第一章 Butterfly and cherry blossom are dancing in the air
第1話
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「…………さ……、……よ……ます。……て、……の皆さん、ご入学おめでとうございます。本日——」
マイク越しに男性の木の幹のような、安心感のある穏やかな声音に揺り起こされる。
にゅうがく……?
思考が鈍く自分が今どこにいて何をしているのか考えられない。
「新入生の皆さん。これからあなた達は他の子達とは異なる高校生活を送ることになります。アイドルコースの皆さんは”アイドル”として歌い踊ってお客様を笑顔にする。最初は分からないことも多いでしょう。上手くいかず悩み苦しい時もあるでしょう。ですが、みなさんが抱いた夢を、この花舞に入学するという決意を思い出してください。そして、夢や希望を与える輝かしい存在となってください」
声のする方を見上げると、壇上で五十代くらいの男性が演説している様子が目に映った。そして、話している内容も聞けば小中高というステージを上がって行くたびに必ず発生するイベントそっくりだった。
しかし、妙なのは入学式なら先日終えたところだということだ。しかもそれから何日も経って……。
いや、さっきあの人は”アイドル”と言ったっけ? それに”花舞”というのも聞き覚えがある。
そう、リリースしたばかりのアイドル育成ゲームの舞台だ。
『トップ・オブ・アイドル』、通称——トプドル。
女性向けのスマートフォンゲームで、男子高校生のアイドル達をプロデューサーもしくは作曲家として育成する。
ただのスマホゲームのはずだ。
ところが、やけに没入感がある。というかリアルすぎる、一人称視点なんてアクションゲームの手法だろう。
一旦、戻りたい。
そう思ったが、ふとここで目覚める前の出来事が呼び起こされる。
生理的な恐怖が全身を走り身震いする。
目前に迫った車、今までに感じたことのない衝撃と身体が拉げる音。そして、熱さと激痛しか感じない地獄。
見たところ五体満足、痛みも全くない——。
「続きまして、在校生代表氷見ルナさんより歓迎の言葉をお送りします」
「……え?」
小さく零れた声は周囲の拍手により掻き消される。
氷見ルナ——それはトプドルに登場するアイドルの一人。冷静沈着な性格で透き通った歌声が魅力の、どこかミステリアスな雰囲気のキャラクターだ。
ビジュアルが発表された時、かなり話題になっていた。美しさとカッコ良さを兼ね備えており、大人気キャラとなること間違いなしと確信したものだ。
こうしてじっくり見ると本当に容姿がいい。アイドルなのだから当たり前かもしれないが、それでも完全無欠というかカリスマ的なオーラを感じた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して、皆さんの入学を心より歓迎いたします——」
うわぁ……、きれいな声。
品のある丁寧な口調ですらすらと挨拶の言葉を紡ぐ。
それを今の状況を差し置いて聞き入ってしまっていた。気づけば入学式が終わり、ぞろぞろとクラスへ向かって移動し始めていた。
戻り方も分からないし、とりあえず進めてみるか……。
これがゲームなのか現実なのか判然としないまま流れに身を任せた。
あ……。
HRまで時間に余裕があるらしいのでたまたま見つけたトイレに立ち寄る。
やはり私学なだけあって公立の学校より断然きれいだ。手洗い場にある鏡で自分の姿を確認する。
「へ……?」
全く知らない顔が映り唖然としてしまう。髪は日本人特有の黒ではなくベージュで、瞳もミントグリーンというどこか西洋風な顔立ちであった。童顔で可愛らしい印象があり現実のパッとしない容姿よりも好みであった。
「うそ……、可愛いんだけど……」
「ふふふっ」
「ふぇっ!?」
背後から笑い声が聞こえ心臓が跳ね上がった。何せ鏡と睨めっこしながら自身をあちこち見回していたのだから。
「あはははっ! 驚かせちゃってごめん。けどまじまじと鏡見ながら可愛いって言っちゃてて面白いなあ~」
「う……。み、見なかったことにしてもらえないかな」
「うんうん、ヒミツにしといてあげる! オレも可愛さには自信あるんだよね~」
そう言って彼は横に並び立ち鏡に二人の美少年の顔が映し出される。
彼の方は女の子のような可愛さであどけない印象がある。
