2

 アラームを聞き逃し、母の声で目が覚める。今日、約束があるんじゃないのと。慌ててスマホを開くと、9:00の表示が目に入り一気に全身の血管が騒ぎ出す。私の最寄り駅に10時集合、その後市役所前まで電車で行こうという約束だった。着ていく服も、身だしなみも何も準備ができていない。

「起こしてくれてありがとう。でもやばいかも。間に合わないよ。」

「駅集合でしょ。お母さん、途中まで車出してあげようか。」

 幸人くんの姿を見られるのはあまり気が進まないが、手前で降ろしてもらえば大丈夫だろう。母は恐らく10 時からのパートのため、駅前のスーパーに出勤ついでに送ってくれるはずだから。

「昨日は、部活の後輩と遊んでたんでしょ。今日は、クラスの子だっけ?」

「うん、佐藤ちゃん。とりあえず着替えるね。準備できたら言うから。」

「せっかく出かけるんだからちゃんとしなさいよ。」

 そんなの分かってる。母の中で私は、年頃なのにいつまでも見た目に無頓着な幼い子どものままなのだ。でも、自分なりに少ないお小遣いをやりくりして、ひと通りのメイク道具や服なんかを揃えてきたつもりだ。同年代の子たちに比べればまだまだだけど。

 

 ベッド横に無造作に置かれた紙袋に手を伸ばす。昨日、新しく迎え入れたこの服の袖に早速腕を通した。黒とグレーのチェック柄で、さりげなくラメが入っているニットワンピース。

「これ、ななさんに絶対似合いますよ。落ち着いた雰囲気がぴったり。」

 昨日、私達は一足先にこの街で一番大きいショッピングモールに足を運びクリスマスを味わった。学生にも手が届く価格帯のファストファッション店で、無邪気に手渡される一枚。自分ではよく分からないが、審美眼が人並み以上の彼女が言うならそうなんだろう。柄にもなく、褒められたことに浮かれていたのかもしれない。

 試着することもなくレジに並ぶ姿を、美咲ちゃんは目を細めて見つめてくる。いざ自分の番という時に、レジ前のヘアピンセットが目に留まった。アイボリーのツイード生地があしらわれた2つ組を手に取る。会計が終わり、店を出た後その一つを差し出した。受け取ってもらえなかったらどうしようと思い、少し手が震える。

「これ、よかったらおそろいでつけない?嫌だったら全然いいんだけど。」

「嘘っ!めっちゃ嬉しいですよ。一足早いクリスマスプレゼントですね。」

 そう言ってすぐに受け取る姿が本当に素直で心が洗われる。髪をハーフアップにし、後頭部につけまるで双子のようにおそろいを楽しむ。お互いの髪形に目をやるたび、笑いがこぼれた。


 今日は、何となくこのピンをつける気にならずそのまま髪を下ろしてみた。胸元にネックレスを付けリップを塗り、急いでカバンに荷物を詰め込む。母がエンジンをかけて待つ軽自動車に乗り込み、家を出たのは9時半過ぎだった。

「スーパーの駐車場で降ろすことになるけど大丈夫?ロータリーが混み合っていたら、パートに間に合わないかもしれないから。ごめんね。」

「全然大丈夫だよ。ありがとう。」

「その服、結構似合ってるじゃない。いい感じよ。」

 母が私を褒めるなんて。しかも、容姿についてはいつもダメ出しばかりなのに。驚いて右側を見ると、鼻歌交じりに運転を続けている。彼女にとって思春期の娘が週末に出かけたり、オシャレをすることは何より嬉しいらしく、最近は理不尽に八つ当たりをされることも少なくなった。そういう意味でも、美咲ちゃんには感謝している。


 当初の予定通り、駐車場で降ろされると待ち合わせの10分前だった。間に合いそうだったので特に連絡をしていないが、彼はもう待っていることだろう。改札前で律儀に足をそろえて。今日はどんな一日になるだろう。昨日のように楽しめるのか、少しだけ自信のない自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る