遊び人も考える

初夏の風が、開け放たれた窓から教室へ吹き込む。


真新しい制服に袖を通してから、もう二か月。気づけば戦士科のほとんどがレベル4へと到達していた。


そんなある日。教室に現れた教官が、腕を組んで前に立つ。

「よーし、そろそろ“次”の話をしてやるか」


教室に入ってきた教官が、前に立って腕を組む。今日の授業は“スキル講義”だ。


「知ってると思うが、各職はレベルが上がると“スキル”を覚える。中でも初級職は、レベル5が大きな区切りだ」


「特に戦士、こいつがレベル5になると覚える強打(バッシュ)は、ダンジョンでも通用する基本技の一つになる。簡単に言えば、威力とよろめき効果のある一撃だ」


「ダンジョンでゴブリンを一撃で止められる技ってことですか?」


「そうだ。だからこそ、レベル5=ダンジョン解禁ラインなんだよ。レベル5になったら報告しろ。スキル講習がある」


「レベル4止まりの奴も、焦るな。次の1週間で何人かは突破してくるだろうしな」


ざわつく教室の中で、遊部はノートを閉じて立ち上がった。


(俺は…もうレベル9)

遊び人(Lv9)


「アピール」……自分に注目を集めるスキル。隙を作る、注意を逸らすなど応用可能。

「口笛」……周囲の敵を引きつける音を発する。1~2体を自分に向けられることがある。

「指回し」……指の動きで相手の意識を乱す。低確率で混乱効果。


「なんか地味だなって言われそうだけど」


それでも、遊部はこれらのスキルでゴブリンを捌き、岩トカゲをかいくぐり、薬草を守ってきた。


スキルの強さは、その場面で“どう活かせるか”に尽きる。

「遊び人だから、戦士の“強打”みたいな派手さはない。でも、俺には俺の戦い方がある」


教官の声がまた響く。


「この2か月でレベル5になった奴が1人でもいたら、そいつは間違いなく努力した証だ。たとえそれが“遊び人”だとしても、な」


遊部の名前はあえて出さなかったが、ちらりと目をやったその一瞬に、周囲の何人かが遊部の方を見た。


(レベル9か……なんかもう、次が近いのかもしれない)


この日、俺は改めてスキルの一覧を確認しながら、自分の戦い方を考え始めていた。


「うおおおおおっ!!」


グラウンドに声が響く。全身汗まみれで斧を振るう天野、木剣で打ち合う神谷と村田。


クラス内はかつてないほど熱気に満ちていた。


「もうすぐレベル5って感じだな……」


「俺、明日のスキャンでたぶん行くと思うんだよね!」


「早くダンジョン行きてえ〜!」


数日前から、レベル5に到達した生徒がぽつぽつ現れ始めた。教官からはスキルの説明が改めて行われ、各科の生徒たちはそれぞれの役割とできることを自覚しはじめる。


そんな中。


スキャナーの前に立った遊部は、静かに息を吐いた。


ピピ―


《遊び人:Lv10》


(……ついに、来た)


初級職の限界レベル。これ以上は、もう経験値を稼いでもレベルが上がらない。転職条件のひとつだ。


「お前…10かよ!!」


朝練仲間の山口が呆然としたようにつぶやく。遊部は笑って肩をすくめた。


「まぁ、遊び人だけどな」


「だけって……いや、すげぇよ。俺まだ4だぞ」


「俺もだ……5に届きそうではあるけど」


遊部は、担任に報告へ向かった。


「遊び人で10。立派なもんだな」


「転職とかって……できますか?」


「できる。初級職の限界に到達したら、進路指導棟の相談室へ来るように。申請はこっちでしておくから、放課後にでもいってこい」


「っ!わかりました!ありがとうございます!」


教官の言葉に、遊部は大きくうなずいた。


「ちなみにお前のスキル、もう3つだろ?」


「はい。“アピール”、“口笛”、“指回し”」


「使いこなせば、ちょっと面白いかもな。遊び人ってのは“ハズレ”じゃない。引き出せる奴がいなかっただけだ」


「ありがとうございます」


この日、クラス内では戦士が3人レベル5に到達した。


そのうち何人かが、翌週の初ダンジョン挑戦に向けて名乗りを上げ始めていた。


遊部もまた、明日の転職に向けて大きく胸を躍らせていた。




遊部は制服のまま、学校内にある小さな石造りの建物へと足を運んだ。


石の扉を押し開けると、冷たい空気とともに、淡く青白い光が満ちた静謐な空間が広がっていた。中央には転職用の端末――結晶のような透明な柱が一本、静かに脈動している。


案内役の職員が一礼する。


「お名前と初級職をお願いします」


「遊部照人、遊び人です」


職員が端末に触れると、結晶柱が淡く光りだす。遊部が手をかざすと、空中に文字が浮かび上がった。


《転職候補リスト》

・道化師

・芸人

・ジャグラー

・ミームナイト


「転職候補がいくつか出てますね、各職業の説明ができますが、どうされますか」

と慣れた様子で聞いてくる職員に思わず

「戦士はないんでしょうか」

遊部は信じられない気持ちだった。剣の熟練度はまだそんなに高くない。基礎体力もクラスの中では劣っている。それでも、これまで戦ってきた、訓練も手を抜かず一生懸命やってきたのに。


