2-6

 その日の夜。

 口から漂うニンニクの臭いで、ミアにラーメンを食べたことが露見した。

 食事を残さなければセーフと思っていたのが浅はかだった。


「ふーん、私のご飯よりそんな体に悪いものの方がいいんだー」


 ラーメンはネギやもやしも取れるから健康に良いんだと、言い訳にもならない言い訳をしてみたものの当然のように逆効果だった。

 結果、見事にミアは拗ねてしまった。明日から気まずくなるのも嫌なので、俺の方から謝罪をしてしっかりご機嫌をとることにする。

 こういう時は、ミアが好きなことをするのは一番だ。案の定、……誘ってみると一発OKだった。


「こ、こういうのも久しぶりだね……」

「言われてみればそうだな」


 ミアを自分の部屋へと誘う。なんだか妙にミアの顔が赤いような気がする。

 ……もしかしたら興奮しているのかもしれない。

 俺はミアをベッドに座らせると下準備をはじめる。なにせ久しぶりにやるので、俺としても色々と戸惑うことが多い。恥ずかしながらこういったことには疎いのだ。


「あんまり意地悪しないでよ?」

「それは保証できない」


 相手の弱いところを責めるのがいいのだ。こういったことを心から楽しむには、、相手の本気の反応というのも結構重要だ。


「……優しくしてね」

「それはもちろん」


 意地悪をするようなことはあっても、相手を傷つけるようなことはしない。

 相手は自分より年下の女の子。そこは俺だってわきまえている。

 拙くはあったがなんとか準備を終えることができた。ミアの方も気持が昂ぶっているようで少し息を荒くしていた。


「じゃあ、入れるぞ?」

「う、うん」


 俺は慣れない手つきでゲームディスクをゲーム機本体へと挿入する。

 ディスクはスーッと吸い込まれていき、画面には「ロード中」と表示される。


「今日は負けないから」


 ミアはコントローラーを握りしめ強く意気込んでいた。

 俺とミアが部屋で二人きりですることといえば…………ゲームしかない。昔からミアはゲームが好きで、よく部屋に来ては一緒にやろうとせがんできた。


「さて、八一○勝 三二○敗の記録をさらに更新するか」


 ミアはゲームが好きだけれども、対俺の戦績は芳しくない。

 プレイが真っ直ぐすぎるのだ。俺みたいな小賢しいプレイヤー相手だとどうしても勝利を積み重ねることができない。


「違うよ! 正確には八○八勝だから捏造しないで!」

「こまかいな……」


 意外とミアは負けず嫌いなのだ。——かくいう俺も勝負事は負けたくない。

 ここまで俺が勝利し続けているのは、そういった意地があるからだ。

 ようやく画面が切り替わり、十数年前に発売された格闘ゲームの画面になる。


 世相もありイーヴィシュでは娯楽産業が衰退していた。エンタメ業界やゲーム業界の企業はことごとく倒産し、近年では新しいゲームなどは発売されていない。

 この格闘ゲームは、イーヴィシュがアンフラグに占領される前に発売されたもので、当時の子供達の二人に一人は必ずプレイしたことがあるくらい有名なものだ。

 俺たちは小さな頃から、このゲームをただひたすらにプレイしてきた。

 だから、このゲームの実力に限っては上級レベルといっても過言ではない。俺相手にはダブルスコアのミアでも中級者レベルには負けないはずだ。


「お兄ちゃん。覚悟してね」


「ミアこそ泣いても知らないからな」


 プレイヤー選択の画面に移りかわると、俺とミアの言葉数は少なくなっていく。


「ルールはいつも通りでいいな?」

「うん、アイテムなし。ステージは闘技場で」


 俺たちの戦いは非常にシンプルだ。無粋なアイテムやフィールドギミックが多いステージは選択しない。プレイヤースキルを競い合うガチンコ勝負。


「お兄ちゃん、また魔法戦士!」

「手加減はしない」


 勝率は圧倒的に上だが実力差はほとんどない。序盤こそは圧勝していたが、後半になるにつれ五分五分の戦いが増えた。

 だからこそ、自分の一番得意なキャラクターを使うしかなかった。

 一つでもミアに有利なファクターがあればいつ負けてもおかしくない。

 ミアも得意キャラである道化師を選択して……いよいよゲームがスタートする。

 

 魔法戦士は短、長距離での攻撃ができるバランス型。

 道化師は短、中距離で敵を翻弄しながら戦う特殊型。

 どちらも初心者には扱いづらいキャラクターだが、上手に使いこなせればゲーム上では最強クラスのキャラクターである。

 序盤、俺は魔法戦士の長距離攻撃でミアの道化師の体力を削る。


「せこっ! 近づいてきなよ!」

「そっちから近づけばいいだろう?」


 ここからは我慢比べだ。近接戦は道化師の方に分がある。いかに適切なタイミングで接近し、連続攻撃を決めるかが魔法戦士での戦いの鍵だ。

 攻め入って押し通すか、守りながら反撃のチャンスを伺うか。


「もう焦れったいんだから!」


 戦況はすぐに動いた。ミアの方がしびれを切らして近づいてくる。

 ……一見すると無謀なようだが、これが適切な対応だ。

 このまま、我慢比べをしていれば長距離攻撃のある魔法戦士の方が断然有利。

 道化師としては体力が削られる前に仕掛けるしかない。


「やるな」

 

