遊び人、洞窟に挑む
「ここが、今日のダンジョンね」
東雲先輩が軽く顎で示す。山の中腹、まるで獣の口のようにぽっかりと空いたその穴が、俺たちの目的地だった。
今回は前回の森林型とは違い、洞窟型――“灰の坑道”というらしい。
「うわ、暗っ……」
俺は思わず声に出していた。中からは冷たい空気が流れてくる。
「この時期の灰の坑道は湿度も高いし、体温も奪われやすい。気を抜くと普通に体力ごっそり持っていかれるからね。まあ、心配しなくても短時間だけど」
先輩は今日もやたら大きいリュックを背負っていた。
そして前回のスコップではなく、今回はツルハシを肩に担いでいる。
「今日は鉱石採掘が目的。鍛冶素材でね、学院内の生産班からの依頼なんだよ。俺と相方で交代しながら掘る。君は、外周の警戒をお願いね」
「はい、任せてください」
「敵は岩トカゲと石スライム。どっちも硬い。気を抜かないようにね」
そう言って、先輩は迷いなく洞窟へと足を踏み入れる。俺もその背を追った。
洞窟内は想像以上に暗く、そして静かだった。
遠くから水滴が落ちる音と、時折響く金属の打撃音が重なる。
(来るぞ)
物陰から、ズルッと這い出すように姿を現したのは、岩トカゲ。
全身が岩のような鱗に覆われていて、足音も地を擦るような低さだった。
「はっ!」
俺は勢いよく飛び込んで一撃を叩き込む。
木剣の先がカツン、と乾いた音を立てて跳ね返る。
(硬っ!?)
もう一度、間を取って斬り込む。
が、相手は一歩も退かず、ただ体を傾けて軽く受け流すようにしてくる。
(全然通らない)
回避は容易だった。動きは鈍く、こちらの攻撃にもすぐには反応できない。
けど、倒せない。
ダメージを与えるには何十発も叩き込む必要があった。
そこへ、同じように石スライムも現れる。
ぶよぶよとした外見とは裏腹に、硬質な膜が叩いても潰れない。
(これ、相性最悪だ……)
遊び人は、器用さや運にステータスが寄っている分、筋力や攻撃力が足りない。
戦士科の仲間ならもっと手早く片付けていただろう。
それでも、俺は動きを止めない。
1体、また1体と、時間をかけて、慎重に叩ききる。
途中、先輩が様子を見に来た。
「時間かかってるけど、処理はできてるね。ご苦労」
「すみません、全然通らなくて」
「いやいや、むしろ遊び人でこの敵に対処できるだけすごいよ。無理せずな。今日はまだ始まったばかりなんだし」
先輩の言葉が、少し胸に染みた。
(俺、まだまだだな)
それでも剣を握る手は緩めない。
「よし…次で倒れるはず」
洞窟の薄暗い空間のなか、俺はじっと目の前の岩トカゲを睨んでいた。
すでに10分以上、1体と向き合い続けている。
攻撃は少しずつ通っているし、体のあちこちにヒビも入ってきている。
(もう少し、もう少し…)
振り下ろした木剣が重く鈍くトカゲの肩口にめり込む。
ガリッと音がして、岩肌の一部が崩れた。
(よし、)
そのときだった。
「っ!」
視界の端、影が跳ねた。
振り返る前に、重たい足音が響く。
ズゥン!
「まじか、、もう一体!?」
奥の通路から、もう一匹の岩トカゲがぬっと現れた。
いつの間にか音もなく近づいてきていた。
(やばい! 二体同時はまずい)
俺の背中をとるように、一体目と二体目が位置を取る。
攻撃の集中砲火にはならないが、逃げ場が減る。
斬りかかっても、1対1以上に「ダメージを与えにくい」状況になる。
「くそ、!」
回避、回避、カウンター。
攻撃の手は止めないが、打ち込んだ木剣がまたも甲高い音を立てて弾かれる。
一撃、一撃が無力に思える。
(ああ、俺、やっぱ戦士じゃない…)
そう思った瞬間、ふと背後からの踏み込み音。
振り向けないまま、とっさに横へ転がる。
ゴッ!!