どこからか櫛を取り出して念入りに整えている。軽く化粧もしているようで美意識の高さを感じる。
「よしっ。じゃあオレは行くね、ばいば~い♪」
「ば、ばいばーい……」
彼は嵐のように現れては去って行った。情報量の多さに若干脳がフリーズしかける。
……そうだ、名前。あの子知らないキャラだったんだよなあ。
リリース前に一通りキャラクターの情報は得ていたがそこにはいなかった。まだ登場していない可能性もあるが、モブという可能性もありうる。もしくはプロデューサーコースか作曲コースか。
そして他でもない自分自身も。
何か自身について分かる物はないかと制服のポケットを弄る。
ハンカチにポケットティッシュ、……あ。
ブレザーの内ポケットから固くて薄い、カードのような形状のものを取り出す。
『学生証——
顔写真もあり今しがた鏡で見た顔が描かれていた。蝶野永翔、それがこの自分の名前。
『アイドルコース』
所属学科はアイドルコース。ゲーム内では選択肢にない。
「…………」
おれは今、生きているのだろうか。
現実での記憶の最後。それは文字通り最期だ。
きっと戻るという選択は最初からない。
もう、戻る場所なんてない。
——キーンコーンカーンコーン
「……ふっ」
チャイムのメロディーはどこも同じか。
まだ完全に受け入れられてはいなかったが、何をどうすればいいのかも分からない。それならば、蝶野永翔として、花舞学園の一生徒として、ストーリーを進めるほかない。
クラス分けの張り紙を確認する。
高崎陽真!? PVでビジュアルが公開されてたキャラだ……! 同じクラスなんて……!
不安を期待で誤魔化しつつアイドルだらけの教室に足を踏み入れる。
<一年一組>
一年生特有の緊張感が漂い、各々距離感を探っている。中には端から一人の世界を築き上げている者もいるが。静かでそわそわとした空気はどうしても居心地の悪いものだが、それも今だけの話だ。
ホワイトボードに掲示された座席表から自分の席を確認する。
タ行の名前は中央列になりやすい。幸い、前の方ではなくちょうど真ん中あたりで内心ほっとする。
「……あっ」
席に向かうと斜め後ろの席に先ほど声を掛けられた生徒がいた。
「あ! さっきの子! 同じクラスだったんだね! オレ、桜
「おれは蝶野永翔。こちらこそよろしく、桜くん」
「七緒でいーよ♪ 永翔くんって呼んでいい?」
「もちろん」
七緒は気さくで人懐っこく、二人が打ち解けるのに時間は掛からなかった。
「ねえ、それネイル?」
「え? ……あぁ、うん」
言われて初めて黒ネイルをしていることに気付く。しかし、それは悟られまいと自然に振る舞う。
黒ネイル、か。確かにネイルは好きだけど、こういうが好きなわけじゃない。本当に好きなのは。
「ネイル、興味あるの?」
「うーん、ネイルっていうかオシャレが好きなんだよね」
「あ、さっきも髪直してたもんね」
「うん、ホールから出たら風が強くて乱れちゃってさ~。HRまでに直したくてトイレに駆け込んだの。そしたら早速クラスメイトと会えて、友達にもなれるなんて超ラッキー♪」
「おれも七緒と友達になれて運が良かったな」
——キーンコーンカーンコーン
本鈴が鳴り先生がやって来て自己紹介をし、学園生活のこと、アイドル活動のことなどを聞く。
普通の高校のような授業もあるが必要最低限で、声楽やダンスといったアイドル活動に必要なスキルを磨くことに重点を置いているようだ。また、校則に関してもアクセサリーの着用や髪型は自由で、周囲にはピアスやヘアアクセサリーを着けている人がちらほらといた。ネイルも装飾が派手なものは怪我の原因となるため禁止だが、ネイルそのものは問題なかった。
こういったところは普通の学校とは全然違っていてなんだか面白い。おしゃれしても怒られないのは新鮮でワクワクする。
登学初日ということもあり午前中のうちに解散となる。
そういえばおれはどこに帰ればいいのだろう……。
「ねえ、永翔くん——」
——ピンポンパンポーン
教室のスピーカーから放送チャイムが流れる。
「一年一組の蝶野永翔さん、生徒会室までお越しください」
突然呼ばれ思わずビクッと身体が震える。
あの静謐で凛とした声音は、さっきの在校生代表の人にそっくりだった。
「永翔くん、何やったの~?」
「いやいや、何もしてないって!」
う、嘘でしょ!? 初日から呼び出されるなんて……。
おれ、どうなっちゃうの~~~!??
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