単調
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誰かと付き合ったからといって劇的に今の生活が変わるわけでもない。11月末には期末テスト、それが終わればクリスマス展示会の準備に追われ恋愛の渦中であることすら忘れかけていた。
テストの結果は散々で、両親には進路の小言を言われたり、部長と副部長が展示のコンセンプトで方向性が分かれ少し不穏な空気になったりもしたが、それも年末に向けてのせわしなさと相まってある意味楽しみながら過ごしている。
12月、恋人たちの集う一年で一番華やかな時期。カップルという幸人くんとの関係が形骸化してきた頃、ようやく初デートの打診が来た。
彼も彼で試験前の塾通いで忙しく、告白された日以降一緒に下校しなかったことをあまり気に留めてなかったらしく、細々と続けていたLINEだけが私達の関係を繋げていた。
「24日空いてる?ちょうど冬休み初日だし買い物でも行きたいな」
「もちろん!行こうよ」
そう返事をしたのが1週間前で、今日は23日。終業式ということで校内はにわかに浮足立っている。全校生徒が体育館に行くために廊下に整列していた時、前方の列に彼の姿をみとめる。大声で騒ぐわけではないが、周囲の友人と談笑する姿は別の世界の住人のようだ。私は佐藤ちゃん以外のクラスメイトとは微妙な距離感なので、こういう時に話し相手がいない。人付き合いが無難にできていれば、周りの喧騒と自身の沈黙のギャップに苛立つことはないのだろう。幸人くんはそれができる側の人間である。
やはり、私達の関係を公表しないことに決めたのは正解だったのだと安堵した。
ホームルームも終わり、部室へ向かうとほぼ全員が集まっていた。展示の撤収作業のみで、これが今年最後の集まりとなる。全校生徒の目に止まる昇降口のすぐ横での展示ということもあり下手したら文化祭よりも大勢の反応があるため、部内の誰もが気合を入れて制作に臨んだ。アンケートBOXに気に入った作品へのコメントを募っており、自分への一票が投じられているのかが気になって仕方がなく、美術室へ戻ると部長がシートを仕分けているのを固唾を呑んで見守る。彼女の作業が終わると、みんな飛びつくように受け取っていた。私のもとに来たのは、3枚だった。匿名だけど、誰のものかはすぐにわかる。幸人くん、佐藤ちゃん、美咲ちゃん。後輩のコメントを一番先に開ける。
「人物の影が描き込まれている。作者にしては珍しいと思いました。踊り場に降り注ぐ夕焼けの光が引き込まれます。」
簡潔で、わざとらしくなく要点を抑えた感想。几帳面な字も相まってどことなくぶっきらぼうにもみえる彼女のシートだが、部内で一番の実力を誇る人にコメントを書いてもらえるか、実はみんな気にしている。そして、一番厚い紙の束を受け取ったのも美咲ちゃんである。当の本人は、固まって盛り上がっている部員たちから少し離れたところで懸命に紙をシャッフルしていた。
「やっぱりすごいね。その量。」
「ええ、まあ。ななさんのがすぐに見つけられないんで、記名制にしてほしいんですけどね。あ、これかな。」
「本人の目の前で読むのやめてよ」
冗談めかして言うが、すでに聞こえてないようだ。一言、一言を噛み締めるように読む姿を見つめるこの時が永遠に続くように感じた。彼女はふと顔を上げると読み終えた用紙1枚だけを丁寧にクリアファイルにしまい、他は乱雑にカバンに放り込んでしまった。
「さぁ、帰りましょう。」
「うん。」
「ところでこの後予定ありますか?」
え、と素っ頓狂な声が出る。半年強の付き合いで放課後に誘われたのは、これが初めてだったからだ。
「特にないよ。どうして?」
「意外にも私だって、クリスマスに興味があるんですよ。たまにはにぎやかなところで遊ぶのもいいじゃないですか。嫌ですか?」
嫌なわけない。一足早くクリスマスをまさか、美咲ちゃんと満喫できるなんて。
まだ、この先何が起こるのか分からない。すましているようだが、少し唇を噛み締めて緊張の面持ちで返事を待つその口を緩ませたくて、もちろんと返事をした。
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