遊び人にも、明日は来る

水筒の冷たい水が喉をすべる間に、村田の言葉が刺さる。

「で、結局、行けなかったのか?」


「うん。ダンジョン解禁されても、戦闘職じゃないと一人で行くのは危ないって止められた」


「マジかー。せっかくレベル5になったのに、もったいねぇな」


「でもさ、俺らもあと少しだぜ」

そう言って笑ったのは、同じく朝練仲間の神谷。元サッカー部らしく、体のキレがいい。


「先生も言ってたろ? この訓練、3ヶ月やりきれば全員レベル5になるって。お前はちょっと先に行っただけだよ」


「そうそう」

村田も肩を叩いてくる。


「焦んなって。俺らも追いつく。だから無理して一人で行くなよ。遊び人の死体がダンジョンで発見、とかシャレにならんからな」


「……ありがとう」


不思議と、心が少しだけ軽くなった。


(そうか、俺は今、追われる立場になったんだ。いつの間にか)


つい最近まで“置いていかれる側”だった俺が。


こんな風に、仲間に言葉をかけてもらえるようになってたなんて――。


夕方。訓練後の帰り道。

夕焼けがグラウンドを赤く染めている。制服の袖がじんわりと汗で張り付いていた。


放課後の教室。掃除も終わり、鞄を肩にかけて下駄箱に向かっていた時だった。


スマホがポンッ、と震えた。


《LinkRPG:新着メッセージがあります》


すぐさまアプリを開く。


【生産科/東雲 想(しののめ そう)Lv.8(鍛冶師)】

はじめまして。生産科の東雲です。

掲示板の投稿、みました。

良かったら一度話しませんか? 時間が合えば、今日の放課後でも。



「……先輩?」


名前の横には、生産科のアイコン。

鍛冶師レベル8──つまり、すでに職業レベル10を超え、派生職に転職済みの人間だった。


(どうして、そんな人が俺に……?)


“遊び人 Lv.5”。戦闘経験もなく、まだ何者でもない俺に。


疑問はあったが、返さずにはいられなかった。


【遊び人/俺(Lv.5)】

ご連絡ありがとうございます。

今日の放課後、大丈夫です。どこかでお会いできますか?


送信後、わずか10秒もしないうちに、返信が届いた。


中庭のテラスでどうでしょう。

15分後に、そこで。


中庭のベンチに座って待っていると、ゆったりと歩いてくる人物がいた。


生産科の作業着のような制服。実習帰りらしい手には、まだ煤がついている。


「君が、遊び人くん?」


「はい。えっと、初めまして。1年の、」


「知ってる。遊部君ね、遊び人でレベル5。この時期だと本当に真面目じゃないとレベル5にはいかないから、ちょうどいいとおもってね」


ふわりと笑った先輩の声は落ち着いていて、どこか年上らしい余裕があった。


「俺は東雲 想。生産科の2年で、鍛冶師。まあ、武器とか防具とか作ってる側の人間」


「で、お願いってのは、俺と連れで素材採りに行く予定。薬草目的。荷物持ちが欲しくて募集してたんだけど、君レベル5って聞いて。もし空いてたら来ない?」


つまり、それって「戦力としては期待してないけど、便利だから使わせてもらうよ」って意味かもしれない。


でも。

(それでも──行きたい)

自分の足で、初めて“ダンジョン”の土を踏みしめる機会。そんなの、逃したくなかった。


「もちろん、正式に申請出して通すし、報酬も分け前ちゃんとある。……ただまあ、正直なとこ言うとさ」


東雲先輩はニヤッと笑って、俺の方を見た。

「この時期でレベル5って、優秀なんだよ。正直、ちょっとツバつけときたいってのもある。君、これから伸びるだろ? だから今のうちに関わっとこうかなって」


あっけらかんとそう言われて、逆に清々しかった。

「それに、今回のダンジョンはさ。戦闘っていうより、薬草集めが目的なんだよ。片桐の調合用素材。片桐っていうのは連れね、そいつも行く。でも、それでも一応ダンジョンだから、持ち帰りの荷が多くてな。力仕事要員が欲しかったわけ」


(なるほど……)


確かに、俺の“職業ボーナス”には重いものを運ぶ際の補正がある。遊び人でも、戦士を目指して鍛えてる分、それなりの筋力はある自信があった。


「で、どうする? 来る? 報酬は三等分。申請はもう出す準備してる。こっちも正式に君を“同行者”として登録するよ」


利用されるだけかもしれない──それでも、前に進むためには、選ばなきゃいけない場面がある)

「行きます。……今の俺には、それ以上に価値のある経験だと思うので」


「よし。じゃあ明日、職員に申請出す。正式な“素材回収パーティ”ってことで、ダンジョン申請を通しとくわ」

そう言って、東雲先輩は立ち上がる。


「 じゃ、明日7時な。裏門集合。準備してこいよ、荷物持ち」


背を向けた先輩の言葉は、どこか軽くて、

たった一度の荷物持ちにすぎないのかもしれない。

でも、俺にとっては初めてダンジョンに足を踏み入れる、大きな一歩だった。




寮に戻ると、ラウンジに朝練仲間が集まっていた。

誰かが出したボトルのスポドリを分け合いながら、ワイワイと談笑している。


「あっ、明日さ俺、朝練ちょっと休むわ」

俺の言葉に、数人が顔を上げる。


「お、どうした? 体調崩した?」


「いや、ダンジョン行くことになって」


「マジで!? え、誰と組んだの?」


「先輩二人。生産科の人たちで、薬草集めが目的みたい。俺は荷物持ち兼、戦闘要員として」


「すげぇじゃん!」


「レベル5いっただけあるな。無理すんなよ? 俺らもすぐ追いつくからさ、今度は一緒に行こうぜ」


「うん、ありがとう」


その言葉が、こんなに嬉しいものだなんて知らなかった。

ほんの少し前まで、「遊び人」ってだけで距離を置かれていたのに──


今は違う。努力を見てくれる人がいて、同じ目線で励ましてくれる仲間がいる。


部屋に戻ると、制服のままベッドに倒れ込んだ。

天井を見つめながら、明日のことを考える。


スマホがポンッ、と震えた。


《LinkRPG:新着メッセージがあります》


【生産科/東雲 想(しののめ そう)Lv.8(鍛冶師)】

採取の準備はこっちでやっとくからさ。君は戦える準備だけしてくれればいいよ


ありがとうございます。全力で、頑張ります。と返事をして深呼吸をひとつして、目を閉じる。

明日、俺は遊び人として初めてダンジョンに入る。

(武器は確認したし、革鎧も手入れした。あとは……)

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