第8話
<翌朝/昇降口>
入学してまだ二週目、花々も健やかに咲き乱れる時節に心も春うららな永翔は、鼻歌交じりに学校に登校してくる。
「おはよう、蝶野くん。昨日は――、その様子だと上手くいったみたいだね」
「紫月くん、おはよう。うん、ちゃんと話せて仲直りできたんだ~! 心配かけてごめんね」
紫月は既に登校した上でたくさんポスターを抱えて何か仕事しているようだったが、永翔を見かけ立ち止まって声を掛ける。
「ううん。仲直りできて良かったね。……っと、もう行かないと」
「それ何運んでるの? じきに予鈴もなるだろうし手伝おうか?」
「ありがとう。でも大丈夫だよ……、わっとと!」
「うわぁっ!?」
両腕ぎりぎりで支えていたが、一つ落ちると他も次々に滑り落ち散乱してしまった。
「おれも手伝うから、ちゃちゃっと終わらせよ」
「ごめん、ありがとう」
両手が塞がって落ちたポスターを拾えない紫月の代わりに永翔がそれらを拾い抱えて運ぶ。
「ところで、これって何のポスターなの?」
「これは”公開オーディション”の告知と募集のためのポスターだよ」
「”公開オーディション”……?」
初めて聞く単語に永翔は首を傾げる。
「毎年、二回行われる一大イベントだよ。それぞれ夏の祭典、通称”SUN(サン)フェス”と冬の祭典、通称”SNOWフェス”の出演枠を賭けるんだ」
「へぇ……」
トプドルがリリースされたものの碌にプレイできず、キャラについてもイベントについても知識がないため、毎度発見と驚きの連続だ。
ゲーム世界への転生ものって大抵ゲーム内情報を持ってるものだと思うけど……。
「でも人手が足りなくて……。蝶野くんも生徒会に興味があったらぜひ! 大歓迎だからね!」
「う、うん……! カンガエトキマス」
あまりの勢いについ反射的に答えてしまう。
氷見先輩もそんなこと言ってたなあ……。手伝いたい気持ちもあるけど、アイドル活動や部活動に加えて生徒会も、なんて両立できる気がしない。
「そう言えば、蝶野くんはまだユニットに所属したりしてないの?」
「いや、それが昨日七緒と七緒を探してた先輩と一緒にユニットを組むことになったんだ」
「へぇ、そうなんだ! おめでとう! ユニット名とかも考えてるの?」
「ううん。そういう具体的なことはまだ全然」
「そっか。でもいいなぁ、皆で走り出していく感じ。どんなユニットになるのか楽しみにしてる」
「ありがとう。そういう紫月はどうなの?」
「あー、……とりあえずはソロ、かな」
どことなく歯切れが悪い。
紫月くんは高崎陽真くんと”Reversible”というユニットを結成している設定だったはず。けど二人の学年といい、未だ不登校の高崎陽真といい、ゲームとは状況が微妙に異なっているらしい。
なぜ知っているゲーム世界から差異が生じているのかは、なぜ永翔がこの世界にいるのかという疑問同様に、証明のしようも説明もつかないことである。ましてやストーリー未読では本来のあるべき状態も分からないため、何をどうするのが正解かも判然としない。
全て手探りで未来を手繰り寄せるほかない。そもそも再現あるいは軌道修正して進むべき筋道が存在するのかも謎であるが。
二人は校内の各所にある掲示板にポスターを無事に張り終えた。
<同日放課後/三年一組>
永翔はとある人物に会うため三年生の教室を訪れていた。遠慮がちに教室の後ろの出入り口から顔を覗かせる。
「お、蝶野じゃないか! どうしたんだ、三年生に用があるのか?」
「わっ! びっくりした……。茅ヶ崎先輩、脅かさないでください」
背後から大きな声で呼びかけられ心臓が浮き上がったようになる。
「悪い悪い。それで三年の教室だが誰か探してるのか?」
「えっと、古雪先輩に話があるんですけどクラスを知らなくて」
「ああ、古雪なら一組だぞ。ほら窓際の一番後ろの席にいるだろう?」
目を向けた先で千歳は帰り支度をしているところだった。
「あ、ほんとだ。先輩、ありがとうございます」
「どういたしまして!」
永翔はお礼を言うと千歳の下へ駆け寄っていく。
「…………良かったな、古雪」
それは誰にも聞こえることなく独りごちて消える。
「古雪先輩!」
「ん~? あ、エイちゃんだ、やっほ~。どうしたの?」
「あの、かくかくしかじかで、おれたちユニットを組むことになって。それで、古雪先輩にも入って欲しいんです。お願いします、おれたちとユニットを組んでもらえませんか……!」
