遊び人でも、前に進みたい

「入学してから、まだ1カ月か」


寮の自室に戻ったあと、ポツリとつぶやく。


ダンジョンに2回行って、レベルは8。

今までの自分なら、想像もできなかった日々だ。


(まだまだ、これからだ)


報酬の封筒を机の引き出しにしまいながら、俺は次に向けての意欲を固めた。


次は、自分でパーティーを見つけなきゃいけない。

それも含めて、“本当の意味で一人前になる”ために。


月曜の朝、教室に入ると、いつも一緒に朝練しているメンバーが手を振ってくれた。

週末は先輩たちとダンジョンだったから、顔を合わせるのは三日ぶりだ。


「おー、どうだった?また行ってきたんだろ、ダンジョン!」


「うん、今回は洞窟だったよ。結構ハードだったけど、何とかね」


「マジで羨ましい……俺ら、まだレベル3だぜ?」


「…え、まだ3?」


驚いて聞き返すと、仲間たちは肩をすくめた。


「全然上がんねーよ。走り込みと素振りばっかで、戦闘経験ないしさ」


「まぁ、訓練でレベル上げるのって効率悪いからなぁ。普通は3カ月かけてやっと5って感じらしいし」


「…そっか」


俺が、今レベル8であることは、まだ言っていない。

遊び人はレベルの上がりが早いといっても、それだけじゃない。

ちゃんと訓練して、ちゃんと戦って、ちゃんと結果を出してきた。それだけは確かだ。


 



午後の訓練後、俺は再び職員室の前に立っていた。

ノックをして中に入ると、桐谷先生が顔を上げる。


「先生、ちょっと質問いいですか?」


「なんだ?またダンジョンの相談か?」


「はい。今、戦士クラスでレベル5に到達してる人っていますか?」


教官は少し考えてから、首を横に振った。


「いや、今の1年ではまだ一人もいないな。魔術科、衛生科の方も同じくらいだったはずだ」


「そう……ですか」


「ま、レベル5ってのは“基礎ができた”っていう一つの区切りだからな。遊部、お前の成績は確認してる。戦闘記録も良好だ」


「ありがとうございます。なので、今回は――ソロで行かせてほしいです」


教官の表情が一瞬で険しくなる。


「ソロか? 正気か。戦士クラスならともかく、お前は“遊び人”だぞ。基礎体力も十分とは言えん。しかも、レベルが上がってるとはいえ…」


「行ったことのある場所なら、地形も敵の出現ポイントも把握しています。前回の灰の坑道じゃなく、最初の深緑の巡回路の方でいいんです。奥までは行きません。物資の確認、動きの確認、最低限の戦闘だけします。安全第一で。撤退も即判断します」


しばらく沈黙した教官は、大きくため息をついた。


「ったく。最近は妙に真面目にやってるな、お前」


「遊び人から変わりたいと思ったので」


「…分かった。ただし条件付きだ」


教官は指を立てた。


「一つ、行くのは深緑の巡回路ダンジョンに限ること。

二つ、奥には進まないこと第一区画までだ。中層エリアに近づいたら即座に引き返すこと。

三つ、異常があれば即座に撤退。帰ってこなかった場合、救援に向かうのはお前の親だ」


「分かりました。ありがとうございます」


「それと、どうせ行くなら“薬草”を集めてこい。探索ついでに持って帰ってきたら、それだけで学内の購買が買い取ってくれる。生産科も喜ぶだろう」


「薬草、」


「金が必要だろう?装備も整ってないなら、まず金を稼げ。探索者の基本だ。いい武器、いい防具があれば、死ななくて済む確率も上がる。命より高い買い物は無い」


「確かに」


「あとで薬草の見本と採取ポイントの資料を送っておく。覚えてから行け」


「はい!」


教官の言葉は、厳しいけれど、確かに俺の背中を押してくれた。


命をかける世界なら、それ相応の準備と努力が必要だ。


申請書類にサインをし、IDカードにダンジョン通行の許可が紐づけられる。


「週末に行ってきます」


「行って、帰ってくること。それが何よりの訓練だ。忘れるな」


俺は深く頭を下げ、職員室を後にした。


装備の強化、薬草の採取、そして少しでも前に進むための経験値。

全部、自分の力で掴み取る。


今の俺は、もうあの「遊び歩くだけの遊び人」じゃない。



学校が休みの土曜日の朝早くから準備し電車に揺られる。空は晴れていたが、俺の胸の中はざわついていた。

初めて、一人でダンジョンの前に立つ――それだけで、喉が渇く。


目の前に広がるのは、草原・型初級ダンジョン『深緑の巡回路』採取や索敵の基礎練習に最適とされ出てくる敵も第一区画ならゴブリンのみとされている。

登録されたIDカードをスキャナーにかざすと、鈍く機械音が鳴り、ゲートが開く。


「うし、行くか」

装備は訓練用の軽装と貸出用の鉄剣。それでも、手の中にあるそれは、今までの訓練用とは違う重みがあった。

は曇りがちで、風も湿っている。ダンジョンの入り口は朝露に濡れた草に包まれていて、辺りはしんと静まり返っていた。


周囲に誰の気配もない。

怖くはなかった——いや、嘘だ。少しだけ、膝がこわばっていた。


深呼吸一つ。空気は冷たいのに、喉の奥だけが熱くなっていた。


俺は一歩を踏み出し、薄靄に包まれた入口を潜った。


 


湿った草の匂いが鼻につく。いつもより嗅覚が敏感だ。

視界の端を小動物が駆け抜けていく。

思ったより静かだ。でも、それが余計に怖い。


(……敵の気配は、まだ無い)


教官から受け取った薬草の見本を思い出す。

「先端が三つに割れていて、葉脈が中央に集中してる。群生してることが多い」

記憶をたぐり、足元の草むらを探す。


数分ほど歩いたところで、俺はピタリと足を止めた。


(あれ…?)