係員が画面を見て、首をかしげた。

「戦士職は、ミームナイト?聞いたことないですね。ナイトってついてるから、多分戦士系の派生職かもしれないですが、」


「たしかに、“ナイト”なら剣も扱えそうだし」


柊は画面の文字をじっと見つめた。


【ミームナイト】

詳細情報:未登録


補足のない転職候補。情報すら存在しないということか。それでも、確かに「ナイト」と書いてある。


(遊び人から剣士になる道じゃない。でも、戦ってきたし、スキルも覚えた。俺の戦い方で、ここまで来たんだ)

不安はある。それでも、柊の中に一つだけ確信があった。


「俺、これにします」


「いいんですか?知らない職ですよ?」


「はい。でも、ナイトって書いてあるんで。…たぶん戦えます」


係員は苦笑しながらうなずいた。


「それでは、転職処理いきますよ―」


係員がパネルを操作すると、柱が強く光りだし、柊の身体を包む。


眩しさの中で、遊部は思った。

――この選択が、間違ってなければいい。でも、選ばれたんじゃない。自分で選んだんだ。


次の自分が、どんな自分かは、自分で決める。



翌朝、遊部は早めに登校し、担任教員の元を訪れた。

教員は資料に目を通しながら顔を上げる。


「お、遊部。どうした?」


「昨日、転職してきました。遊び人から……ミームナイトって職業に」


「ミーム…ナイト? 聞いたことないな。職業説明は?」


「出ませんでした。ただ、分類は中級職で、遊び人と戦士系の中間みたいな扱いっぽくてでも、ナイトって名前がついてるんで、おそらく戦士系です」


教員は少し目を細めたが、やがて肩をすくめた。


「なるほどな。遊び人からの派生職か……ま、転職の自由は本人の裁量に委ねられてるからな。上級職じゃなく中級職なら、今の段階でも十分実用的だ。しっかり使いこなせよ」




休み時間。クラスでは、柊の転職の話題で持ちきりになった。


「マジで!? もう中級職!?」

「っていうか、遊び人からそんな派生あったっけ?」

「戦士系っぽいってことは、うちの系統ってことか!?」

「ナイトってついてるなら、剣技とか防御寄りか?」

「まあでも、遊部なら何かしら見つけると思ってたわ。遊び人なのにずっと努力してたしな」


天野が笑って声をかけてくる。


「で? 変わったことって何かあるのか?」


「新スキルが一つ。“ミームスラッシュ”って技だ。あと木剣持った時の補正を少し感じるから攻撃と命中が少し上がったっぽい」

「……確かに、変わったんだよな。ちょっと、検証してみるか」

「試してみようぜ!」



放課後、体育館の隅で有志による「ミームナイト検証会」が始まった。

立ち会うのは主に朝練組。軽い木剣を持って遊部が前に立つ。

「まず、スキルは?」


「アピール、口笛、指回しはそのまま使える。で、新しく……“ミームスラッシュ”ってのが増えてた」


「名前が怪しいな!」


「とりあえず使ってみてくれ!」


遊部が剣を構えると、剣先にふわりと淡いエフェクトが乗る。


「いくぞ……!」


構えた剣にふっとエフェクトが乗る。そして――


「ミームスラッシュ!!」


「……変な音したな!?今“ぽよーん”って……」


「エフェクトも妙にファンシーだったぞ!?」


「でも……威力はある。軽く打ったのに、重たく感じた」


「遊び人の“運”が影響してんのかもな。笑いを取るか、クリティカルを取るか、みたいな?」


教員も傍で見ながら頷いた。

「……うん。見た目はアレだが、斬撃としての性能は確かに上がってるな。“運”がダメージに影響するタイプかもしれん」


「……でも、攻撃に集中しすぎると防御はガラ空きだな。そこだけは注意しておけ」


「それ、遊び人らしいですね……」

遊部は皆の笑い声に、少し照れながらも嬉しそうに微笑んだ。


「……でも、これで少しだけ本当に“前に出て戦える”気がしてきました」


「いいじゃねえか、遊部!」


「俺らも負けてられねえな!」


仲間たちの声に背を押されながら、柊は自分の選んだ“道”を確かに感じていた。


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