第7話
<放課後/生徒会室>
永翔から逃げ回っていた七緒とその七緒を追って駆け回った永翔は、途中で雷鳴の如き大喝一声に打たれ生徒会室に連行されていた。
仁王立ちで二人を見下ろす女子生徒。おそらくはプロデューサーコース、もしくは作曲コースの三年生だと推測される。赤は三年生の学年色で、ネクタイや上靴などを見れば学年が分かる。
ネクタイを首元までキッチリと締めており生真面目そうな印象だ。
「”廊下は走らない”などとわざわざ校則に明記しなければ分からないか?」
「……イエ、ワカリマス」
あまりのおっかなさについ正座をし、話し方を忘れたようなたどたどしい日本語になる。
永翔の隣で七緒は沈黙を貫いていた。その横顔には諦念や罪の意識が感じられた。
「ルールとしてだけではない。貴様等、アイドルコースだろう? 怪我なぞすれば活動休止になるやもしれん、と分からぬわけでもあるまい」
「お、仰る通りです……」
「はあ……。まあ、反省はしているようだし二度とこのようなことがないように」
「はい……!」
「貴様も分かったな」
「……はい」
説教が終わるとさっさと追い出され、廊下に二人で並び立つ。
解放されても七緒は逃げ出す様子はなく、この機を逃さんと勇気を出して声を掛ける。
「七緒、さっきはごめん。しつこく追い回したせいで怒られちゃって」
「っ……! ちが、……う。オレが、……逃げたのが悪い」
か細い声で怯えるように言葉を紡ぐ。
「ううん、強引に話そうとしたのはおれだから。でも、どうしても七緒とは仲良くなりたいから。ちゃんと話がしたいんだ」
「…………」
七緒はカバンの持ち手をグッと握り締めて逡巡する。
その中には恐怖との葛藤だけではなく捨てきれない希望もあるのだろう。永翔は向き合おうとしていると分かって嬉しく思った。
「……大丈夫、怖がらないで。おれの趣味の話するだけだからさ」
「……分かった」
<屋上>
放課後の学園内は練習のため鏡張りの防音室に篭ったり、体力づくりのため校舎の周りを走ったり、所属の部活動や委員会で活動したりと賑やかだ。そんな中、屋上は人気がなく反響するものがないため内緒話にはもってこいだ。
裏山から吹き下ろす風に背を押されるように話を切り出す。
「ねえ、七緒。これ見てくれない?」
永翔は手の甲を向けたまま前へ差し出して見せる。
「え、これ…………。女性もののネイル、だよね?」
「……うん。おれが本当に好きなのはこういう可愛いネイルなんだって言ったら、どう思う?」
「どう、って……。別に、いいんじゃない。……オレもそれ、可愛いと思うし」
お互いに戸惑いながらも言葉を投げかけては受け止める。今までずっと閉ざしていた扉を、隠していた秘密の部屋を開けて見せようとしている。だからか、一歩が慎重でぎこちない。
「そっか、……よかった。そう言ってくれて嬉しいよ」
「……思ったこと言っただけ」
「そうだとしても。自分が好きなものを周りが理解してくれるとは限らないじゃん?」
「それは、まあ……」
これまでどこか冷たかった七緒の声音が少し柔らかくなったような気がした。それでも、まだ一定の距離感を保ったままで警戒しているような、様子を窺っているような感じだった。
「おれは期待するのを辞めたよ。友達にも、家族にも。それを言わないことで関係が壊れないなら言う必要はないし」
「…………じゃあ、なんでオレに言ったの。もう友達なんて言えない、最低な奴でしょ」
「だってさ、ズルいんだもん。七緒には星名先輩みたいな理解者がいるのが、好きなものを好きって言える人が近くにいることがさ」
「な……、んで。ゆら兄のこと知ってるの……?」
「一年の教室まで来て、七緒のこと探してたんだよ。ほら、電話かかってきたでしょ?」
「あぁ、あの時……」
「そう、その時に七緒のこと少し教えてもらったんだ。それで、羨ましいと思ったよ」
「え……?」
「おれにはそんな人いなかった。ありのままを受け入れてくれる人なんて、さ。…………でも、七緒ならおれの気持ち分かってくれるでしょ? おれの好きなものを否定しないでいてくれるでしょ? 七緒にとっての星名先輩がそうであるように、おれにとっての理解者になってよ」
