遊び人以外も成長する
教室の空気がいつもよりも落ち着かず、浮き足立っていた。
昼休みに入ると同時に、教員が一言告げた。
「レベル5に達した者、スキル研修室へ集合だ。バッシュ――“強打”を習得してこい」
その言葉に、何人かの生徒が立ち上がった。
今やクラス内でも半分ほどがレベル5に到達しており、彼らは堂々と扉へ向かっていく。
「ついに来たな、スキル習得!」
「バッシュ決めたら、ゴブリンなんて豆腐だろ」
「お前、腕の太さえげつないもんな……」
彼らはそれぞれに自信を持って、スキル研修室へと姿を消していった。
数時間後。研修を終えて戻ってきた彼らは、まるで別人のような顔をしていた。
妙にテンションが高く、肩を回しながら話している。
「すげぇな、“バッシュ”。思ったより溜めるけど威力エグい!」
「教官のデモンストレーションで床割れてたぞ……!」
「よし、今度のダンジョン、マジで行こうぜ。ゴブリン狩りだ!」
「パーティー組んどくわ。チャット見といてな!」
彼らの背中は頼もしく見えた。
1カ月前、走るのも苦しそうだった面々が、今や“戦士”らしくなっていた。
周囲の生徒たちも、その姿に刺激を受ける。
「俺らも早くレベル上げなきゃな……」
「マジで地力が違ってきた感じするわ」
クラスは今、少しずつ“実戦”の段階へと足を踏み出していた。
各科でも似たような光景が広がっており、校内には淡い熱気が満ち始めていた。
昼休みの終わり頃、教室の隅で遊部は声をかけられた。
「遊部、今日放課後……空いてるか?」
呼びかけたのは、朝練仲間の一人、天野だった。
彼は今日の午前中、バッシュの研修を終えてきたばかりだ。
「……うん、特に予定はないけど。どうかした?」
「ダンジョン、行こうぜ。俺ら4人、全員バッシュ覚えたから。これならゴブリン相手に無理なく回せると思ってな」
「戦士だけで組むから、前衛も足りてるし、遊部は……あれだ、ミームナイトだっけ?」
「うん。名前はアレだけど、たぶん“戦士寄り”ではある、と思う。防御スキルとかはまだないけど……」
「だったら問題ない! アピールで釘付けにしてくれたら、こっちがバッシュで潰す!」
「楽しみにしてるからな」
朝練をともにしてきた仲間たち。
筋力では敵わないが、並走してきた日々の積み重ねが、今こうして信頼につながっている。
遊部は頷いた。
「……わかった。俺も戦える準備しておくよ」
再びダンジョンへ──戦士たちとの初パーティー戦
夕方。ダンジョン前。
ゴブリンが主な出現敵である深緑の巡回路に、戦士たちとともに突入する。
皆がバッシュを試したくてうずうずしているのが分かる。
「じゃあ、フォーメーションは……前衛に2人、サイドに1人ずつ。遊部は自由に動いていい。アピールとか、仕掛けやすいポジションにいてくれ」
「おう。ゴブリン見つけたら、一匹目は俺にくれよ!」
奥へと進むと、さっそく1体、2体とゴブリンが現れる。
先陣を切った戦士が突撃し、隙を見て柊がアピールを放つ。
「アピール!!」
釘付けになったゴブリンに、戦士のバッシュが重く叩き込まれる。
地面に倒れた敵を囲むようにして、戦士たちが笑い合った。
「決まったな!」
「アピール、やっぱ便利じゃねぇか」
「遊部、ナイス!」
言葉の端々にあるのは、対等な“仲間”としての賞賛だった。
戦士たちの中に、遊部は確かに溶け込んでいた。
ゴブリンを倒してしばらく進んだ先、戦士たちはしばしの休憩を取っていた。
「ゴブリン、思ったより出てこねぇな」
「奥まで行きゃ増えるけど、深入りは教員に止められてるしな」
そんな会話を聞きながら、遊部はふとポーチに手を伸ばした。
軽く口笛を鳴らすような動き──自身のスキルを思い出していた。
(……そうだ。俺、“口笛”持ってたな)
ミームナイトへと転職しても、遊び人のスキルは残る。
それに、ここには頼れる戦士たちがいる。
「試していいか?」
「何を?」
「“口笛”。使えば近くの敵を誘き寄せられるかも」
「おお、そりゃ便利だ! やろうぜ!」
遊部は頷くと、スキルを発動した。
「口笛──!」
