第3話

<同日の朝/生徒会室>

「このままでは卒業が危ういぞ。ちゃんと活動しろ。お前自身のために、それと彼のために」

「……ボクちんだって分かってるよ。それでも、舞台には立てない」


<一年一組>

 午前最後の授業が終わると、教室内の空気が緩み騒がしくなる。廊下もまた食堂などに向け人が往来する。

「七緒、紫月くん。お昼、一緒に食べない?」

「ごめん、オレは用事あるからパス!」

 七緒は急いだ様子で教室を後にする。

「僕は大丈夫だよ。カフェに案内するね」

「うん、ありがとう」

 弁当を持参する人もいるが多くの生徒は”フラワーカフェ”という名の、いわゆる食堂へと集まる。

 紫月は道中、永翔に教室の場所や近道などを教えた。

「あ、あそこって生徒会室?」

「うん、そうだよ」

「こっから行けばよかったのか~。なんか遠回りしちゃってたな」

 昨日、呼び出された時は下に降りてはまた上に昇ったりして辿り着くのに時間が掛かった。

「僕で良ければいつでも案内してあげるよ」

「助かるよ。別棟に分かれてるせいでややこしいんだよね……」

 現実の高校では普通教室と特別教室で棟を分けているだけのため覚えやすい。しかし、花舞学園は学科ごとに建物が異なり、さらに防音室を完備した棟や特別教室の棟にも分かれるため複雑に感じるのだ。

 いろいろと話しているうちに二人は”フラワーカフェ”に到着する。屋外のカフェテラスと屋内に座席があり、既に生徒達でごった返していた。

「うわぁ、凄い人……」

「カフェテラスは人気だからね。中はまだ空いてると思うよ」

 建物の方に入ると受付に列はできていたものの、座席には空きがちらほら確認できた。二階にも席はあるらしく、そちらの方がゆったりとしているからと料理を受け取った後、二人で二階席へと向かった。

「——無理なんだってばぁ」

「それなら最初から頼まなければいいでしょう?」

「だって、入ってるとは思わなかったんだもん……。ルナちん、お願い。これだけ食べてぇ」

 何やら聞き覚えのある声と名前が聞こえ思わず目を向ける。

「あれって……」

「氷見先輩と古雪先輩?」

「ん~……?」

 何か言い争っていたような様子の二人が永翔と紫月に気付き振り返る。

「サノっちだぁ。やほ~」

 ルナと食事をしていた紫色の長髪の人が紫月にひらひらと手を振った。ゆったりとしたマイペースな口調で、第一印象としてルナとは対照的なタイプに見えた。

「そっちの子は初めまして~」

 紫月に向けられていた視線が永翔に向き目が合う。永翔は両手で皿の乗ったトレイを持っていたため軽く会釈だけした。

「永翔くん、紹介するよ。こちらは三年生の古雪千歳先輩」

「ど、どうも。蝶野永翔です」

「エイちゃんだねぇ。よろしく~」

「エイ、ちゃん……?」

「いきなりあだ名をつけるな。困っているだろう」

 綿毛のようにふわふわフラフラと漂うようで掴みどころのない人だと思った。だが嫌な気はしない。

「嫌がってないからだいじょ~ぶ。キミたちも一緒に食べる?」

「じゃ、じゃあお邪魔します」

 成り行きで相席となり、永翔は千歳の隣に座る。

 ルナと千歳は一体どういう関係なのだろうか。見たところ二人は正反対に見えるが、仲は良さそうだ。

 千歳は無言で料理に入っている鶏肉をルナの皿へ次々放り込んでいる。当のルナは気にする様子もなくその鶏肉も食べている。

「ねぇ、二人はどういう関係なの~?」

 千歳は永翔と紫月に尋ねると紫月がそれに答える。

「クラスメイトなんです。僕、アイドルコースに転科したのでまた一年生からなんです」

「え、サノっちアイドルやるの? ……そっか」

 なんとも意味深な間とトーンだったが永翔にはその理由は分からなかった。確かにゲームの設定上は年齢が永翔の一つ上になるため、本来は二年生であるはずだ。しかし、ストーリーを読み進める前にこちらに来てしまったため事情を推測するのも難しい。