「そ、そんなこと言われても……。オレなんか……」
「って、言ってやろうと思ってたのに。あはは……っ。今日一日、これを付けて過ごしたけど全然おれの思ったようなことは言われなかった」
七緒は永翔の態度が一変し唖然とする。
「少なくともここでは単なる個性でしかないんだって思い知ったよ。だから、七緒も大丈夫だよ。…………すっごく似合ってたし」
「ちなみに、どこまで知ってるの」
「うーんと、レディース含めておしゃれが好きってことくらいだよ」
「ふーん。まあ、その認識で合ってるけど。オレは別に女装が好きってわけじゃないから。かっこいいもかわいいも好きで、それがメンズファッションだけにこだわってないってだけ。それを分かってくれたのはお姉ちゃんとゆら兄、……永翔くんだけだけど」
永翔は自身を理解者として認め受け入れてくれて、曇り空が晴れたように表情が明るくなった。
「な、何。嬉しそうな顔して」
「だって、初めてなんだもん。自分の本当に好きなこと分かってくれる友達ができるの」
「友達……?」
「違うとか言わないでよ? おれは七緒と友達になりたいんだからさ」
「い、いいの? だってオレ……」
「いいから言ってる。でも、素っ気なくされるの寂しいからもう勘弁な」
「もうそんなことしないよ。……ありがとう、永翔くん」
周りを拒絶し暗闇に閉じ籠っていた七緒の心に光が差し込む。冷たく諦観に染まっていた顔も、朗らかな本来の七緒に戻っていた。
「……そうだ、星名先輩に連絡しないと、……って連絡来てたんだ。生徒会で説教されてる頃かな」
永翔はチャットで現在屋上にいること、七緒と和解できたことを報告する。
「ゆら兄の話って何か聞いてる……?」
「ううん、特には……。おれの話ばっか聞いてもらっちゃったから」
七緒はしょんぼりとして不安げな様子だった。
「……何があったのか聞いてもいい?」
「……我ながら子供っぽいなって思うんだけど、一緒にアイドルやろうっていう昔の約束を真に受けて、勝手に裏切られたみたいな気持ちになって拗ねてたんだ。ゆら兄はもう自分の道を歩いてるのに。だから、我儘言わずにちゃんと応援してオレも自分の道を行かないと——」
「——七緒くん!」
勢いよく階段から屋上に続く扉が開かれると同時に大声で会話が遮られる。
「うわぁっ! びっくりした……、ってゆら兄!?」
「良かったまだいた……! 七緒くん、ちょっと話せる?」
「う、うん。えっと……」
「じゃあ、おれはこれで……」
「待って、永翔くんもここにいて」
永翔は退散しようとしたが七緒に呼び止められ、やや気まずさを感じながらも少し距離を置いて静観する。
「ゆら兄、こないだはごめん。我儘言って困らせたよね。でもオレ、応援するから。もう我儘言わないからさ、お互いにアイドル活動頑張ろうね」
「謝るのは僕の方だよ。ごめんね、七緒くんのこと傷つけちゃって。僕、自分勝手に抜けたら迷惑かも、誘ってもらったのに申し訳ないからって半端な気持ちでユニットに残ろうとした。でも、そんなのは先輩に見透かされてたんだと思う。それで考える時間と選択権を与えてもらった。千歳くんにも本当はどうしたいのか、その答えは出てるって言われた。……七緒くんとの約束は今でも覚えてるよ。実現できたらって夢を見てこの学校に入った。なのに、七緒くんを蔑ろにしていい加減な覚悟で”熱風”に残ろうとして。それはどちらにも失礼だって気づいた。だから、僕は決めたよ。”熱風”から脱退して七緒くんと一緒にアイドルをやるって。もう、”熱風”のリーダーの茅ヶ崎先輩には伝えたよ。脱退届にもサインした」
「えっ、え……? 嘘でしょ?」
「ううん、本当だよ。だから、一緒にアイドルになろう、七緒くん」
「え? ……えぇ?」
七緒は呆然と口を開いてただただ言葉にならない言葉を零していた。
「七緒、良かったじゃん! 星名先輩とやりたかったんでしょ、喜ぶところだよ?」
「ふぇっ、あっ、うん。もう、何が何だか分かんないよ……!」
戸惑いながらも徐々に口角が上がり、花が開くようにパッと咲き誇った。
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