遊び人、実力差を知る日常
ダンジョン帰還の翌日。
いつも通り、戦士科の朝が始まった。
今日の訓練は、走り込みと基礎打ち──素振り。
戦士科の日常であり、成長の基盤。ダンジョンに行ったとはいえ、基礎をおろそかにする理由にはならない。
「じゃあ今日も4km、学校の外周10周からスタートだ。タイム遅いやつは、あと1周追加だぞー!」
教官の声に一斉に走り出す生徒たち。
俺もその列に混ざって走り始める。
(ふう……しんど……)
まだ朝の空気はひんやりしているのに、数分もしないうちに額から汗が噴き出す。
心臓の鼓動がドクドクとうるさくて、自分の息の音と重なり合う。
太ももの裏が早くも張ってきて、足取りが重くなるのを感じる。
レベル7になった。スキルも少し増えた。“口笛”と“指回し”──片方は敵を呼ぶだけ、もう片方は混乱を起こす可能性があるらしい。
戦闘ではどちらもまだ使いこなせていない。けれど、それでも一歩ずつ前には進んでる。
ゴブリンも倒せたし、報酬だってもらえた。
でも──それでも。
「よし! 15分切った! 先頭組はそのまま休憩入れー!」
「マジか……あいつまだレベル3とかだろ?」
「運動部出身、マジやべぇわ」
先頭を切ってゴールするのは、体格が大きくがっしりした男子生徒。
聞けば元バスケ部のセンター、ジョブはもちろん戦士。
俺が走り終えたのは、全体の中ほど。平均的なタイムだ。
誰にも褒められないけど、遅れてもしない。
でも、呼吸は荒い。膝が笑って、しばらく立ち止まってしまう。
(……これが、身体スペックの差……)
レベルは、戦闘経験を通して上がる。
でも、筋力や体力といった“基礎性能”は、本人の素体に大きく左右される。
「跡部、レベル7なんだろ? ダンジョン行ったって聞いたぜ」
「お、おう」
「すげーじゃん。でも体力はまだまだだな! そのうち抜いちまうぞー?」
「はは…ほんと、それな」
汗を拭いながら笑うその姿に、ほんの少しだけ悔しさがこみあげた。
けど同時に、じんわりと熱くなるものもあった。
(だから、ちゃんとやんなきゃな)
どれだけレベルが高くても、身体はまだ追いついていない。
俺は遊び人。職業補正も戦士ほどは強くない。
でも、それでも──
(努力し続ければ、俺だって)
握った木刀が、昨日より少しだけ軽く感じた気がした。
「じゃあ、立ち会いやろうぜ!」
放課後、グラウンド脇の訓練スペース。
いつもの朝練仲間の一人、村田が木剣を肩に掲げて笑った。
「来週またダンジョン行くんだろ? だったら俺たちが相手してやるよ」
「お、おう。ありがとな」
照れくさくて目を逸らしたが、心の奥がじんわりあったかい。
(こうして“俺のために”誰かが動いてくれるって……なんか、すげぇな)
教官がつくわけじゃない、仲間同士での立ち会い。
本気の殺し合いじゃない。でも、真剣だ。
「先に言っとくけどな、レベル7って言っても俺たち戦士とは補正が違うんだからな?」
村田が木剣を構えながらニヤリと笑う。
俺も貸してもらった木剣を構える。
「知ってる。でもやってやる」
ポン、と木剣を合わせて試合開始。
斉藤はレベル3。だけど元野球部で、身体の使い方がうまい。
その一撃は、重く鋭い。
(くっ……!)
紙一重でかわす。自然と身体が動いた。
(今の、避けられた?)
俺の職業──遊び人。
戦士よりも筋力は低い。でも、器用さと運の伸びが高い。
ふと、斉藤の動きにわずかな“溜め”を見つける。
(ここだ!)
反射的に踏み込む。
木剣の先が、斉藤の胴体に触れた──
「おぉっ、今のはいい判断だったな!」
「マジで、避けてからの一撃……すげぇな」
他の朝練仲間が口々に言う。
勝ちはしない。当てれても浅いし、すぐにバテるし、体力勝負になれば押し切られる。
でも、
「立ち会い、楽しかったな。またやろうぜ」
「うん、俺ももっと動けるようになりたい」
その言葉に、俺はうなずいた。
(遊び人でも、戦える)
実感が、確かにあった。
一週間が、あっという間に過ぎた。
朝練にも授業にも慣れ、立ち会いの相手も少しずつ増えてきた。
筋トレの負荷も、最初よりほんの少し重くしている。
目に見えて変わるわけじゃないけど、毎日少しずつ、積み上がっていくのが分かる。
そんな日の放課後、ポケットの中の端末が振動した。
校内チャットアプリの通知だ。
《東雲先輩》:明日、朝8時にダンジョン前集合。
準備は前回と同じでいいよ。武器と体だけ忘れずに。
通知を見た瞬間、全身に微かな緊張が走る。
(来た……! 次のダンジョンだ)
「先輩か?」
朝練の帰り道、一緒にいた天野が覗き込んでくる。
「ああ。明日、ダンジョンまた行くってさ」
「おお、また荷物持ち?」
「ま、そんなとこ。でも今回は鉱石集めらしいよ」
「マジで? 前のダンジョンじゃないんだな」
「うん、俺も知らなかった」
仲間たちと笑い合いながら、心の中では、別の感情がふつふつと湧いてくる。
(よし、よしよし!ちゃんと、また誘われたんだ)
(この1週間、無駄じゃなかった)
夜、寮に戻ってから、荷物を最低限チェックする。
前回と同じ支給品のリュック。水筒。簡易救急キット。
そして手に馴染み始めた、木製の練習剣。
(これで、ちゃんと戦える)
翌日を前に、ふと自分のレベルをスキャナーで確認する。
前回と変わらず、Lv.7【遊び人】
(次の一歩も、ちゃんと踏み出そう)
明日は朝練を休むことを、仲間たちにメッセージで伝えた。
《俺》:明日、ダンジョン行くから朝練お休みする。
《天野》:おう、気をつけてな!
《神谷》:また話聞かせろよ!
《村田》:レベル8とかになってんじゃねーのw
スマホを見つめながら、ゆるく笑う。
(遊び人でも、続けていけば変われる。たぶん、きっと)
そして、夜は更けていく。
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