけ重くなる。

すぐに、短髪の女子が無表情で口を開いた。

「え、模擬戦とか、別にいいんじゃない? どうせ実習あるし。初級ダンジョンでしょ?」


「……うん、俺も、それでいいかな。ていうか、練習って何すんのって感じだし」

衛生科の男子も同調するように座ったまま返す。


「めんどくさい。別に死なないでしょ」

斥候科の男子がぼそっと言い、うつむく。目をあわそうとしない。


(ああ、なるほど。こういう感じか……)


遊部は心の中で小さくため息をついたが、顔には出さず、笑顔を崩さなかった。


「……うん、まあ、そうだね。ダンジョン実習は初級だし、いきなり危険ってことはないと思う。じゃあ、その時に、よろしくお願いします」


誰も特に返事はしない。代わりに、魔術科の女子が「あー、予定だけ確認しとこうか」とだけ呟き、スマホで予定表を確認しはじめた。


この空気、このテンポ。

今までのパーティーとは明らかに違う。


だが――


(それでも、やってみないと分からない。スキル“傍観者の声援”は、たぶん、こういう状況でこそ本領を発揮する)


柊は静かに決意を固めた。



ダンジョンの入口前。

草の香りと微かに揺れる風。空は晴れ、条件は申し分ない。


だが、隊列を組む4人はやる気があるとは言いがたかった。


「えーっと、じゃあ……とりあえず、遊部くん、前衛お願い」

斥候科の男子が軽く手を振る。自分は後ろに陣取ったまま、地面に座り込みそうな勢いだった。


(……全員が非戦闘状態、か)


柊は心の中で、スキル構成を確認する。

“傍観者の声援”――戦闘に関与していない仲間の数に応じて、自身に一時的な能力強化がかかる。


現在、非戦闘:4人。


(たぶん……これが、今の最大値)


気配を感じ、茂みの奥から牙を見せたゴブリンが飛び出してきた。


「来る――!」


柊が剣を抜き、咄嗟にミームスラッシュを放つ。

その瞬間、体に走る感覚が明らかに今までとは違った。


脚力、反応速度、剣筋の鋭さ。

すべてが一段階、いや、二段階上がっている。


「――はあっ!」


ズドン、という鈍い音とともに、ゴブリンが吹き飛ばされる。

それはミームスラッシュの“当たり”だった。戦士科のバッシュと同等か、それ以上の衝撃。


「……うそ、今の一撃、なに?」


斥候科の男子が目を見開く。


「なんか……すごい威力だったね」

魔術科の女子が言葉を失ったように呟く。


「ミームナイトって、ネタ職だと思ってたけど……」


「いや、やるじゃん、遊部くん」

衛生科の男子が思わず笑みを浮かべて肩をすくめる。


そして最後に、メガネの男子がやや面倒くさそうに言った。

「……ふーん。まあ、楽できるならそれでいいよ。……頑張って、遊部くん」


(ほんの少しだけ、声音に柔らかさが混じっていた。)

遊部は苦笑しながら、剣を戻した。


だが、確かに感じていた。

このパーティーの「やる気のなさ」が、自分にとっては“強さ”に変わるということを。


「……この辺、採取ポイントっぽいね」


斥候科の男子が言った通り、草の間から顔を覗かせた小さな薬草や鉱石の欠片が見える。

教科書やアプリで見た、課題提出対象の素材だ。


「採るのは、みんなでやろうか」

衛生科の男子が立ち上がり、少しばかりやる気を見せた。


「遊部くん、周りの見張りよろしくー」

魔術科の女子が軽く手を振る。


「……まあ、さすがにそれくらいはしよう」

メガネの男子も、なんだかんだで手を動かしている。


――そして、戦闘が始まったのは、その直後だった。


遠くから聞こえる唸り声。茂みを揺らして、モンスターが近づいてくる。


岩甲虫に似た、殻の硬い中型種。第一区画を超えて第二区画に入ると出てくるモンスターも変わってくる。


(――また、ひとりか)


仲間たちは採取に集中している。武器も構えていない……が、魔術科の女子が一瞬だけ顔を上げた。何か言おうとして、結局やめたように視線を戻す。


だがそれでいい。

今の遊部には“傍観者の声援”がある。


鉄剣を構え、一歩踏み出す。

軽くなる体、鋭くなる感覚。スキルの効果がしっかりと発動しているのがわかる。


「――ミームスラッシュ!」


鋭く振るわれた刃が、モンスターの正面から殻を貫いた。

衝撃とともに地面が揺れ、敵はその場で沈黙する。


「……っしゃあ」


一撃の余韻が残る中、肩で息をつきながら周囲を見る。無関心だった仲間たちの視線が、確かなものに変わっている――その変化を、遊部は確かに感じ取った。


「遊部くん、今のもすごいね……」


「1人で、あそこまでやれるのか」


「……やっぱこのパーティー、戦闘は任せた。頼んだぞー」


遊部は、照れくささを笑顔に変えて答えた。


「うん。任せてくれ。俺が、守るよ」


冗談半分のように言ったその言葉に、少しだけ実感がこもっていた。

このメンバー、この編成。

自分でもやれる――そんな手応えが、確かにあった。


(この構成なら……もう少し奥まで行けるかもしれない)


背後では、採取を終えた仲間たちが笑いながら袋をまとめていた。

遊部は剣を収め、小さく深呼吸した。





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