第12話

 <夕方/レッスン室>

「はぁっ、はぁ…………っ」

 ——仲間が怖いからじゃないのか?

 あぁ、そうだ。キセっちの言う通りだ。

 ボクはずっと怖かった。失敗する度に仲間の視線が、苛立ちの気配が、ボクを責める言葉が。

 どうしてできないのか、と自分自身でも腹を立て責めて許せなかった。

 あの頃のボクは暇さえあれば踊りを練習して、毎日毎日、休みの日も使って。でもミスは無くならなかった。それどころか簡単で今までは何でもなかったようなところで間違えて。

“SNOWフェス”に向けた公開オーディションで大失態を犯したのが決定打となったのだろう。

 ボクは連日の練習が祟り足を痛めていた。これまでは騙し騙しやっていたがとうに限界は来ていた。バランスを崩しながらパフォーマンスを続けるも酷い有様で、当然ながらオーディションには不合格。その時、とても恐ろしくて仲間の顔は見れなかった。

 その後、治療のため活動は一時休止。そして次に顔を合わせた時は解散の話になった。

「やっぱり動きが硬い。足なんて鉛なのかっていうくらい重い……」

 かれこれ二時間ほどぶっ通しで練習して身体は疲労を訴えていた。

「……今日はここまで、かな」

 体操着から制服に着替え鞄を持って部屋を出ると鍵をかける。

「あ」

「……え?」

 背後から声がして振り返ると、そこにはよく見知った後輩たちの姿があった。

「エイちゃん……。や、やっほ~。奇遇だね~。あ、そっかキミたちは初のユニット練習ってところかな~」

「……そう、ですね。古雪先輩はどうしてレッスン室に? もしかしてあの——」

「ボクちんもさ! たまには体動かさないとって思って。また兄さんから仕事の依頼されるかもしれないし。じゃ、もう帰るから、みんな頑張ってね、応援してるよ~」

 千歳は捲し立てるように喋ってその場を立ち去ろうとする。

「待って下さい! 聞きたいことが……」

「千歳くん……! 明日、待ってるから」

「…………」

 千歳は振り返らず足早に去って行った。


 <翌日放課後/視聴覚室>

「——よって、用意された衣装を着てライブを行ってもらう。その内容はこちらで決めて構わないと先方は仰っている。……媛咲、といったか。プロデューサーであるお前を中心に内容を決めてもらいたい」

「わ、わたわわわたしがですか!?」

 生徒会から仕事の依頼をされた”〒Trenddress”と千歳は、仕事内容についての説明を受けていた。

 そして、ルナから突然名指しされ香子は軽くパニックになる。

「もちろん、一人でという訳ではない。作曲コースの媛咲と……千歳、お前の力も貸してやって欲しい」

「……いいよ」

 これはルナちなりの配慮だ。ボクに裁量を与えて自分好みにカスタマイズしろ、っていうことだよね。

 皆、ボクのためにチャンスをくれてる。もう一度立てるように手を伸ばしてくれてる。

 ボクだって分かってる。いつまでも逃げ続けてはいられないって。

 だけどどこかでいつかは自然と傷が癒えてまたステージに立てるようになるって思ってた。あるいは運命的に救い出してくれる誰かが現れると期待してた。

 でもそれは違った。いつか、なんてものは来ない。待っていてもただ時間が過ぎていくだけで、自分自身は一歩も進まず周囲に置いていかれるばかりだ。

 ボクが仲間を怖がって遠ざけ続けている限り、ボクにアイドルとしての未来はない。

 このままこの課題と向き合わなければ活動実績が足りずに卒業もできない。

 ルナちは本当に優しいなぁ……。

 手芸部を辞めて動物愛護部なんてものに誘われるがまま入ってだらだらと過ごさせてくれた。心配性で時々お母さんかなって思う時もあるけど、無理強いはしないから居心地よくて甘えてた。

