遊び人、迷い
岩トカゲとの戦闘を終えた遊部は、やや荒い呼吸を整えながら剣を納めた。
戦士組より時間はかかった。ミームスラッシュは発動したものの、期待したクリティカルは起きなかった。
「油断せずに、帰ろう。まだ何が出てくるかわかんないしな」
その言葉に皆が頷き、再び隊列を整える。斥候の中西が先頭で様子をうかがい、魔術師の鷹取は中ほど、星野は後方で警戒を怠らない。
重い鉱石を背負いながらも、歩調は乱れない。パーティーとしての呼吸は悪くない。むしろ、初回にしては上出来だった。
(全体のバランスはいい。中西さんは冷静だし、鷹取の魔法も的確。星野ちゃんも落ち着いてる。天野は戦士として頼れるし……)
そこまで思い至って、ふと胸が重くなった。
(……俺がいてもいなくても、たぶん同じ結果だったんじゃないか)
そう思った瞬間、背負った鉱石の重みが、どこか心の重さと重なった。
誰かの足音が少し速まるたび、自分が遅れを取っているように思えた。
いや、実際に遅れていたのかもしれない。
今回は斥候が道を見つけ、戦士が敵を倒し、魔術と衛生の支援が入った。自分は……数回剣を振っただけだ。ミームスラッシュも決まらなかった。
悩んでいると最後の分岐を抜ける、やがて洞窟の出口から自然の光が差し込んできた。地上の空気に触れ、全員がほっと安堵の息をつく。
「はぁ……やっと戻った」
「荷物は重いけど、無事帰ってこれたし最高の初実習だったよね」
「岩スライムにも魔法効いたし、ちょっと自信ついたかも」
「お前は余裕だったけどな」
「いや、みんながいてくれたからこそだよ」
自然と笑顔がこぼれる。戦闘も、採掘も、連携も、どれも大きな問題はなくこなせた。
仲間たちの笑い声の中、遊部も笑顔を作った。だが、その笑みにほんの僅かな影が差していた。
(俺は……このままでいいのか?)
天野が軽く拳を突き合わせてきた。
「だな。バランスもいいし、気も使わねーし。なんだかんだで、悪くない」
「うん、私もそう思うよ」
「お試しで組んだ割には、いいパーティーかも」
「じゃあ、決まりだな」
仲間たちが自然と輪になり拳を合わせる中、遊部も拳を出した。ただ、その手の中には、自分の“居場所”を探す静かな迷いが残っていた。
翌週のダンジョンでは
「ミームスラッシュ、っ――外れた!」
乾いた斬撃音。手応えは鈍く、岩トカゲの鱗の上を剣が滑った。反撃が迫る。遊部が思わず一歩引いた瞬間―
「下がってろ、俺がやる!」
天野が斧を振るい、岩トカゲを一撃で沈めた。鷹取は素早く周囲を確認し、星野が仲間の様子をチェックする。斥候の中西もすでに次の動きに備えて位置を変えていた。
「……助かった」
感謝の言葉を口にしたものの、遊部の胸には重たいものがのしかかっていた。
(また、俺の一撃が決まらなかった)
ダンジョン実習ももう何度目か。パーティーとしての連携は取れていて、鉱石採集も順調。成績も良い。
だが――
(ため息が増える、目を合わせれない、みんなの輪に自然と入りづらくなってる)
「ごめん、ミームスラッシュ、今日まだ一度も“当たり”が出てない」
休憩中、呟いた遊部に、星野が笑顔で返す。
「気にしないで! それが当たったらすっごい火力なんだもん、いつか当たるよ」
「そうそう。俺らでカバーできるんだから問題なしだって」
天野の言葉も温かい。優しさだと分かっている。けれど、だからこそ胸が痛い。
(本当に“俺がいてもいなくても変わらない”んじゃないか?)
それでも、役に立ちたい。だから剣を振るう。でも結果は、周囲に負担をかけるばかり。
学校に戻って、レベルアップの通知を確認したときも、喜びよりも先に疑念が浮かんだ。
スキルを獲得した感覚が体に走る
「傍観者の声援」
(……なんだ、このスキル)
効果を感じ取る。戦闘に参加していない味方の人数に応じて、自身にバフがかかる。攻撃力、集中力、発動率。
(……俺の力って、誰かが“戦わないと”強くなるのか?)
仲間が戦うたび、自分は弱くなっていく。
仲間が後ろにいれば、自分だけが前に出る。
そんな歪な関係で生まれる強さなんて、誇れるのか――?
