第4話
昼休み以降、七緒の様子はおかしかった。
泣いた跡があり表情も明るく見えてどこか無理をしている感じがした。何かあったのかと尋ねてもはぐらかされてしまう。出会ってまだ二日目で何も知らないし、深くは踏み込んでいけない。気にはなるけど人の心配ばかりしてもいられない。
永翔は意識を週末にある千歳とのコスメイベントの仕事に向けた。
<放課後/二年一組>
ゆらは昼休みにあった出来事が頭から離れず授業に集中できなかった。放課後になって部活動があるにもかかわらず重い腰が上がらなかった。
「はぁ……」
「ユラち~、いる?」
教室の出入り口から顔を覗かせゆらを呼ぶ人物。
声と呼び名で誰かは分かっていたが、誰かと話したい気分でもなく徐に振り向く。
「あ、いた~。やっほー、ユラち…………どうした~?」
「ちょっといろいろあって。千歳くんはなんでこんなところに?」
おっとりとマイペースだが人の感情に敏く、瞬時に気付かれる。隠そうとしても意味がないのでゆらは隠しもしなかったが。
「ちょっと頼みごとがあってさ~。この衣装に合うアクセサリーを繕ってほしいんだ」
そう言って千歳はスマホの画面を見せる。
千歳が被写体となった写真で、春らしいパステルカラーの衣装を纏っている。
「千歳くん、自分で作れるでしょう? それにこの衣装、仕事の?」
「うん、週末にうちのとこのコスメイベントがあってさ~。その関係で時間とれなくて」
「でも別にわざわざアクセサリーつけなくても……」
「そうなんだけど、シンプルなデザインの衣装だからパッとしないんだよね~。だから顔に目がいくような感じで何かほしいな~って思って。あと二人で仕事するからその子の分もお願い」
「えっ、他の人となんて珍しいね……?」
「一年生なんだけど、裏表がなさそうな子だったから大丈夫、だと思う」
「そっか……」
「ね~、お願い」
ゆらは黙って考え込む。
「なんか悩んでるみたいだけど話を聞こっか~? で、その代わりにアクセ作ってよ。それならいいでしょ~?」
「……うーん、でも」
ゆらは明らかに悩み困っている様子だったが相談するのを躊躇っていた。
「思ったよりも深刻そうだね。尚更、話しちゃった方がいいんじゃない? ユラちには前に迷惑かけたし、話くらい聞くよ?」
「……うん、ありがとう。じゃあ聞いてもらおうかな」
<弓道場横>
二人は教室を出て弓道場横にあるウサギ小屋へとやってくる。
「ユラち、はいこれ」
千歳は小屋を囲む柵の中へとゆらを招き野菜の入ったタッパーを渡すと、小屋からウサギを外に出す。
「わっ……!」
餌を見てウサギがゆらの足元に集まってくる。
「動物と触れ合ってると癒されるよ~」
ゆらはタッパーから野菜を取り出し、一匹一匹に一つずつ食べさせる。
「うん、かわいいね」
張り詰めていたゆらの表情も少し和らぐ。
「あのね、千歳くん。実は——」
昼休み、七緒とあったことを話す。
「……そっか。期待を裏切る、みたいな感じになったから申し訳なくなったんだね」
「それもあるけど……。その会話、茅ヶ崎先輩が偶然聞いてて、『もし抜けたいのなら止めない。半ば強引に誘ってしまったからな。お前の意思を尊重する。お前はどうしたい?』って言われてどうしようって迷った。どちらかを、選べなかった」
「…………。ユラち、”熱風”でアイドルやるの楽しい?」
「え……? う、うん」
「じゃあ、約束した子とアイドルやりたい?」
「そ、れは……」
「…………」
問われて気付いた。
どちらも、なんて。
欲張りで傲慢な考えだと思った。それはどちらに対しても失礼である、と。
「気づいてないの? 答えは出てるみたいだよ。そもそも悩むくらいなんだから、それだけ大事なことなんでしょ」
「……え?」
ゆら自身、その答えに全く自覚がなかった。
「でも、そうする勇気がないから、本当の気持ちを見て見ぬふりしてるだけ。……じゃなきゃ、これまで活動してきた居場所と絆、未来を、手放そうとは思わないよ」
ゆらは返す言葉がなく俯く。中途半端な気持ちで七緒を傷つけ、遊大に気を遣わせたことに申し訳なさと不甲斐なさを感じる。
覚悟を決めなければ、そう思った。
「…………ありがとう、千歳くん。一人で、ちゃんと考えるよ」
そう言ってゆらは立ち上がると、タッパーを千歳に返し
「そうだ、ユラち。忘れてるかもしれないけどアクセサリー、ボクちんに似合うの作ってね~」
「うん、任せて」
千歳は去っていくゆらの背中を見送る。その姿は少し逞しく見えた。
「……ボクなんかが偉そうに何言ってんだか」
<夕方/七緒の部屋>
七緒は自室のベッドでクッションを抱えて
「…………はぁ」
期待を裏切られたショックとその幼稚さに自己嫌悪でいっぱいになっていた。
あんな子供の頃の約束を真に受けて、勝手に信じて勝手に裏切られたような気になって落ち込んで……。馬鹿みたいだ。
ゆら兄とは小学校が同じで家も近所で、兄弟のような関係だった。
学年は違ったけど気が合ったから居心地が良くてよく会いに行った。同学年には気を許せる友達もいなかったから。
ゆら兄に勧められてバラエティやドラマ、歌番組に出るアイドルを見ては憧れ夢を見て口約束もした。
それはオレにとって本気で叶えたい夢だった。でもゆら兄にとってはそうじゃなかった。
そりゃあそうだ。ゆら兄はオレとアイドルをやることが目的じゃないだろうから。ユニットに入って一歩ずつ夢に近づいていってる。だからそんなゆら兄をオレの我儘で邪魔をしちゃだめだ。
それは分かってる。
でも、それじゃあオレはどうすればいい? なにをすればいいの……?
