第2話

<生徒会室>

 入学初日、生徒会室に呼び出された。声の主は入学式で在校生代表として挨拶をしていた人──氷見ルナ……だと思われる。

 生徒会室に呼び出すということは生徒会の人なのだろうか。生徒を代表して挨拶をするくらいなのだからもしや生徒会長とか?

 ますます呼び出された理由が分からなかった。

 そして、生徒会室の場所もまだ知らないから廊下で会った先生などに聞いて十分かけて辿り着く。

 深呼吸して徐にドアをノックする。

「どうぞ」

「し、失礼します……」

 恐る恐るドアを開けると、秀麗眉目を体現したような人物、氷見ルナが永翔を迎えた。

「はじめまして、私は生徒会長の氷見ルナだ。式でも言ったが改めて入学おめでとう」

「ありがとうございます……」

 ルナの物静かな口調と所作にやや気圧され固い表情になる。

「こちらは三年生の茅ヶ崎遊大だ」

 そう言われ前髪を後ろで留めた男が一歩前へ歩み出る。

 見覚えのあるその顔はゲーム内で初期から登場する、”熱風”の茅ヶ崎遊大だ。

「はじめまして、新入生! オレは茅ヶ崎遊大だ。これからよろしくな!」

「は、はいぃ」

 そう言って遊大は握手を求め、永翔がおずおずと手を出すとその手をがっちり握った。

 彼が纏う空気は明るく、口調もはっきりとして快活な印象だ。ルナとは対照的にも見えた。

 一体この二人は何の用があって呼び出したのか皆目見当もつかなかった。

「あ、あのぉ……。おれ、どうして呼ばれたんでしょうか」

「ふむ、何も聞いていないか……。簡潔に言うと君を寮に案内するためだ。茅ヶ崎はその案内役だ」

 ルナは一瞬、眉を顰めたが緊張している永翔はその変化に気付かない。

「寮、ですか?」

「ああ、キミは諸事情により入寮が遅れたと聞いている。場所など分からないだろうから副寮長として、オレが案内役を務めることになったんだ。ちなみに氷見は寮長だ。何かあればオレ達を頼ってくれ」

「ありがとうございます」

 まだ状況はよく分からないが寮とやらで生活するということは、これからはそこに帰ればいいということか。良かった、路頭に迷わずに済んで。


<学生寮『Bloom House』>

 永翔は教室に鞄を取りに戻った後、校門で遊大と合流し学生寮へ向かう。

 学生寮は学園から少々離れた住宅地にあった。一見するとどこにでもあるようなオートロックマンションだ。

 専用の鍵と学生証を使って解除する仕組みとなっており、学生でも入寮していないと鍵は渡されないので入ることはできない。

 遊大の後に続いて建物内に入ると、エントランスホールが広がっていた。

 開放感ある高めの天井に温かみを感じるクリーム色の壁、明かりがキラキラと床に反射している。ソファーが並ぶラウンジや『かもみ~る』というカフェもあり、ホテルさながらの充実感だった。

「なかなか凄いだろう! セキュリティも設備も充実していて学生寮にしては豪華な感じだよな」

「はい、驚きました……!」

「まだまだこんなもんじゃないぞ♪」

 さらに案内は続き、二階には浴場やランドリールーム、地下にはレッスン室も完備されていた。各居住階には共有スペースがあり寛いだり、キッチンで自炊も可能だった。

 そしてこの寮にはアイドルコースの学生しかいない。それはアイドルという特殊な存在故の配慮だそうだ。この寮内ではアイドル達のプライベートが守られる。

「……とまあ、こんな感じだ。あと、注意してほしいのは入寮者以外の人間を招き入れないこと。学園の生徒であってもな。その辺結構厳しいから。破ったら氷見にものすんごぉい形相で怒られるから気をつけろ~」

「えっ……」

 あの綺麗な顔で怒られると迫力があって怖いだろうと思った。

 物腰は柔らかく感じたがピンと張り詰めたような空気も纏っていた。あまり笑うタイプではなく、静かに怒りそうだった。

「はははっ! 冗談だ! 驚かせすぎたか? まぁ実際、反省文書かされることもあるが、そんなおっかないやつじゃないから安心してくれ。ともかく、他にも決まりがあるからさっき渡したルールブックを確認しといてくれよ」

「はい、分かりました」

 正直、ルナには近寄りがたいオーラを感じていた。逆に遊大は明るく気さくで話しやすいと思った。

「じゃあ最後にお待ちかねのあそこに案内するぞ! ……どうした! テンション上がるとこだぞ?」

「なんだか、緊張してきました」

「あははは! ワクワクを通り越したか! これから生活する場所なんだから気楽にな。…………さあ、着いたぞ」

 遊大は鍵を取り出すと永翔に渡し、開けるよう促す。期待に胸を躍らせつつそっとドアを開ける。

「わぁっ……!」

 想像していたよりも広くホテルの一室のように洗練されたデザインだった。入って左手の壁沿いにベッドが二つ並び、反対側には勉強机が並ぶ。部屋の奥は段差で高くなっており、そこに畳が広がっていた。