光の角度で少しだけ反射して見える、他と違う葉の列。

しゃがみこんでよく見ると、確かに葉の先端が三つに割れている。


「…これだ!」

思ったよりも簡単に見つけられて拍子抜けしたが、これは【運】が作用しているのかもしれない。

しゃがみ込み、慎重に根元から刈り取っていく。小さなハサミを使うたびに、草の香りと湿った土の匂いが鼻をついた。何本かまとめて布袋に入れると、ひんやりとした重さが手に伝わる。


「……こんなもんか」


その後も、慎重に歩を進めながら、薬草を三つ、四つと採取していく。


途中、一度だけゴブリンが現れた。


「チッ、来たか……!」


地面を蹴って前に出る。

一対一なら、もう慣れてきた。

力押しはできない。けれど、避けて、隙を突いて


「っ、はあっ!」


木剣の先端がゴブリンの脇腹を打ち抜いた。

呻き声と共に崩れる小さな身体。


「……ふぅ。落ち着け、俺」


勝てた。

でも、油断すれば死ぬ。常に撤退を頭に入れておく。


再び歩き出す。

進むほどに、自分がこの世界で“生きている”実感が増していく。


たったひとりで進むのは怖い。

けど、それでも前に進むことでしか得られないものが、確かにある。


薬草を数枚採取して、袋の中もだいぶ潤ってきた頃。

一匹目のゴブリンとの遭遇から、ほんの十五分しか経っていない。




茂みを抜けた先のやや開けた空間。そこに、いた。


「またか……」


二匹目。――いや、すぐにもう一体、物陰から姿を現す。


「二体同時か……」


ゴブリンの目がぎらついている。

斧を振りかぶった方が先に動いた。


俺は地面を蹴る。

すれすれで避けた斧の重みを感じながら、すかさず逆方向からもう一体が飛びかかってきた。


(さっきより動きが速い……!)


ぐっと体幹を踏ん張り、木剣で受け流す。

攻撃は重くない。けれど、二体を相手にするのは想像以上にキツい。


「……っ、でも!」


剣を振り、足を動かし、草を踏みしめて、数秒の隙を突く。


「これで終われっ!」


渾身の一撃で一体目を地面に叩き伏せる。

続いて、怒ったもう一体が叫びながら突進してくる。


(さっきより荒っぽいな――なら、フェイント気味に回り込んで……!)


バックステップからのカウンター。

深くはないけれど、しっかり当たった。


五分後。二体目も倒れ、俺は深く息を吐いた。


「…はあ、はあ…ヤバかった…」


本当に、ギリギリだ。

でも、倒した。

二体同時でも、なんとか――


そのときだった。


俺の中に、言葉じゃない、何かの“回路”がひらく感覚があった。

電流のような熱が脳裏を走り、視界の端が淡くきらめく。

そして、確信した。


(……今のって……!)


スキルを獲得した時のような感覚が現れて消えた。

明確な言葉じゃなかったけど、「できる」と、直感した。


(……なんのスキルだ?)

 

そんなことを考えていた瞬間――茂みの奥、気配。

三体目のゴブリンが、こちらに気付いて走ってくる。


(クソ、もう回復の余裕もねぇのに……!)


焦り。武器を構えようとして―ふと。


(……いや、試してみるか)


体の奥底で、何かが呼応する感覚。

まるで“スキル”という選択肢が、自然に浮かぶ。


「…《アピール》!」


叫んだ瞬間、俺の体からほんのわずかに光のような波動が広がった。


目の前のゴブリンが、その動きを止める。


(こっち、見た……!?)


数秒の隙。迷わず飛び込む。


「っらああッ!!」


その一撃で、三体目のゴブリンは地面に倒れた。


静寂が戻る。

俺はしばらく呆然としていた。


「…なんだ今の…スキルか? アピール…?」


技の内容は、たぶん視線を引きつける。

正直、戦闘向きじゃないかもしれない。でも――


(いや、使い方次第では、めっちゃ便利かもしれねぇぞ……?)


敵を引き付ける。味方を守る。あるいは――

仲間の攻撃チャンスを作る。


(俺でも、役に立てる。こんなスキルでも、上手く使えば……)


胸が高鳴った。

スキルという新しい“武器”を得たことで、世界が少し広がった気がした。


「よし、薬草もう少し集めて、今日は撤退だな……!」


そんなことを考えながら、俺は再び草むらにしゃがみ込んだ。


――数十分後、俺は採取した薬草をしっかり袋に詰め、

ダンジョンの出口へと向かっていた。


無理はしない。

今日の目的は、探索と採取。十分な成果を得た。


出口の光が見えた瞬間、身体から力が抜けそうになったけど、笑みもこぼれていた。


「よし……帰ろう」


次は、少しだけ奥まで行ってみてもいいかもしれない――

そう思えるくらいには、俺は強くなってきている。



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