 だけど、これ以上は心配かけたくない。ルナち自身、大変な立場のはずなのに負担ばかりかけさせられない。

 キセっちもぶっきらぼうだけど心配してくれてるのは分かってる。

 だから、今この好機を逃したら多分、いや絶対に後悔すると思う。

 皆が手を差し伸べてくれてる。あとはボクがその手を取るだけなんだ。


<翌日/レッスン室>

 選曲が決まった、という連絡を受け“〒Trenddress”は先に歌の練習を始めることとなった。

「振りは千歳くんが考えるみたいだよ」

 先日、プロデューサーを引き受けた香子から進捗の報告が届く。

「……ねえ、それオレも何か手伝えたりしないかな?」

「じゃあ香子ちゃんに聞いてみよっか」

 ゆらがメッセージを送信してほどなくして通知音が鳴る。

「……返信が来た。『協力してもらえると助かります!』だって」

「……!」

「今、ちょうどレッスン室借りて集まってるから来ないか、ってさ」

「い、行く!」

 七緒はいそいそとタオルと飲み物を取る。

「ふふ。こっちのことは気にしないで行ってらっしゃい」

「振付、楽しみにしてる」

「二人ともありがとう! それじゃ、いってきまーす!」

 嵐が過ぎ去った後のように、扉が閉まると静寂に包まれる。

「ははは。七緒がいなくなると静かですね」

「だね。最近は楽しそうで、こうしてお互いのことを分かり合ってユニットも組めて本当に良かった。永翔くんのおかげだよ、ありがとう」

「いやいや! おれは何もしてないですから」

「ううん。七緒くんのこと肯定してくれて、友達に仲間になってくれた。今こうして生き生きとしてる七緒くんが見れて嬉しいんだ」

 七緒はきっと星名先輩と一緒にアイドルになれることが嬉しいんだと思う、なんて野暮なことは言わないでおくか。

「おれの方こそ、今すっごく楽しいので。ありがとうございます」

「ふふふ。そう言ってくれると嬉しいよ。これからもよろしね、永翔くん」

「こちらこそよろしくお願いします」

 二人は改まった態度が気恥ずかしくて思わず吹き出す。

「僕たちもそろそろ練習しよっか」

「はい!」


<数日後/レッスン室>

「♪~~~♪~~」

「——♪……~♪」

 防音性の高いレッスン室ではスピーカーで曲を流しても、思い切り歌唱しても外に漏れ聞こえることはない。

 ライブに向けて選曲と歌詞割り、振付が決まった。

 そして今、永翔、七緒、ゆら、千歳の四人での練習が本格化していた。

「……うん。さっきより良くなったね。それじゃあ次は——」

「ねぇ、千歳くん。そろそろ休憩にしない?」

「あ……、うん、そうだね。ごめん、忘れてた」

 かれこれ一時間以上は練習していた。千歳は平気そうでゆらも疲労の色が見えるほどではないが、永翔と七緒は肩で息をしていた。

 休憩に入るや否や永翔と七緒はその場にへたり込む。

「はぁぁぁ……。思ったよりハード……」

「ねー。オレ、体力には自信あったんだけどなぁ」

 永翔は壁を背もたれにし、七緒は手をつき足を伸ばして座っていた。

「二人ともお疲れ様。確かに詰め込み気味だったかもね。特に永翔くんは覚えることも多いし大変だよね。……これ、食べる?」

「……羊羹、ですか?」

 永翔は一口サイズに切り分けられた羊羹を不思議そうに見る。

「和菓子って運動後とかのおやつにいいんだよ」

「へぇ……、そうなんですね。じゃあ、一ついただきます」

 口の中で砂糖の食感と甘さが広がり幸せな気持ちになる。

「♪~~♪~~」

 そして、鏡と向かい合って振りの確認をする千歳に目を向ける。

「古雪先輩はすごいな……。まだあんなに動けるなんて」

「…………」

 ゆらはその様子を不安げに見つめる。

「…………ん。ユラち、何? あんまり見られると気が散るんだけど」

「ちょっとは休んだ方がいいと思って……」

「そんな心配そうにしないで。……ちゃんと休むから」

 永翔は身を起こし七緒の近くへ身を寄せる。

「なあ七緒。なんか古雪先輩、いつもと違うよね?」

「うーん。確かにカフェで相談乗ってもらった時に、なんだかのんびりした感じの人だなぁって思ったけど、実は案外真面目でストイックなタイプだったんだな、って思ったんだけど?」

「んー……。そうなのかな……?」

 そうかもしれないけど、それだけじゃないような気がする。今の古雪先輩は、どことなく冷たさを感じるんだけど……。

 でもだから何だって話だし、どうしたいのか自分でもよく分からない。

「…………なんだろ、この感じ」

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