第23章:新世界の探訪
降下艇「カロン」がプロクシマ・ノヴァの地表に音もなく着陸した瞬間、船内はしばし静寂に包まれた。窓の外には、地球のそれとは異なる、しかしどこか懐かしさを感じさせる風景が広がっていた。空は淡いオレンジ色に染まり、二つの太陽が地平線近くに傾いている。大地は赤茶けた土壌に覆われているが、その合間から、地球のシダ植物に似た、しかしより大きく鮮やかな色彩を持つ奇妙な植物群が力強く生い茂っていた。遠くには、黒曜石のような光沢を持つ、切り立った山脈が見える。そして、彼らの着陸地点から数キロ先には、あの謎の廃墟都市が、まるで太古の巨人が眠っているかのように、静かに横たわっていた。
「大気組成、フィルターを通せば呼吸可能。ただし、未知の微生物やアレルゲンが存在する可能性を考慮し、第一次探査では環境スーツの完全密閉を維持します」ブリッジのハナと通信を繋いでいるイリスの声が、アリアのヘルメット内に響いた。「外部放射線レベル、許容範囲内。重力は地球の約1.1倍。活動に支障はありません」
「了解、イリス。ありがとう」アリアは頷き、降下チームのメンバーに向き直った。「よし、第一次船外活動を開始する。サム、タイタン1号と共に周囲の安全確保と地質サンプル採取。リアム博士、エヴァ医師、タイタン2号と共に植物および大気サンプルの採取。私は、この地点から廃墟都市の方向を光学観測する。ハナ、アルゴスからの継続的なセンサー監視と、我々との通信リンク維持を頼む」
「了解、艦長。ご武運を」ハナの声援を受け、クルーたちはそれぞれの準備を整えた。
カロンのハッチが、プシューという音と共にゆっくりと開いた。最初に船外に足を踏み入れたのは、重厚な装甲に身を包んだタイタン1号だった。その多目的センサーが周囲の状況をスキャンし、安全を確認する。続いて、環境スーツに身を包んだサムが、大型のドリルとサンプルコンテナを手に降り立った。
「うわっ、空気が…なんか甘ったるいような、変な匂いがするな」サムはヘルメットの外部マイクを通じて言った。フィルターを通しているはずだが、プロクシマ・ノヴァの独特な大気の匂いが、微かに感じられるのかもしれない。
次に、リアム博士とエヴァ医師が、タイタン2号と共に慎重に船外へ出た。リアムは、携帯型の多目的分析装置を手に、早速周囲の奇妙な植物に近づき、その構造を興味深そうに観察し始めた。「これは…! 地球の維管束植物とは全く異なる進化を遂げている! 葉脈のパターン、細胞構造、そしてこの色彩…おそらく、二つの太陽からの異なる波長の光を効率よく吸収するために、複数の光合成色素を持っているのかもしれない!」
エヴァ医師は、大気サンプラーと土壌コレクターを使い、慎重にサンプルを採取していく。「未知の微生物が多数含まれている可能性があります。アルゴスに戻り次第、詳細な遺伝子解析と病原性のチェックが必要です。皆、絶対にヘルメットのバイザーを開けたり、グローブを外したりしないでください」
アリアは、カロンの船体上部に設置された高倍率光学望遠鏡で、遠くに見える廃墟都市を観察していた。都市は、黒く滑らかな、まるで黒曜石のような素材で造られた巨大な建造物の集合体だった。そのデザインは、直線と曲線が融合した、有機的でありながらも高度に計算された幾何学的な美しさを湛えていた。しかし、その壮麗な建造物の多くは崩れ落ち、あるいは何らかの力によって破壊されたかのように、無残な姿を晒していた。そして、都市全体が、まるで数百万年、あるいはそれ以上の長い年月の間、誰にも顧みられることなく放置されてきたかのような、深い静寂と寂寥感に包まれていた。
「イリス、あの都市からは、やはりいかなるエネルギー反応も、生命活動の兆候も感じられないの?」
「はい、アリア。完全に沈黙しています。まるで…巨大な墓場のようです。しかし、建造物の素材は、我々の知るいかなる合金とも異なり、驚異的な耐久性を持っているようです。そうでなければ、これほどの長期間、その形状を保っていることは不可能です」
