第6話
<週明け/花舞学園>
「……そうか、わかった。お前がやりたいことをやれ、オレはそれを応援する。困ったことがあったら遠慮せずに相談しろよ」
「は、はい! ありがとうございます、茅ヶ崎先輩」
<放課後/一年一組>
——キーンコーンカーンコーン
「ねぇ、七緒——」
ガタン。
永翔は七緒に話しかけようとしたが、チャイムが鳴るや否や七緒は鞄を持って席を立ち教室を去ってしまった。
今日一日、明らかにずっと避けられていた。
朝はギリギリの登校で昼休みも教室にはおらず、話そうにも目すら合わないまま放課後を迎え今に至る。
心当たりがあるとすれば週末のショッピングモールのことだが、そもそも永翔自身あれが七緒だという確証を持っていなかった。しかし、七緒の様子を見るに当人である可能性が永翔の中で高まった。
如何な理由であれ、あんな姿をクラスメイトに見られるのは気まずいだろう。そう思って詮索はしないつもりだった。
ところが、まさかあからさまに避けられることになるとは思ってもみず、どうしたらいいかも分からず困惑するばかりであった。
「蝶野くん、桜くんと何かあったの……? 今日、ずっと様子が変だったけど」
「あぁ……。……うん。多分だけど見られたくないとこを見ちゃったから、だと思う。できればちゃんと話たいんだけど……」
「あの様子だと難しそうだね……。連絡先とか知らないの?」
「それが知らないんだよね……」
「それじゃあ、僕の方から伝えてみようか?」
「それは流石に…………。いや、お願いします」
おれを避けている以上、おれから行くのは逆効果になりそうだし、まず取り合ってくれないからどうしようもない。けど、紫月くんの話なら聞いてくれるかもしれない。
「うん、任せて。それじゃあ、また明日」
「じゃあね」
正直、おれもネイルの趣味は人にあまり知られたくない。もしバレたらきっと奇異の目で見られる恐怖に駆られると思う。そして何を言われるか怖くて話せない……。
……そうか。七緒はそういう気持ちなのかもしれない。
永翔の中でその仮説が腑に落ちた。
「わわっ、すみません」
「いえ、こちらこそ…………って、あなたは確か”熱風”の……」
ドア先で中を覗き込もうとしたゆらと、出て行こうとする紫月がぶつかりそうになる。
「あ、うん。星名ゆらです。君は高崎くんとよく一緒にいた、作曲コースの子だよね?」
「はい、佐野紫月といいます。今は作曲コースではなくアイドルコースに転科したんですけどね。……それより、一年一組に用ですか? 誰か探してたりします?」
「同い年だし敬語はよしてよ。えっと、一年生の桜七緒くんを探してるんだけど、どこのクラスか分かる?」
この会話は少し離れたところにいる永翔にも聞こえた。
「あの! 七緒のお知合いですか?」
「えっ、う、うん」
勢いよく迫りくる永翔に気圧されるゆら。
そんな様子を見て永翔もハッと我に返る。
「す、すみません、いきなり……」
「ううん、大丈夫だよ。七緒くんのお友達かな?」
「……はい。なんか避けられてて、話をしたいんですけど連絡先も知らなくて……」
「……そうだったんだ。連絡先は知ってるし僕も話があるから呼び出してみるよ、えぇと……、君の名前を教えて貰ってもいい?」
「蝶野永翔です」
「ありがとう、僕は星名ゆらです。永翔くん、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人が協力することになり手持ち無沙汰となった紫月は別れを告げ帰路につく。
ゆらは紫月の背中を見送った後、鞄からスマホを取り出し七緒に電話を掛ける。
「あ、もしもし、七緒くん。……うん、そう。話したいことがあって。今から会って話せないかな? …………ほんと!? あとね、一年一組で永翔くんと知り合って話したいって、…………ちょ、七緒くん? 七緒くん!」
最初は良い感じに話が進んでいそうだったが、最後の方はゆらは慌てた様子で七緒に呼びかけるも電話を切られたらしく、スマホを耳から離して画面をタップする。
「あの……、どうでした?」
不穏な予感がしつつも仔細について尋ねる。
「うーん、来てくれそうな感じはしたんだけどね……。なんだか永翔くんの名前を聞いた途端、様子が変だったな……。ちなみに二人が喧嘩? してる理由って聞いてもいい?」
「はい……、実は——」
永翔は週末のショッピングモールで見たスカート姿の人物が七緒に似ていると思ったこと、今日の様子から本当にそうだったと推測していることを話した。
「そうだったんだ……。でも、永翔くんの言う通り、七緒くんの可能性は高いと思うよ。だって、七緒くんおしゃれが好きだから」
「おしゃれが……?」
