遊び人、ダンジョン突
ついに――1年生全体を対象としたダンジョン実習の時が来た。
教室では、担任からの最終アナウンスが行われている。
「全体人数が多いため、実習は数日に分けて行う。グループごとに決められた日付とダンジョンへ行くことになるから、班ごとのスケジュールは掲示板かチャットで確認しておけ」
生徒たちがざわつく中、柊はさっそく学内チャットアプリを確認した。
《遊部班》
・日付:火曜日
・場所:洞窟タイプダンジョン『灰の坑道』
・班構成:遊部/天野/星野/鷹取/中西
「……洞窟か。懐かしいな」
遊部は目を細めた。以前、先輩と一緒に鉱石採集の手伝いで入ったことのあるダンジョンだ。足場の悪さと空気の重さが印象に残っている。
火曜日、洞窟タイプのダンジョン灰の坑道前に集合した遊部班と他の1年生たち。
生徒たちは装備を整え、引率の教員のもとに集合していた。洞窟タイプは地下構造で、薄暗く視界が悪いため、班ごとに小型のランタンが配られる。
緊張感の中、引率教員が目的を告げる。
「今回の実習は、モンスターとの戦闘経験だけが目的じゃない。洞窟ダンジョンでは“資源回収”も重要な任務だ」
教員が手に持っていた鉱石のサンプルを掲げる。
「このダンジョンには“鉄鉱石”“銅鉱石”など、加工に使える鉱石が埋まっている。班で協力してモンスターを排除し、鉱石をいくつか回収してこい。それが今回の評価対象だ」
生徒たちが頷き合いながらメモを取る。
「採ってきた鉱石の数と種類、探索中の連携、行動の安全性――すべてが成績に反映される。戦闘が得意なやつも、採掘ができなきゃ半人前ってことだ。忘れるな」
教員が淡々と注意事項を述べる。
「ここは“岩トカゲ”と“岩スライム”が出る。動きは鈍いが、防御力が高い。手数よりも一点集中で狙え」
「それと、初めての班での実戦だ。連携を意識しろ。独断で動くな、声をかけ合って進め。いいな?」
遊部たちは頷き合い、互いの装備をチェックする。
「いざとなったら、俺が前に出る。遊部、フォロー頼むぞ」
「了解」
「星野さんは後衛で、中西さんは索敵と進路確認。鷹取は敵の動き見て火力出して」
「まっかせてー!」星野が軽くウィンクして親指を立てる。
中西がランタンを掲げ、薄暗い洞窟の入り口を見据える。
「じゃ、行こっか。しっかり足元見てね!」
遊部が頷き、小さく深呼吸する。
「――実習、開始」
5人のパーティーが、ひんやりとした空気の中、ゆっくりと洞窟の奥へと足を踏み入れていった。
洞窟内は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
遊部たちの班は、斥候の中西が先頭で周囲を警戒しながら慎重に進んでいく。
「このへん、壁の感じがちょっと違うね……あれ、あれ鉱石じゃない?」
壁際の岩盤に、鉄っぽい光沢を帯びた鉱石が混ざっているのを中西が指差す。
すかさず天野が近づき、地面にしゃがみ込む。
「間違いない、鉄鉱石だ。よし、ここで一旦採集に入ろう」
斧を手にした天野が、慣れた手つきで岩を砕き始める。
その横で、他の戦士メンバーも素手で岩を払い、ツルハシや金属棒で鉱石を掘り出していく。
「っしょ……これ、けっこう硬いな」
「うまく割れねぇ……もっと下の方から攻めた方がいいか?」
「割ったあと、入れ物に気をつけろよ。粉々になってるのは評価下がるらしいからな」
遊部も周囲を警戒しながら手伝いに加わる。
小型の岩を砕いていくうちに、指の間に振動が伝わってくる。
ミームナイトとしての自分に、戦士ほどのパワーはないが、こうして一緒に動くのが大事だと思えた。
背後から、衛生科の星野が声をかけてくる。
「そのへん、もうちょっと下掘ると塊あるよー。私の友達が言ってた」
「あざっす!」
しばらくして、リュックに詰められる程度の鉱石をそれぞれが確保する。
「よし、最低限の量は集まったな。次、奥に進んでみるか?」
「まだ時間あるし、もう1箇所くらい回っとこうぜ」
「さっきの場所、鉄鉱石ばっかだったけど、欲を言えば銅も欲しいなあ」
そんな会話をしながら、班は次の採掘ポイントを目指して歩を進めていた。
そのとき――斥候の中西がピタリと足を止める。
「……前方、動きあり。岩トカゲ。1体、いや……2体かも」
ゴツゴツとした岩肌のような外皮に覆われたトカゲ型の魔物が、通路の奥からこちらに這い出てきた。
低く、くぐもった唸り声をあげながら、のそのそと接近してくる。