数時間の第一次船外活動で、クルーたちは貴重なサンプルとデータを収集した。植物は、やはり地球のそれとは根本的に異なる生化学的プロセスを持っていることが示唆され、土壌からは未知の鉱物資源の存在も確認された。そして、大気中には、極めて微量ながら、アルゴンの同位体比率の異常が見つかり、これは過去に大規模な核反応あるいはそれに類する高エネルギー現象があった可能性を示唆していた。
「核戦争…あるいは、何らかの天変地異か…」リアム博士は、分析データを見ながら呟いた。「この惑星の過去に、何か途方もない出来事があったのかもしれない」
その夜、クルーたちはカロンの船内で、持ち込んだ非常食を囲みながら、今日の発見について議論を交わした。窓の外には、二つの太陽が沈み、代わりに巨大な月のような衛星と、地球では決して見ることのできない、無数の星々が輝く夜空が広がっていた。それは、息をのむほど美しい光景だったが、同時に、彼らの孤独感を際立たせるものでもあった。
「あの廃墟都市…やはり気になるわ」アリアが言った。「明日は、タイタンを先行させ、都市の内部へともう少し近づいてみるつもりよ。何か手がかりが見つかるかもしれない」
「危険すぎます、艦長」エヴァが懸念を示した。「未知の罠や、あるいは我々にとって有害な何かが残っているかもしれません」
「分かっている。だが、あの都市には、この惑星の謎を解く鍵があるような気がするのよ。そして、もしそこに、我々が利用できるような高度な技術や資源が残されているとしたら…」
翌日、アリアの計画通り、タイタン1号と2号が先行し、廃墟都市の郊外へと慎重に偵察を開始した。カロンは安全な距離を保ち、アリアたちはタイタンからのリアルタイム映像を固唾を飲んで見守っていた。
タイタンたちは、崩れかけた巨大な建造物の間を縫って進んでいく。都市の道路と思われる場所は、ひび割れ、奇妙な植物に覆われていたが、その下には滑らかな舗装が残っていた。建造物の壁面には、複雑な幾何学模様や、象形文字のようなものが刻まれているのが見えた。それは、かつてここに高度な文明が存在したことを雄弁に物語っていた。
そして、タイタン1号が、都市の中心部へと続くと思われる広大な広場に出た時、それは起こった。
広場の中央に、まるで祭壇のようにそびえ立つ、ひとき饉わ高い塔のような建造物があった。タイタン1号がその塔に近づいた瞬間、塔の表面が突如として淡い光を放ち始めたのだ。
「何だ!?」ブリッジのハナが叫んだ。「エネルギー反応を検知! あの塔が…起動した!?」
「イリス、分析を!」アリアが叫ぶ。
「…不明です! これは…我々のデータベースにない、未知のエネルギーパターン…! しかし、敵対的なものではないようです…むしろ…何かを…伝えようとしているような…」
淡い光を放つ塔の表面に、複雑な光の模様が明滅し始めた。それは、まるで何かの言語のように、あるいは音楽の楽譜のように、リズミカルに変化していく。
「これは…!」リアム博士が、息を詰めてその光景に見入っていた。「彼らは…我々に…コンタクトを取ろうとしているのかもしれない…! 数百万年の時を超えて…!」
タイタン1号は、その光のメッセージの前で、ただ静かに佇んでいた。そして、その光の明滅が最高潮に達したかと思った瞬間、タイタン1号の全機能が、突如として完全に停止した。
「タイタン1号、応答なし! システムダウン!」サムが叫んだ。
廃墟都市の塔は、再び沈黙に戻り、その表面の光も消えていた。残されたのは、機能停止したタイタン1号の骸と、そして、さらに深まる謎だけだった。
プロクシマ・ノヴァは、彼らにとって安住の地ではなかった。それは、太古の秘密と、未知の危険をはらんだ、底知れぬ謎に満ちた世界だったのだ。アルゴスのクルーたちの、本当の探検とサバイバルは、まだ始まったばかりだった。
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