第2話 あいまいな距離、確かな時間
第2話 あいまいな距離、確かな時間
営業第一課の朝。美咲はPCの画面に届いた新着チャットに目を留めた。
> 柴田 優人
> 先週の部屋、まだ悩んでます。
> 昼間の顔を見ながら、もう一度見てほしいかも。ランチ、付き合ってもらえませんか?
それは明確な誘いではなかった。でも、完全な仕事でもなかった。
“仕事っぽい理由を添えて誘う”――彼なりの礼儀と配慮だと、美咲にはわかった。
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近くのカフェで、柴田が頼んだのは野菜たっぷりのサンドと紅茶。
美咲はチキンサラダをつつきながら、ふと聞いてみた。
「……柴田さんって、オフの日は何してるんですか?」
「ジム行ったり、たまに料理したり。でも、最近は部屋探しと、あなたのこと考える時間が多いかも。」
唐突すぎず、でも、どこか照れるような言葉。
美咲は目線を外したまま、言った。
「部屋は……まだ決めてないんですね。」
「“どこで暮らすか”って、“誰と過ごしたいか”ってことだと思うんです。」
「じゃあ、誰か決まったら、部屋も決まるかもですね。」
「そうですね。だから、決めるには……もう少し時間がほしい。」
それは部屋の話をしているようで、そうでないような。お互い、無理には踏み込まない。その“余白”が、なぜか心地よかった。
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秋の終わり、ある月曜日。
美咲は客先訪問の帰り、偶然、柴田のオフィス前を通りかかった。
中から彼の姿が見えた。社員に囲まれながら、真剣な表情で会議をしている。忙しそうだった。声もかけなかった。
でも翌日、一本のメールが届く。
> 昨日、見てましたよね。
> 不思議です。あの瞬間だけ、ちょっと疲れが取れた気がしました。
彼は、気づいていた。
美咲は、小さく笑って返信を打った。
> 会いたい、って言わなくても伝わることって、あるんですね。
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12月、美咲は営業部の年末イベントの準備で忙しくなっていた。
そんなある日、机の上に小さな封筒が置かれていた。手書きのカードには、こう書かれていた。
> 今年、あなたと再会できてよかった。
> 少しずつ、ちゃんと好きになってる気がしてます。
> 来年も、会えたら嬉しいです。
> 柴田
感情を押しつけることのない、静かな「好き」の予感。
美咲はカードを閉じて、スケジュール帳を開いた。
そこに、1月の空白がぽっかりとあった。
彼女はそこに、小さく書いた。
「柴田さんとランチ?」
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まだ付き合っているわけではない。
でも、互いの予定を考えながら動く日々が、確実に増えていた。
焦らず、急がず、でも一歩ずつ。
――これは、「仕事で出会った二人」が“それ以上になるまで”の、やさしい物語。
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― 第3話へ続く ―
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