第48話 幸恵さん

「一年前はごめんなさい」


「無口君、意味のない謝罪はしなくていいよ」


「意味がない?」


「男にはわからないだろうけど、痴漢はどんなに時間をかけても、フラッシュバックするくらいに傷つくんだよ。一年前にされたことは、一生かけても忘れることはできないよ」


「軽はずみな行動のせいで、幸恵さんに一生の傷を・・・・・・」


 深いことを考えることなく、幸恵に抱きついてしまった。あまりに短絡すぎる行動をしたことに、無性に苛立ってしまった。


「無口君を非難しているのではなく、痴漢男に対する感情だよ。みのりの前ではいえないけど、ものすごくよかったよ。あまりに心地よくて、よだれをたらしそうになっていたもの」


「気を遣ってくれているの?」


「さっきもいったけど、本心を偽るのは無理なんだよ。他の男に抱きつかれたとき、瞬時に痴漢と叫んでいたでしょう。顔も真っ青だったし、冷や汗も流れていた。体の血の流れも一時的にストップしたみたいだった」


 幸恵は頭を下げる。


「痴漢から救っていただき、本当にありがとうございました。おかげさまで、被害を最小限に食い止めることができたし、大学を退学せずに済みました」


「幸恵さん・・・・・・」


「無口君に助けてもらってなかったら、衝動的に自殺を図っていたところだよ。いくつになったとしても、命の恩人だよ」


 幸恵は鼻で息を吸った。


「無口君には、みのりがいる。どんなことがあっても、永久的についてきてくれるはずだよ」


 幸恵の言葉に小さく頷いた。


「高校時代のこともあるから、複雑な心境なんだ」


 初恋の女性が妻として近所に引っ越し、猛烈アタックをかけてきた過去を持つ。あんなことをされたら、おおきすぎるトラウマを抱えるのは必然。 


「なるほど。深すぎる愛に対して、トラウマを持っているんだね」


「ああ・・・・・・・」


「みのりは深いのは事実だけど、フリーの立場だよ。誰とも交際していないよ」


「ああ・・・・・・」


「無口君と破局してから、一カ月くらいはショックで寝込んでいたみたいなの。いろいろと励ましたけど、立ち直る気配を見せなかった」


「みのりさん・・・・・・」


 不器用すぎる男は、本能のままにある個所に視線を送っていた。。


「無口君は目を見ただけで、思考回路はすぐにわかるね」


「幸恵さん・・・・・・」


「心を許していない女性に同じことをしたら、一発レッドカードだよ。何かをしようとする前に、一呼吸を置く癖をつけようね」


「あ、ああ・・・・・・」


 幸恵はどういうわけか、こちらをハグしようとしていた。


「幸恵さん・・・・・・」


「無口君に注意したばかりなのに、同じことをしようするのはおかしいね。痴漢されたことで、おかしくなってしまったみたいだね」


 元に戻ったように見えても、闇は残り続けている。傷に対する思考回路は、人間共通なのかなと思った


「ちょっとだけでいいので、私のわがままを認めて。体を離すまでは、何もいわないで・・・・・・」


 幸恵は体を合わせたあと、おしりに手を当ててくる。


 5分くらいのハグのあと、幸恵は何かを惜しむように体を離した。


「ありがとう。そして・・・・・・」


 誤って抱きついてしまった女性からの意味深な言葉、不器用すぎる男であっても続きは察しがついた。

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