遊び人のあしぶみ



戦士科の講堂の片隅には、ずらりとジョブスキャナーが並んでいる。


その日、授業終わりの時間。

俺は一人、こっそりとスキャナーの前に立っていた。


入学から一か月。

俺は、誰にも言わず、朝練後にここへ足を運ぶようになっていた。

講堂の空気は静かで、まるで試されているような感覚になる。

けれど、今の俺は、逃げない。


(……ちゃんと、積み上げてきた。手応えは、ある)


ゆっくりと、手のひらをセンサーに当てる。


ピッ――という電子音のあと、スクリーンに文字が浮かび上がった。


 


 【Job:遊び人】

 【Level:5】


 


「……っ!」


身体の奥から、何かが弾けた気がした。


ついに、“レベル5”だ。


これは、初級職にとってひとつの節目。

レベル5に到達することで、“ダンジョン入場の資格”を得られる。


特に俺のような非戦闘職は、レベルが上がりやすい分、努力次第で早期到達が可能だとされている。

ただし、たいていの遊び人は「何もしない」ために、それを活かすことはない。


俺は、違う。


毎日朝練をして、素振りを重ね、肉体を鍛えた。

戦士になりたくて、心から“変わろう”としてきた。

“遊び人”でここまでやるやつなんて、特に。


実際、今のクラスメイトの多くは、ようやくレベル2〜3あたり。


(努力は、裏切らない。……俺は、少しずつでも前に進んでる)

その積み重ねが、ようやく、数字になった。

そう、思えた。


「おい、何レベルだった?」


声の方を振り返ると、朝練仲間の天野と剣士志望の神谷が、手にスナックを持ちながら歩いてきた。


「5、だ。やっと、届いた。やっと、ダンジョンに行けるとこまで来た」


「マジか。お前だけじゃね、それ? 今の時期で5って」


神谷が目を丸くして、天野も感心したように口を開いた。


「俺、まだ3。ほとんどの奴がそこ止まりだろ」


「“遊び人”って、戦闘職じゃない分上がりやすいんだろ? いやーでもちゃんと鍛えてなきゃ意味ねぇしな。…素直にすげぇわ」


(すげぇ―って、俺に言ってくれたのか)

胸が熱くなる。

少し照れながら、言葉を返した。

「ありがとう。でも……まだ“戦士”になれたわけじゃない」


「ま、転職はレベル10だっけか。そこからが本番だな」


「うん。でも、まずは……この一歩が、嬉しいんだ」


このレベル5は、「努力すれば、ちゃんと変われる」という証明だ。


「うん……これでようやく、俺も“スタートライン”に立てる」

本当に、ようやくだ。


神童と呼ばれていた俺も、落ちこぼれだった俺も、今は関係ない。

自分の意志で手に入れた数字が、

この世界で、はじめて俺自身を肯定してくれた。


「教官のとこ行ってくる!!」

気持ちが逸り教官棟まで走り出す。天野と神谷の頑張れという言葉に背中を押されるように足取りは今までで一番軽いものだった。



「許可できん」


教官のその言葉に、俺の口元が固まった。


「ど、どうしてですか。俺、レベル5です。規定通り、ダンジョン入場資格は…」


「たしかに、レベルだけを見ればお前には資格がある。だが、職業は“遊び人”だ。

戦士科でレベル5というのは強打というスキルを覚える。これは初級ダンジョン1階によく出るゴブリンを1撃で倒せるものだ」


教官・桐谷は低い声で告げた。


「戦闘力の基準で言えば、お前の今の力はせいぜい戦士のレベル2〜3相当。ソロで挑むには危険すぎる」


「そんな!」


「遊部の努力は認めている。毎朝の訓練、素振り、走り込み。俺は見ているつもりだ。だが、現実として“今のお前”がダンジョンに挑めば、命を落とす可能性すらある。それを許可するわけにはいかない」


教官の言葉は冷たくも、真っ直ぐだった。


俺はぐっと歯を食いしばる。


(やっと、スタートラインに立ったのに…。レベル5になったのに)


「仲間を探せ。パーティを組めば、許可を出す」


桐谷の声は少しだけ柔らかくなった。


「遊び人でもできることがあるだろう。向き合い方次第で、だ」


俺は目を伏せた。


「…はい。わかりました」


拳を握る。悔しさで、手のひらに爪が食い込んだ。


けど、間違ってはいない。

俺はまだ、「一人で立てるほど」には強くない。


わかってる。

だからこそ、次の一歩を踏まなきゃいけない。

(パーティ…仲間か。誰かと一緒に、戦うこと)


次の課題が見えた。

俺はまだ、門の前に立っただけだ。


「桐谷先生、パーティを組めって言われても、俺知り合い、あんまりいなくて。朝練に誘ってくれた連中も、まだレベル2とか3で、ダンジョン解禁されてなくて」


桐谷は少しだけ眉を動かしたあと、今の時期じゃそれもそうかとポケットから自分のスマートフォンを取り出した。


「じゃあ、これを使え」


画面をこちらに向けて見せてきたのは、学内専用アプリのひとつ。

黒い背景に、ダンジョンのマークが描かれたアイコン。


その名も──《LinkRPG(リンクアールピージー)》。


「学内専用アプリだ。生徒がレベル5になったときに周知するものだ。生徒同士での情報共有、装備交換、パーティ募集なんかもできるようになってる。校内限定のSNSみたいなもんだ。ダンジョンに挑む以上、使いこなせなきゃ損だぞ」


「こんなものがあったんですね」


「ただし、今の段階では」

教官は俺の表情を見て、少しだけ言いにくそうに言葉を選んだ。


「遊部以外の1年生でレベル5に達している者は、特別進級生の斎宮ひとりだけだ。それ以外は、まだ全員がレベル2~3。つまり、ダンジョン解禁の条件を満たしている者はほぼいない」


「今は掲示板を使って、上級生や他学科のパーティを探す方が現実的だな。初級ダンジョン向けパーティ募集の掲示板に目を通すといい。必ずどこかに、合う相手はいる」


スマホを取り出し、言われたアプリをダウンロードする。

立ち上げると、軽快な起動音とともに、ログイン画面が現れた。


《LinkRPG》

言われるままスマホを取り出し、アプリをインストール。

ログイン画面に表示された自分のプロフィールが、なぜか少し誇らしかった。


《ようこそ、冒険者候補生へ。ジョブ:遊び人 Lv.5》


「うわ、本当に連携されてる」


プロフィールには、俺の職業とレベル、学科名が表示されている。

上級生であろうの何人かがアイコン付きで「パーティ募集」「共闘希望」などの投稿をしているのが見えた。


(こういうの、ちょっと緊張するな……)


けれど、これが今の俺にできる、最初の一歩だ。


もう一度、目を見開いて画面を見つめる。


「…やってみよう」


俺はスマホを見つめたまま、呟いた。


「ここで止まってたら、また“何もやらない俺”に戻っちまう」

もう、後戻りなんかしない。

今度こそ、ちゃんと前に進みたいんだ。


俺は小さく息を吸って、「パーティ希望者掲示板」に書き込む。


【遊び人(Lv.5)】

はじめてのダンジョン挑戦。真面目にやってます。

条件合う方いたら、一緒に行きませんか?



メッセージを打ち、投稿ボタンを押す。

小さな画面の向こうに、誰かがいるかもしれない。

わからない。でも、もう一人じゃ進めない。


この手が、次の扉を叩くんだ。








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