「うん。七緒くんの場合、女性ものも含まれているんだ。けど、だからこそ理解してくれる人が少なくて、多分、永翔くんには知られたくない、怖いって思ったんだろうね。ううん、永翔くんに限らず他の誰も自分の趣味は理解されないと思ってる」
「……ふぅん」
それを聞いて腑に落ちた。自分が好きなものを周りが理解してくれない。その辛さや恥ずかしさ、嫌悪感は痛い程分かる。
だって、自分もそうだから。
男性アイドルに惹かれるのも、可愛らしいネイルをするのが好きなのも、誰かに理解を求めようとはしなかった。
なぜなら、相手がそれを理解し受け入れてくれるとは思わなかったから。
「先輩はおれがこんな黒ネイルじゃなくて、ほんとはピンクにラメやストーンなんかで飾った可愛いやつが好きって言ったらどう思いますか」
「……何も思わないよ」
「ふ……、そうですか。でも、おれも同じです。……いや、同じではないですね。だってあの時、おれは似合ってるって思ったんで」
ゆらは永翔の言葉を聞いて笑みを零す。
「それ、七緒くんに言ってあげて。絶対、喜ぶから」
永翔ははい、と短く返し、二人はさてどうしたものかと頭を悩ませる。
明日、改めてゆらが連絡を試みるとして、それでも駄目だったら。手紙か何かで伝えるか、他の誰かに仲介してもらうかなど、案を出し合いこの日は帰路につく。
別れ際に思い出したように連絡先を交換しそれぞれの帰り道に分かれる。
永翔は寮に真っ直ぐ帰らず駅前の雑貨店に寄ってとあるものを購入してから帰った。
<翌朝/一年一組>
再度、ゆらが電話を掛けるという作戦は失敗に終わったという連絡が入っていたのに気づいたのは、登校し自席でスマホを見た時だった。
七緒はやはり遅刻ギリギリの時間に登校し、話しかける暇も隙もなかった。
仕方ない、他の方法を用いるしかない。とはいえ、これは単純で強引な方法だ。それも怒っているわけでも嫌われたわけでもなく、ただ恐れているだけだと分かっているから使える手法だ。
絶対、閉じこもっているその殻を抉じ開けてやる……!
永翔は授業の合間の休憩時間やグループワークのような話せる空気になった時、積極的に話しかけた。初めは素っ気ない態度だったが、回数を重ねるごとに苛立ちを含んだ声色で突っ撥ねられる。
昼休みはチャイムが鳴ると同時に、あっという間に教室を出て行ってしまい声を掛け損ねた。
紫月に心配されてしまったが、永翔は話しさえできれば誤解を解ければきっと避けたりしないと思っていた。
<放課後/一年一組>
一日の授業の終わりを、放課後の始まりを告げるチャイムを待ちわびながらも、その瞬間に動き出せるよう神経をとがらせていた。
——キーンコーンカーンコーン
「……っ!」
同時に二人が立ち上がり教室後方へ向かう。
七緒よりも廊下に近い列に席がある永翔は、最後列の席の後ろを通ってドアへ向かおうとする七緒の前に立ちはだかる。
「七緒、話がしたい」
「オレは話すことなんてない」
「おれが七緒に聞いて欲しいんだ。お願い、少しでもいいから聞いて」
「嫌だ、聞きたくない。どいて」
七緒は永翔を押し退けてまたしても逃げるように教室を出る。それでいつもは見逃していた永翔だったが、今回ばかりは引き下がらなかった。
「待って!」
押し退けられた反動で一歩出遅れたため小走りでその後を追う。それを見た七緒は一気に駆け出す。
「あ、ちょ……、待ってよ!」
他のクラスから生徒が流れ出していて見失わないためにも走って追うしかなかった。しかし、人を避けながらで思うように距離が縮まらない。それなのに七緒は鞄を持ったまま軽快に避けていた。
何クラスか通り過ぎると様子を察して他の生徒の方が避けるように道が開ける。おかげで見失わず追いかけられた。
廊下の突き当たりまで来ると階段がありそこを降りていく。最後の四、五段は一気に飛び降りて数メートル差まで詰める。
「七緒!」
「しつこい! 嫌だって言ったよね」
「一度だけでいいから。話して、それでも嫌だって言うなら、もう諦めるから」
「……聞きたくない」
一階まで下りきると再び廊下を駆ける。
「……貴様等! 廊下を走るな!」
二人の背後から叱責する声が聞こえるが足を止めない。永翔は心苦しく思いながらも七緒を捕まえるため聞かなかったことにする。
「その二人ッ、止まりなさい!!!」
「ヒッ……!?」
雷鳴のような怒号に思わず二人とも足を止め振り返る。
声の主は四角い縁の眼鏡に頭の高いところからポニーテールを垂らした女子生徒だった。
「貴様等、生徒会室に来い。いいな?」
「「…………ハイ」」
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