「佐野、何か仕事を見つけたらこいつも誘って行ってくれ」

「ルナちん! それは卑怯だよ。ルナちんに頼まれたら皆断れないじゃん」

「そうだな、なら自分で動くことだな」

「ひどいぃ! 鬼、悪魔、人でなし~!」

 親子喧嘩か何かだろうか? 不思議な二人だが息は合っているのは分かる。

「まあまあ……。古雪先輩も少しずつお仕事されているようですし……」

「サノっち~♪ 天使だぁ♪」

「……甘やかすな、全く。卒業が懸かっているんだからな。蝶野もアイドルとしての活動を怠るなよ。進級できなくなるからな」

「えっ、そうなんですか」

「そのうち担任から説明があると思うが、授業のほかにライブやイベントへの出演、校外の仕事などアイドルとしての活動実績も成績のうちだ」

 さすがはアイドルを育成する学校なだけある。でもつまりは、いずれステージに立たないといけないのか……。

「焦らずともこれから少しずつ積み重ねればいい」

「ちょっとぉ、ボクちんと態度違くない?」

「お前はもっと積極的に活動しろ」

「やってるよぉ~! 今度だってコスメイベントの仕事入ってるし」

「そうじゃなくてライブをやれと——」

「それは嫌!」

「……はぁ」

 このやり取りは日常的に行われているのか、ルナは半ば諦めているし、紫月も普通に食事を続けている。

「済まないな、騒がしくて——」

「あ~っ!」

「今度は何だ」

「エイちゃん、一緒にコスメイベントに出ない~?」

「え? ……ええっ!?」

「……ふむ。いいかもしれないな」

 ルナから困らせるな、などとツッコミが入るかと思いきや、案外賛成派だった。

「いや、おれ仕事なんて……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。素人でもできる簡単なお仕事だから♪」

 そんな怪しげな誘い文句言われても!?

「古雪がいるから安心して行って来い」

 氷見先輩まで!? 紫月くん……!

 助け船を求め紫月を見るもニッコリと笑みを返され味方なし。

「……は、はい」


<同時刻/二年一組>

 七緒は四限目の授業が終わると昼食の誘いも断って教室を出る。階下にある上級生の教室へ向かい、目的の人物を探して回る。

「…………あ、いた」

 その人物は数人のグループになって話していた。ちょうど昼食を食べに行くところなのか教室を出ようとして七緒と顔を合わせた。

「……え、七緒くん?」

「ゆら兄!」

「わっ!」

 七緒は満面の笑みで飛びつく。

「七緒くん、ここに入学したんだね……」

「うん! だって昔約束したから」

「…………っ」

 期待に満ちた様子の七緒に対して、ゆらは言葉を詰まらせた。

「おーい、星名?」

「あ、悪いけど先に行ってて」

 ゆらはクラスメイトと別れ七緒を連れて中庭へ向かった。

「ゆら兄、ごめんね」

「ううん、大丈夫だよ。それより久しぶりだね、元気だった?」

「うん! ゆら兄が引っ越して以来かな?」

「そうだね。ふふ、大きくなったね」

 そう言いながらゆらは七緒の頭を撫でる。

「もうっ! 子ども扱いしないでよ! 一つしか歳変わらないじゃん」

「あははっ、前も似たようなことを言ってたなあ。懐かしい。変わらないね、七緒くんは」

「何言ってんの~。ゆら兄こそ変わってないじゃん。てか本題に入らないと昼休み終わっちゃう。ゆら兄、一緒にアイドルやろう!」

「一緒に、ってユニットを組もうってことだよね……?」

「うん、そうだよ。前に約束したでしょ? 一緒にアイドルになろうって。オレ、ゆら兄とユニット組んで、一緒にステージに立ちたい」

「……ごめん。それはできない」

「…………え?」

 七緒の表情から笑みが消えた。

「ど、どうしてっ!」

「もう所属してるユニットがあるから、……ごめん」

 目に涙を溜める七緒の様子を見てゆらは目を伏せる。

「もし良かったら七緒くんも入る? リーダーに訊いてみるよ?」

「やめてっ! 他人ひとのユニットに入ったってどうせ馴染めないから」

「そんなことない! 皆いい人達だからきっと分かってもらえる」

 その瞬間、防波堤が決壊したように七緒の目から涙が溢れる。

「きっと? オレのことを理解してくれるのはっ、今も昔もゆら兄だけだ! なのに、それなのに……。……………ゆら兄にだけはそんな風に言われたくなかった」

「……七緒くん! 待って!」

 ゆらが七緒の背に語り掛けるもそのまま振り向かず走り去ってしまった。

「…………引き留めたってどうしようもないのに」

 先の七緒の言葉を反芻して、七緒がどんな気持ちだったかと想像しては自身の言葉の無神経さに罪悪感を募らせる。

 七緒くんは変わってない。変わったのは、僕だ。

「あー……、星名?」

 突然、背後から話しかけられビクリと身体を震わせる。ただし、聞き覚えのある声だった。

「茅ヶ崎先輩……?」

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