「出番だな。任せろ」
戦士の天野がすぐさま前に出る。
アイコンタクトを交わすと、無駄のない動きで突進。
「バッシュッ!!」
ドゴォン――! という乾いた衝撃音とともに、一撃で岩トカゲの動きが止まる。
数秒の間に、遊部も追撃し2体とも地面に崩れ落ちた。
「……倒した!」
「硬いって聞いてたけど、バッシュなら問題ねぇな」
遊部は後方で武器を握りしめたまま、一歩も踏み出す機会がなかった。
「……わたしたち、何もしなくてよかったね」
星野がぽそりと呟く。
「うん、ま、頼もしいってことで……!」
魔術師の鷹取も苦笑しながら肩をすくめる。
「この調子なら、採掘ポイントにもう一つ寄れるかもな」
班は再び前進を始めた。今度こそ出番が来るか――遊部はそっと腰の剣に手を添えながら、黙って歩き出す。
先ほどの岩トカゲ戦から少し進んだところで、再び斥候の中西が立ち止まった。
「次、岩スライム。一体……いや、二体か。道の真ん中をぴょんぴょんしてる」
「今度は、俺たちの出番かもな」
天野と遊部が前に出ようとしたが、魔術師の鷹取がすっと手を上げた。
「待って。せっかくだから、魔法も試させて」
戦士たちは一歩下がり、道を空ける。
鷹取は深呼吸して杖を構え、詠唱を始めた。
「《火よ・疾く・奔れ》!」
杖の先から小さな火球が放たれ、ぷよぷよとした岩スライムに命中する。
ジュッと音を立てて溶けるようにスライムが崩れ落ちた。
「……一撃?」
もう一体が近寄ってきたのを見て、すかさず再び詠唱。
「《水よ・疾く・奔れ》!」
今度は水の弾丸がスライムの芯を貫き、あっけなく二体目も崩れた。
「やっぱり、スライム系は魔法が効くのか……」
遊部が感心したように呟くと、戦士の天野も腕を組んでうなずいた。
「バッシュでもいけるとは思うけど、こうサクッと倒されると気持ちいいな」
「ちょっと拍子抜けだけど、連携の確認にはなったね」
星野も笑顔を見せる。
「よし、この調子で次の採掘ポイントへ行こうか。今のうちに素材集めて、成績稼がないと」
班は再び進み始めた。遊部も剣に触れながら、一歩一歩を慎重に、けれど確実に前へと進めていく。
採掘ポイントでの作業を終えた一行は、手に入れた鉱石をバックに詰め、帰還ルートへと足を向けていた。
「それにしても、結構掘れたな」
「これなら成績も安心だね」
そんな会話が交わされる中、前方からゴツゴツとした足音が響く。
「来てる、岩トカゲ。1体、正面から!」
斥候の中西が前に出て告げると、戦士組が自然と構えを取ろうとする。
だが、そこへ遊部が一歩前に出た。
「今回は……俺がやる。試してみたいことがあるんだ」
天野が少し驚いた表情で目を向けるが、やがてニヤッと笑ってうなずいた。
「おう、任せた。俺らは見てる」
岩トカゲが唸り声を上げながら接近してくる。遊部は深く息を吸い込み、剣を構えた。
「……《ミームスラッシュ》!」
剣先から一瞬、謎のエフェクトが飛び散った。
奇妙な音とともに、爆発する風船のような幻影が舞い――だが、岩トカゲにはほとんど通らない。
「……外れ演出か……」
思わず口元がゆがむ。まるでスロットを外した気分だ。
もう一度「《ミームスラッシュ》!」
遊部の剣が奇妙なエフェクトを描きながら、岩トカゲの側面に叩き込まれる。
だが、岩肌に弾かれるようにして威力が分散され、硬直こそ与えたものの大きなダメージには至らなかった。
「……やっぱり、クリティカルじゃないと厳しいか」
トカゲの尻尾が唸りを上げて襲い掛かる。ギリギリでかわしつつ、遊部はタイミングを見計らい再び斬りかかる。
何度かの打ち合いの末、ようやく弱点を捉え、岩トカゲは呻き声を上げて倒れ込んだ。
「ふぅ……なんとか、ね」
遊部が剣を下ろすと、後ろから拍手が起きる。
「やるじゃん。ひやっとしたけど、ちゃんと倒したな」
「いい感じにスキルの試行もできたんじゃない?」
天野や星野が声をかけてくる。
遊部は少し照れ臭そうに笑いながら、背負い直した荷物を肩に乗せた。
「まだ戦士組にはかなわないけど、ちょっとずつ慣れていくよ。次はもっと綺麗に決めてみせる」
遊部が剣をおさめると、天野が肩をポンと叩いた。
「悪くねえぞ。次は当たるかもな」
「……うん、次こそ」
小さく笑った遊部は、剣の柄を再び握りしめた。前へ進む足は、さっきよりもわずかに、確かだった。
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