「っぶね!」
すれすれで回避。
そのまま反転、1体目に跳びかかって――振り抜いた。
ゴッ!
ズシャッ!
次の瞬間、妙な感触が手に伝わった。
刃先がすぅっと通り抜けた感触。
今までの何十発とも違う、「確かな手応え」。
「…えっ?」
崩れ落ちるように、岩トカゲの首ががくりと垂れる。
そのまま動かなくなった。
(まさか……今の……)
頭の中で答えが閃く。
新スキル習得:運任せの一撃
――クリティカルヒット。
遊び人のステータスにある「幸運」。
平時ではあまり実感のないこの能力が、時折こうして一撃必殺の形で発動することがある。
完全な偶然だが、それは確かな力だった。
「俺…いける…!」
立ち直った俺は、残った一体に向き直る。
戦況は五分。
いや、気持ちは今、完全にこちらに傾いている。
自分の力を信じて戦える、その実感があった。
「ふぅ……お疲れ、二人とも。今回はだいぶ助かったよ」
ダンジョンを出てすぐ、東雲先輩がリュックを肩から下ろしながら言った。
「……これ、マジで鉱石かよ」
ダンジョンの外、舗装された帰り道。俺の背中には、まるでコンクリートの塊みたいなリュックがずっしりとのしかかっていた。
先輩たちがツルハシで掘り起こした鉱石類を、ひたすら袋に詰めて背負う。ダンジョン内より、今が一番の試練だったかもしれない。
「文句言わない文句言わない。キミ、戦士科なんだからさー」
東雲先輩が笑いながら言う。
「……それでも重いですって……」
それでも、“役に立てている”という実感は、確かにあった。
とはいえ、歩幅がずれたらバランスを崩しそうな重さだ。
でも、これも“役に立つ”ってことなんだろう。
薄暗い洞窟の外は、もう夕方の光に包まれていた。
じんわりと汗が滲む体に、ひんやりした風が気持ちいい。
「特に君。思ったよりちゃんと動けてたな」
「……俺、ですか?」
思わず問い返すと、もう一人の錬金術師の先輩もニッと笑って頷く。
「荷物運びだけでも助かってるのに、あの二対一を切り抜けたのはなかなかだよ。
遊び人って、ああいう時に運で刺すんだな。貴重な目撃だったわ」
「助かったよ。次もお願いしたいくらい」
言葉の端々に、最初にあった“期待してない感じ”はなかった。
先輩たちは本当に、俺を一人の戦力として扱い始めてくれている。
ただの荷物持ちじゃない。
(……俺、認められた……?)
こみ上げるものをぐっと抑えながら、俺は静かに笑った。
無事に帰還し、採取物のチェックを終えると
「はい、今日の分ね」
渡された封筒。
中には現金で5000円。
前回よりちょっと多い。
「依頼の分上乗せしてるし、鉱石の方が高く売れるからさ。ま、取り分は平等でいいでしょ?」
「ありがとうございます」
二度目の報酬。
まだバイトの経験もろくにない俺にとって、これはかなり大きな金額だ。
“働いて得た金”っていう実感が、指先から伝わってくる。
「それでね、しばらく一緒に行けなくなるかも」
え?
先輩の言葉に、思わず顔を上げた。
「素材、けっこう集まったし。今後はそれを加工する作業がメインになるのよ。ダンジョン行く時間、なかなか取れないかも」
錬金術師の先輩も「当分は錬成室に籠るわー」と笑っている。
「でも、また採取が必要になったら声かけるから。その時までに、戦士にでもなってたら頼もしいかもね?」
「はい!」
しっかり返事をする。
先輩たちとの実戦は、ひとまずここまで。
帰り道の途中、いつものスキャナーでレベルを確認すると――
ジョブ:遊び人 Lv.7 → Lv.8
「お、上がってる」
偶然の一撃、自分のジョブが少しだけ「前向きなもの」に見える。
(努力すれば、遊び人でも戦えるんだ)
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