<夜/カフェ『かもみ~る』>
永翔は夕食を食べに学生寮の一階にあるカフェを訪れていた。夕食どきなこともあってビュッフェ台に寮生が詰めかけていた。
ここで生活する寮生の食を一手に担うこのカフェではビュッフェ形式が採用され、日替わりで様々な料理が提供される。食事どき以外で利用する場合はカウンターで直接注文する。
絶賛成長期の少年たちがお腹を空かせているため今、厨房は大わらわだろう。
寮生たちを見ると制服から着替えている人もいれば、練習終わりにそのまま来たのか荷物を携えて制服のままやってくる人もいた。
永翔は特に予定もなかったためそのまま帰ってきて私物を確認していた。
持ち物のデザインや趣味・趣向は前世の自分とよく似ていた。特に女性もののネイルカラーやパーツを見つけた時は、前世では周囲の目を恐れ購入を断念していたため心が躍った。
それでも実際にネイルをする勇気はなく引き出しの中にしまい込んだ。
いくら校則で禁じられていないとはいえ、ネイルが趣味の男は少ないだろう。
七緒や寮生の何人かは褒めてくれたが、本当に好きなネイルをすれば彼らもさすがに気持ち悪いと思うかもしれない。
寮生と言えば昨晩、新入生歓迎会を開いてもらい何人かと話をしたが、入寮が遅かったせいかコミュニティに入り損ねていた。
一年生もいたがあまり話せなかった。寮の中ではまだアウェイな感じで落ち着かないため知り合っておきたかった。
「……蝶野? どうした、こんなところで突っ立って」
「うひゃっ!?」
背後から声を掛けられ素っ頓狂な声が出る。
「ひ、氷見先輩……?」
「む……。悪い、驚かせたか」
「いえいえ! すみません、邪魔になってましたよね?」
「いや、そんなことはないが……、何か悩んでいたのか?」
「悩みってほどでもないんですけど、自分浮いているなーと思って……」
「まあ、まだ日が浅いから仕方ないだろう。徐々に慣れていけばいい」
「はい、ありがとうございます。……あの、良ければ一緒に食べませんか? 一人というのも味気ないので」
ルナに関しては最初こそ完全無欠な感じがして近寄りがたかったが、千歳との会話では子供に手を焼く父親のようで親しみやすさを感じていた。
「ああ、構わない」
二人は自由に料理を取り空いている席へと移動する。
誘ってみたはいいものの何を話そうかと思考しているとルナが話を切り出す。
「週末の仕事は大丈夫そうか?」
「あー……。正直、不安です。素人だし初めてでどうすればいいのか……」
「そうだな……。お前にもできることと言えば、”堂々としていること”だな」
「堂々と……」
「不安は表に出すと見ている方も不安になる。緊張はするだろうが人を楽しませる存在だということを忘れるな」
確かに、今おれは自分のことだけを考えて、不安でいっぱいになって、お客さんからどう見えるのか考えていなかった。
今回の仕事は化粧品を紹介するためのマネキン役。顔を見られるわけだ。それが不安そうな顔だったらそれが気になってしまうだろう。
「そう心配するな。千歳はふわっとしているように見えるが、ソロでもユニットでも経験を積んでいるプロだ。フォローしてくれる、はずだ」
ん?? 最後のせいで不安になったんですけど!?
「そ、そうなんですね……。アドバイス、参考にします」
前半部分を頼りにしよう、うん……!
「そうだ。話は変わるんだが、生徒会に興味はないか?」
「え?」
「新入生の希望者が想定より少ないんだ。諸事情あって人手不足で困っていてな。もし委員会に所属していないのなら力を貸してほしい。入学早々でそんな余裕がないのは承知している。けれど少し検討してみてほしい」
改まった様子を見るに本当に困っているんだろうな。でも余裕がないのも確かで、正直答えはNOだけど……。
「……考えておきます」
って、なんで言ってしまうんだ……!
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