第10話 「久野巧について知っていますか?」

 結局、泉さんのあの指示はなんだったのか。


 放課後。僕は泉さんとふたり、学校の中庭にいた。

 最後の関係者に話を聞くべく、ここで待っているところだ。ホームルームが長引いているらしく、彼女はまだこない。

 というわけで、聞き逃していた昼休みの件について問いただすことにした。あのあと昼休みが終わるということで教室に戻り、以降は普通に授業なのでゆっくり話を聞くタイミングがなかったのだ。


「……間宮詩織の鞄」


 購買で買った惣菜パンを食べながら、泉さんが答える。説明になってないが、そこから考えろということだ。彼女はよくこういう話し方をする。

 間宮先輩の鞄。そういえば、先輩がスマホを取り出す時にちらりと中が見えた。だが、物が多いということ以外、たいした記憶がない。

 理解できないのを察したのか、泉さんが説明を追加する。


「クリアファイルがあって、そこに似たようなプリントが何枚も入ってた。督促状だよ、あれは」


 督促状? 間宮先輩が受け取っていたということか。だが、それは別におかしなことではない。彼女は図書委員なのだから、持っていて当然だ。


「そうかな? でも、何枚も入ってるって変じゃない? A組の延滞者は、基本的にひとりだけだったんでしょ」


 彼女の問いに、僕は頷く。実を言うと、高校の図書室で本を借りる人間など、クラスに数人入ればよいほうだ。そしてその数人はたいてい読書好きの人間で、そういう人間が今後も利用する図書室で延滞をすることはなかなかない。ゆえに、延滞者もそれほど多くはない。実際、僕が見たところ二年A組の延滞者は、ひとりの人物だけだった。


「それに彼女、すごく真面目そうだったのに」


 そう言われれば、確かに妙だ。督促状は本人に渡すものだ。図書委員がずっと持っているべきものではない。なのに何枚も持っているということは、彼女はそれを渡さずに持ち続けているということになる。……ああそうか! だからあの時、間宮先輩にやたら話しかけていたのか。彼女が不真面目な人間かを確かめていたのだ。もしそうなら、督促状を渡さずにため込んでいる理由はわかる。けどそうじゃないなら、なぜ彼女は渡さずに持ち続けているのか。


「渡せないなら捨てればいいのに。なんていうか、律儀だよね」


 どういう意味だろう……。だけどそもそも、この話と展示コーナーの件はつながるのだろうか。


「お待たせー!」


 僕の答えのでない悩みを吹き飛ばすように、中庭に明るい声が響く。

 軽快な足音とともに現れたのは、一ノ瀬ひとは先輩だ。今回の事件で、最後に話を聞くべき人物だった。僕が連絡したところ快く許可してくれて、わざわざ放課後に会う時間を作ってくれた。


「あ、そっちが泉さん? わたし、一ノ瀬ひとは! ひとはって呼んでいいから。よろしくね!」


 泉さんの手をつかみぶんぶん上下に振りながら挨拶をする。さすがの人懐っこさだ。とはいえ泉さんはいたって無表情だが。しかしそれを一ノ瀬先輩が気にした様子はなかった。


「それで、里奈ちゃんは展示コーナーのことについて聞きたいんだよね? て言っても、わたしは直接は現場は見てないんだけど……」

「りなちゃ……!?」


 思わず泉さんのほうを見やる。しかし彼女はピクリと眉を吊り上げただけで何も言わなかった。


「え、いいの?」

「なにが?」

「いやだって、里奈ちゃんって……」

「なにが?」


 声のトーンが一段下がった。こわい……。初対面の人に下の名前で呼ぶのは許すのに、僕が呼ぶのはだめなのか。


「……昔は、そっちだって『ようくん』って――」

「ねえ、だからなに?」


 冷たい口調で言う一方で、やや頬が赤い。僕はこれ以上の彼女の機嫌を損ねないよう、口を慎むことにした。


「ほえ~、仲いいんだね~」

「いえ、別に。ただの昔馴染みです。……とにかく、一昨日の放課後の話を聞かせてください」


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