意気軒昂と勧誘する永翔に対して、千歳は目を伏せて答える。
「ごめん。そのお願いは叶えてあげられない」
「え……? ど、どうしてですか」
「…………ボクちんは、もうステージに立てないから」
「……? それはどういう……」
「そのままの意味。ボクちんはアイドルとして価値はない。だから諦めて」
「え……」
永翔が困惑して唖然としている間に、千歳は教室を出てしまう。
「あ、ま、待ってください……!」
後を追って永翔も教室を出たが、既に行き交う人の波に紛れてしまっていた。
<同日放課後/フラワーカフェ>
七緒とゆらは永翔を待っている間、先にユニットの活動方針などについて話し合っていた。
「やっぱりまずはユニット名、だよね!」
「それも大事だけど、どんなユニットにするか考えないと」
「どんなユニット……?」
「うん。例えば僕が前に所属していた”熱風”は、みんなで熱く楽しく盛り上がる感じのユニットだったんだ。だから曲はアップテンポで、お客さんを煽るパフォーマンスも多い。お客さんに近い距離感で一体となって盛り上がれるのが特徴的な、世間に売り出しているイメージになってる」
「ふぅん、なるほど……。じゃあオレたちはどんなユニットになるんだろう?」
七緒はフルーツタルトを頬張りながら自分とゆらと永翔の共通点は何だろう、と考えていた。ゆらとはお互いアイドル好きだったのがきっかけで仲良くなった経緯があり、今も変わらないところだ。しかし、永翔はまだ知り合ったばかりでネイルが好きということしか知らない。
「……七緒くんは僕とどんなアイドルになろうって思ってたの?」
「昔、一緒に見てたあの二人みたいになれたら、って思ってた」
「思ってた? 今は違うの?」
「うん。オレたちはあの二人じゃないから。憧れはするけどなるのは違うかなって」
「そっか。確かにあの二人は大人っぽいもんね」
「え~、それオレが子供っぽく見えるってこと?」
「違う違う! 七緒くんはセクシーとかクールよりも可愛いって感じのイメージが似合うってこと」
七緒はわざとらしく頬を膨らませ、ゆらは兄のように宥める。
いつかもあったような懐かしいやり取りに自然と笑みが零れる。
「可愛い、か。永翔もそういう感じ似合うかも」
「うん、そうだね。でも永翔くんはどんな感じでもイメージできるなあ」
「あ、わかる。こないだショッピングモールでやってたコスメイベで見た永翔、すっごくカッコ良くて! 透明感がある、っていうか。なんかもう永翔の可愛い感じどこ!? って感じで——」
「へぇー、そんな風に思ってたんだ~」
「えええ、永翔!??」
七緒のあまりの動揺っぷりに永翔とゆらは思いっきり吹き出す。
「あはははっ! 驚きすぎ!」
「う~、本人に聞かれるとか恥ずぅ……」
七緒は俯き両手で顔を隠しているがヘアピンで髪が後ろへ払われ、露わになっている左耳は真っ赤だった。
「正直、嬉しいよ。あの時は必死で上手くできてたか不安だったから」
「…………まあ、表情は硬かったけどね」
「う……。で、でも初めてにしては頑張ったでしょ?」
「うん。一年生で入学早々、仕事できるなんて凄いよ。羨ましい」
「ユニットで活動を始めたら皆でいろんな仕事もできるようになると思うよ」
「うん、そうだね! だからまずはユニット名、考えよ!」
七緒は張り切った様子でアイドルとしての未来に胸を膨らませる。
「あ、その前に。今日は遅れてごめんなさい」
「ううん、それは別にいいんだけど。…………あれ、だよね。どうだったの?」
ゆらはきちんと頭を下げて謝罪しようとする永翔を制止して、その結果について尋ねる。
「それが、断られちゃって……。本当は今日、顔合わせできたらって思ったんですけど」
「そうだったんだね。ちなみに永翔くんが誘ったのって誰だったの?」
この三人でユニットを結成しよう、ということで一度まとまった話だったが、永翔はそこに待ったをかけ、とある人物を加えた四人での結成を提案していた。
しかし、その人物は二人にはまだ知らされていなかった。
「例のコスメイベントの仕事に誘ってくれた、三年生の古雪千歳先輩です」
「え…………!?」
「知ってるんですか?」
「う、うん。だって千歳くん、元手芸部だから」
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