第9話 延滞者は誰?②
自販機へ向けて廊下をダッシュしている途中、急にスマホが震えた。
見れば、泉さんからメッセージが届いている。
『ぱそこんみて。にねんえーくみ』
………なんだこれ。なぜひらがな?
『じゅーすもかってね』
立ち止まり、しばしメッセージの意図を考えた。
パソコンというのは、さっき君島先輩が作業をしていたパソコンのことか? もしかして、このために君島先輩を連れ出したのか。
メッセージがひらがななのは、君島先輩に隠れて打っているからだろうか。意図を問うメッセージを送るが、当然のように無視された。
少し考え、とりあえず言われたとおりにすることにした。泉さんは強引なところのある人だが、何も考えなしに命令をする人ではない。犯人を見つけるために、意味があることなのだろう。
廊下を駆け抜け、自販機で適当にオレンジジュースを買う。彼女はシェイクやいちごオレなどの甘ったるい飲み物が好きだが、この自販機には見当たらなかったので仕方がない。ついでに、君島先輩の分の珈琲を買っておく。
そしてまた急いで事務室に戻る。幸い、君島先輩達はまだ戻ってきていなかった。泉さんが時間稼ぎをしてくれているのだろう。
罪悪感を誤魔化すべく、パソコンの前で手を合わせ、心のなかで君島先輩とプライバシーを侵害される生徒達に謝る。延滞をした我が身を恨んでくれ。
マウスを動かすと、画面が光る。しかしロックがかけられていた。少し考え、近くにある司書の机の上を覗いた。積みあがった書類の脇に、付箋とパスワードらしき文字がある。ノートパソコンは図書室の備品で、図書委員、司書が共用で使うものだ。だから、こういうものがあるかもと思ったのだ。年配の人のセキュリティ意識の低さに今だけは感謝する。
ロック画面を開くとさっきまで君島先輩が作業していたファイルが表示される。
督促状は、決まったフォーマットがあるようだ。堅苦しい文言が並んだ文書ファイルには空欄があり、そこに延滞者の名前と借りている本を入れる形式らしい。そして別のシートに、延滞者のリストがあった。
言われた通り二年A組の欄を見る。延滞者は……ひとりだけのようだ。
そこで僕はふと気づく。二年A組。これは確か間宮先輩のクラスではなかったか。
そしてリストをスクロールしていると別のことにも気がついた。この延滞者、だいぶ長いこと借りっぱなしにしているようだ。二年生になってからずっと督促状が作られている。
……いや、よく考えるとおかしくないか? 二年生になったばかりの、四月の頭ですでに延滞リストに名前が載っている。ということは、この人物は去年の時点で延滞しているということだ。
なかなか気合の入った人だなあと感心する。本を延滞する人間は、ど忘れしていたかそもそも返すという概念が頭にないの二択の場合が多い。前者は基本は真面目だから、言われれば申し訳なさそうに謝りながら返す。後者は督促状が送られても気にしないから、なかなか返さない場合が多い。それでも、年度をまたいでも返さないのは相当なずぼらか、もしくはすでに紛失してそれを言い出せないでいるかくらいだ。あと考えられるとすれば、悪意があるくらいか。延滞をすることで図書室に嫌がらせをしているというわけだ。そんな小さな悪事を働く人間が本当にいるとも思えないが……。
などと考えていると、話し声が近づいてきた。泉さんたちだ。画面を最初に開いた時の状態に戻し、ロックをかけ、席に着く。
「お、雛子戻ってたか」
君島先輩に今日のお礼と称して缶珈琲を渡す。先輩は「お、悪いな」とお礼を言って受け取った。
「はい、泉さんの」
ふたつのパシリをこなした忠犬として、少なからずお褒めの言葉を待っていたところはあった。けれど泉さんはジュースのラベルを一瞥すると眉をひそめ、
「次はいちごオレね」
とだけ言った。君島先輩が気の毒そうな視線を向けてくる。
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