風の通り抜けるような、軽やかな音がダンジョン内に響く。
その数秒後、岩陰の向こうから──カサッ、カサッと足音。
「来たぞ!」
ゴブリン2体が姿を現した。
仲間たちは各々剣を構え、遊部も前に出る。
1体目は戦士たちに任せ、遊部はもう1体へと突っ込んだ。
「行くぞ──ミームスラッシュ!」
思いのほか力を込めずとも、体が勝手に動く。
手にした剣が軽く光を帯び、横一線に振るわれた。
斬撃がゴブリンの胴をかすめたが──倒れない。
(……ダメか、1発じゃ落ちない)
続けざまに通常攻撃を当て、ようやく1体目を仕留める。
その一方、仲間が倒したもう1体を振り返りながら言った。
「やっぱバッシュは一発だなー!」
遊部も少し悔しそうに笑う。
「“ミームスラッシュ”、まだ戦士のバッシュには届かないな……」
しかし、その直後。背後からもう1体のゴブリンが襲ってきた。
素早く剣を振るう。
「ミームスラッシュ!!」
スキルがまた発動──今度は、斬撃が明らかに重く鋭い。
ゴブリンは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて崩れ落ちた。
仲間たちが目を見開く。
「……おい、今のは?」
「……当たり引いた、かも」
柊は剣を持つ手を見下ろし、小さく息をついた。
(なるほど、“ミームスラッシュ”……10パーセントくらいで、バッシュ以上の火力か)
不安定ではあるが、確かに可能性はある。
この職業は、「運」を武器にする戦い方なのかもしれない。
「運任せの斬撃……ミームらしいな」
遊部は自嘲気味に笑ったが、仲間たちは興味津々といった顔で寄ってくる。
「いや、面白れぇぞそれ!」「強くね? 一撃あれだけ出るなら夢あるわ!」
「口笛も便利だし、サポートと運ゲー両立できるとか、意外とバランスいいんじゃねーか?」
「ま、命中率の悪いギャンブル剣士って感じだな!」
ワイワイと騒がしいその輪の中、遊部はただ黙って、再び剣を握り直した。
(この道……案外、悪くないかもしれない)
「……よし、これで三体目!」
遊部の剣が再びゴブリンを断つ。
倒れた敵を確認して息を吐くと、背後から声がかかった。
「なあ、そろそろ帰んね?」
「もうちょいだけって思ったけど……さすがに疲れてきたな」
そのとき、腕時計代わりの通信端末を見ていた仲間の一人が、顔を青くした。
「って、やっべ! もうすぐ飯のラストオーダー終わるぞ!? 寮の食堂!」
「マジか!!」
「全力で撤退だーッ!!」
仲間たちは慌てて荷物をまとめ、来た道を駆け戻り始める。
遊部もリュックを背負い直し、後ろを振り返ることなく走り出した。
(昼食べ損ねたんだ……絶対食う……!)
夕暮れに染まる校舎のシルエットが見えた頃には、みんな息が上がっていた。
寮の食堂へと駆け込むと、ギリギリ最後の列に滑り込むことができた。
「……あぶねぇ……!」
「ゴブリンより焦ったわ……!」
食事を受け取り、テーブルに座るとようやく一息。
疲労が全身に広がっていたが、それ以上に、心に火が灯っていた。
「でも、今日ダンジョン入れたの……やっぱ嬉しかったな」
「わかる。訓練だけの毎日だったから、実戦はテンション上がるよな」
「初めて“バッシュ”使えたし、ちゃんと効いたのも実感できたし!」
「柊の“ミームスラッシュ”もヤバかったな。あれ、また見たいわ」
「あれな……なんか突然すげー火力出るの、ギャンブルっぽくて楽しい」
会話は途切れることなく続き、戦士たちは自然と笑い合っていた。
誰もが今、やっとスタートラインに立てたという感覚を共有していた。
ここから強くなる。もっと先へ進む。そんな確かな意志が、食卓の上にあった。
遊部は食事を口に運びながら、そっと呟いた。
「……よし、次はもっとちゃんと当てる。次も、負けない」
その言葉に、誰かが「おう!」と拳を突き上げる。
明日のダンジョンも、その先の冒険も。
この夜を超えた先に、また一歩──進める気がしていた。
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