「凄い……! 寮とは思えない」

「だろう? デザインは部屋にもよるが、練習や仕事の後にゆっくり休めそうでいい雰囲気だろ?」

「はい! これはテンションが上がりますね!」

「ああ、オレも最初の頃はうきうきしながら帰ってきたものだ!」

 戸先で部屋の内装についての話が盛り上がる。

「ちょっと、そこで何やって——って、茅ヶ崎先輩。なんか用ですか」

 振り返ると目鼻立ちがはっきりとしていて、耳に複数箇所ピアスを開けた人物が立っていた。

 あれって、もしかして浅葱唯!? 髪セットしてなくて雰囲気違うけど、たぶんそうだ……!

 浅葱唯はキャラデザが公開されているうちの一人で、”COLORS”というユニットに所属している。

「おお、浅葱。ちょうどいいところに! 紹介するな、こちら新入生でお前と同室になる蝶野永翔くんだ」

「はじめまして、蝶野永翔です。よろしくお願いします!」

「浅葱唯だ。よろしく」

 イメージ通りの淡白さ……! 作中では一番ストイックな人で、氷見ルナが才能の塊だとしたらこの人は努力の結晶のような人。運動着なのを見る辺り練習してたのかな。

「じゃ、俺風呂行くんで」

 唯はそう言って荷物を持ち替え、さっさと行ってしまった。

「相変わらず無駄がないな~。また戻ったら親睦を深めるといい」

「は、はい」

 一秒たりとも無駄にしないのもストイック故、なのか……?

 そして、遊大とはこの場で一度別れ、夕食では新入生歓迎会を開いてもらった。賑やかで皆親切で、始めはどうなるかと不安でしかなかったが、ゲーム世界を疑似体験しているみたいで楽しくなってきていた。

 現実で自分がどうなったかなんて考えたくなかった。だから、夢のようなこの世界をもう少し堪能したいと思った。


<翌朝/一年一組>

 一年一組の教室は昨日よりも賑やかになっていて、すでに七緒が登校していた。

「おはよう」

「おはよー!」

「おはよう、ございます」

 七緒のほかにもう一人から挨拶を返される。

「佐野紫月と言います——」

「へっ!? あ、えと、蝶野永翔です。よろしくお願いしますっ!」

 動揺して変な感じになっちゃった……。恥ずかしい! でも、”Reversible”の佐野紫月がなんでこんなところに!? 確か学年は一つ上になるはずなんだけど……。

「こちらこそよろしくお願いします。蝶野くん」

 推しユニの”Reversible”が二人とも同じクラスなんて……! もう一人の高崎陽真くんは昨日も今日も来ていないみたいだけど……。

「皆さーん、席に着いてください。HRを始めますよ」

 先生が来て各々の席に戻ると、次第に静かになる。

「これから配るのは入部届です。うちは部活動の参加が必須なので、なにかしら入るようにしてください」

 先生がそう言うとどこからか、どうしてかと疑問の声が上がる。

「それは皆さんに特技や趣味を持ってもらうためです。アイドルは歌や踊りも大事ですが、それはステージの上での話です。ラジオやTV、雑誌などのメディアでは皆さん自身の話をする必要があります。そこで披露できる特技を持ち、関連するエピソードを話すために部活動には積極的に参加してもらいます。なお、委員会については任意となります」

 教室は瞬く間にどこの部活に所属するかという話でざわつく。

「えー、どうしよう。永翔くんはどこにするか決めてるの?」

「うーん、バドミントン部があればいいなとは思うけど」

 もともとやってたしこっちでもできたらいいな。

「ありますよ、バドミントン部」

「えっ、ほんと!」

「ふぇっ!? 決まるの早いよ~。オレ、放送委員に入るのは決めてるのになあ」

「佐野くん……は、どこに入るか決めた?」

「僕は留年してるから既に入ってるんです、吹奏楽部に」

 そこで七緒はピタリと動きが止まり顔が青ざめる。

「……あれ? 先輩、ってこと? オレ、ずっと、ため口で…………。ご、ごめんなさい!」

「いいよいいよ! 同じ一年生だし、むしろそのまま気軽に接してください!」

「でも……!」

 お互いに頭を下げ合って気を遣い合う二人。一歩も譲らない姿勢は却ってまだるっこしい。

「じゃあ、紫月くんって呼んでいい? おれのことも永翔って呼んでいいからさ」

「は、はい」

「あとその敬語もなしっ。同じ一年生、でしょ?」

「そうですね。あっ、そうだね」

 その後は七緒も永翔に倣って対等な友達として態度を改める。話題は再び部活の話に戻る。

「オレもバドミントン部にしよっかなあ。ホントはダンス部が良かったけど~」

「へぇ、ダンスが得意なの?」

「うん! ちっちゃい頃から習ってたんだ♪」

「凄いな。僕はダンスは素人で……」

「安心して、おれもだから」

 こうして永翔と七緒は共にバドミントン部への入部が決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る