「皮肉だな……」
呟いた声に、答える者はいない。
呟いた声は、誰にも届かない。遊部は、静かに自分の手を見つめた。
「……やっぱり、“運”なんだよな、俺の強さって」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
“傍観者の声援”――先日ミームナイトがレベル4に上がったときに覚えた新スキル。
だが、これもまた“状況に左右される”特性だった。
今の仲間たちは、みんな積極的でやる気があって、どんどん前に出る。
その姿に刺激を受けている反面、自分の力が引き出しにくいことにも気づいていた。
「俺……このままでいいのかな」
心の奥に広がるのは、不満ではなく、焦りでもなく、“迷い”。
ダンジョン実習も日常の一部になって、校内チャットには1年生の各パーティーに関する投稿が頻繁に見られるようになっていた。
「魔術2人はいらないって言われた……」
「斥候の子が衛生志望になったので、誰か斥候できる人いませんか」
「そろそろ進路考えてるから、一旦抜けます~」
最初の頃の「一緒に頑張ろう!」という空気はやや薄れ、それぞれの進路、役割、性格が浮き彫りになってくる。
担任もホームルームでこう口にした。
「無理に固定する必要はない。いろんな人と組んで、いろんな戦い方を覚えろ。今はその経験が大事な時期だ」
遊部は頷いたが、胸の奥に引っかかるものがあった。
*
「星野さー、今度他の斥候の子とも組んでみたくてさ。違う連携、ちょっと試してみたいんだよね」
「うん。私も、衛生同士の動きとか学んでみたいし」
そう言う彼らの表情は明るく、前向きだった。
(当たり前のことだ。むしろ、俺が異常なんだ)
遊部は笑って「それ、いいね」と答えた。でもその笑顔の裏では、焦りと孤独が膨らんでいた。
(ミームナイトの俺は、誰と組んでも“周囲のやる気”に左右される。安定しない力。必要とされてるのかすら、自信がない)
自室に戻ってチャットを眺めながら、ふと思う。
(……俺がこのパーティーからいなくなったら、むしろ上手く回るんじゃないか?)
タイピングしかけた「ありがとう、次のパーティーも頑張って」の文字は、まだ送信されず、画面の端に漂っていた。
放課後、静かな談話室。五人のパーティーメンバーがいつものように集まっていた。次の実習の予定を確認しながら、いつものように笑い合う。
そんな中、遊部がふと真剣な面持ちで口を開いた。
「――みんな、ちょっと話したいことがある」
放課後、静かな談話室。
五人のパーティーメンバーが、いつものように丸テーブルを囲んでいた。
次の実習について軽口を交わしながら、あちこちで笑い声が漏れる。些細な冗談、かすかな視線の交差。そのひとつひとつが、日々を重ねた信頼の証のようだった。
遊部も、笑っていた。
けれど、その笑みの奥には、決して消えない揺らぎがあった。
ふと、遊部が真剣な面持ちで顔を上げた。
「――みんな、ちょっと話したいことがある」
空気がぴたりと止まる。
机に置かれたペンが、静かに転がる音がやけに大きく響いた。
「……俺、自分の力に、まだ自信が持ててないんだ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「ミームスラッシュも……“運が良ければ強い”ってだけで、安定しない。新しく覚えたスキルも……仲間が動けば動くほど、力が出しにくくなる」
「このまま、ここにいたら、甘えてしまう気がした。みんなが頼もしくて優しいから……俺、たぶん、“そのまま”で居続けることを選びそうだった」
言葉が、少し震えていた。
「でも、怖くても、ちゃんと向き合いたい。自分の力が、どこまで通じるのか。他のパーティーで試してみたいんだ。……勝手なのは分かってる」
俯く遊部に、しばらく誰も声をかけなかった。
最初に口を開いたのは星野だった。
静かな声だった。
「……そっか」
目を伏せながら、少しだけ口元を緩めて言った。
「なんか、照人くんがそう言う気はしてた。最近、顔つきが変わってたもん。……でも、やっぱりちょっと寂しいかな」
その声には、笑顔と本音が混ざっていた。
「……正直、今のままでも十分だったよ? 照人くんが外したときも、私はちゃんと見てた。次は当たるかもって、期待してたから。ほんとに」
星野の視線は、少し赤く揺れていた。
鷹取がそれを受け取るように言った。
「わたし、悔しいな。……照人の剣に、魔法を合わせるタイミング、やっと少し掴めてきたところだったのに」
そして、ふっと息を吐いて、笑う。
「でも、行くならちゃんと戻ってきてね。わたし、次の照人と魔法の連携、完璧に決めたいから」
天野は無言で拳を差し出した。
いつも通りの、無骨でまっすぐな仕草。
「……照人のこと、ダセぇとか思ったことねぇよ。むしろ、自分で踏み出すって決めたとこが、いちばんかっけぇって思ってる」
「でも、そっちの道、楽じゃねぇぞ。わかってんだろ?」
遊部は、拳をそっと重ねた。
自分の手の平の汗が、少しだけにじんでいるのを感じた。
「分かってる。でも……俺、このまま“運がよかったから”ってだけで終わるのは嫌なんだ」
「自分で“選んで”進みたい。怖くても、迷っても、自分で」
沈黙が、また少しだけ流れた。
それは、別れのためのものではなく、次を信じるためのものだった。
最後に中西が小さく笑った。
「ま、戻りたくなったら、いつでもチャット送ってよ。“そっちのパーティー、会話のテンポ悪くて居心地悪い”とか言って」
「……それはそれでリアルにありそうで嫌だな」
照人が、ようやく少しだけ肩の力を抜いて、笑った。
「ありがとう。みんなと組めて、本当によかった。俺、強くなって帰ってくるよ」
「また会おうね、照人くん」
「その時は、“今の照人”じゃなくて、“成長した照人”で来てよね」
「それじゃ、解散前にさ。……最後に、もう一度、拳合わせとくか」
輪になって重なる五人の拳。その中央に、これまでの時間と絆が静かに重なっていた。
こうして、遊部照人は初めてのパーティーを「自らの意志で」離れる。
それは、自分の“弱さ”に気づいたからこそ選べた、“強さ”の証でもあった。
まだ迷いは消えない。
けれど、それでも前に進むと決めた。
この一歩が、やがて“誰かの力になる”日を信じて。
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