 ミアの道化師はこちらの懐に入り込み連続攻撃をしかける。

 防御力が高くない魔法戦士には一撃一撃が重たい。じりじりと削られる体力。


「お兄ちゃん、腕が鈍ったんじゃないかな!」


 ミアはゲームをしている時は好戦的になり、普段は絶対しないような挑発まがいのことも平気でしてくる。

 ————だが、こうして調子に乗っているときが一番叩きやすい。


「まだまだだな」


 俺はミアの連撃をガードで止めると反撃を開始する。

 魔法戦士の連続攻撃。ミアにガードの余地を与えず技を決め続ける。


「っ! 回避!」


 連続攻撃が終わるタイミングで道化師は大きく後退する。


「残念。それも予想通り」


 すかさず魔法戦士は間合いを詰めると道化師に連続攻撃を浴びせる。

 二回目の大ダメージに耐えることができず、道化師は力尽きた。


「あぁぁー」

「ユールーズ。俺の勝ち! 何で負けたか、明日までに考えといてください」


 俺は調子に乗った。


「くやしいぃ! もう一回!」

「かかっておいで」


 やはり勝負事に勝つのは気分がいい。俺は柄にもなく高揚していた。

 そのため普段なら絶対に言わないようなことを口走っている。


「キャラはこのままで!」

「おっけー」


 第二回戦が始まる。

 展開は一回戦と大きくは変わらない。お互いが不用意に近づかず、俺が遠くから攻撃をしかける。しかし、今回は遠距離攻撃を道化師が見事に回避している。

 お互いの体力は一向に減らないまま時間だけが過ぎていく。


「たまにはお兄ちゃんからきなよ」

「……タイミングが合えばな」

「もぉーほんとずるいんだから!」


 勝ちには徹底的にこだわる。

 ……おそらく、周りからはめちゃくちゃ嫌われるプレイスタイルだが気にしない。

 またしても我慢の限界がきたようで、ミアの道化師がこちらの間合いに入る。


「このこの!」

「っく」


 ふにゅ————という効果音が頭の中で響き渡る。

 興奮したミアが見境なく動いているせいで、隣に座っている俺の肩になにやら柔らかい感触が広がった。

 気になって集中できない。ゲームの世界より現実世界に意識を持ってかれる。おかげで俺が操る魔法戦士は防戦一方となっていた。


「ちょ、タイム!」

「タイムなんてナシだよ! このぉ!」


 ぐうう、ミアの胸がめちゃくちゃ当たっている。

 リックからは枯れた老人なんて形容されるが、俺だって一七歳の男であるわけで……本能には抗えないのだ。つまり、ゲームに集中できない。

 なんとか静止するように求めるが、興奮したミアにそんなことが通るわけもない。

 第一、こんなに胸部が当たっているのに気がついてないのだから。


「やばい!」


 雑念ばかりだったせいで、ついにガードのタイミングを誤る。

 そんなチャンスをミアがみすみす見逃すわけもなく、俺の魔法戦士は道化師の近接攻撃の餌食となる。途中でタイミングを見計らって防御を試みるが、ミアのプレイスキルの前にそれは叶わなかった。


「やったぁ!」


 そして魔法戦士の体力はゼロになり、道化師のキャラクターが画面上で踊っていた。さすがは近接戦に強い道化師だ。相手のペースになった瞬間に体力を根こそぎ持って行かれた。

 勝負に勝ったミアは心底嬉しそうな顔をして喜んでいる。


「くそー」

「ユールーズ。私の勝ち! なんで負けたのか、よく考えてみるといいかもね!」


 これ、言われるとかなりムカつくな。

 やっぱり負けると悔しい。でも一つだけ言い訳をさせてほしい。

 俺はミアに負けたなのではない。おっぱいに負けたのだ…………と。


「……もう一回だ」

「次も負けないから!」


 やはり、兄としてここは絶対に負け越すわけにはいかない。

 それから俺とミアはかなり遅くまでゲームをしていた。


 今日改めて思った————ミアとの時間はかけがえのないもので、何があっても失いたくないものだと。

 アリア・フォードに半殺しにされて、リックに諭され、ラーメンを食べ、ミアとゲームをして……非日常と日常が入り混じった一日。

 魔王を殺すためなら死んだって構わない……今だってそう思っている。

 

 けど、ミアやリックと一緒に入れなくなると思うと胸のあたりが苦しい。たぶん、二人は俺が死んでしまったら悲しんでくれると思う。それもなんだか嫌だった。

 魔王は絶対に殺す。これは揺らぐことはない。

 けど……自分のためにも、ミアやリックのためにも少しだけ自分を大事にしたい。


 こうして、激動の一日が終わりを告げたのだった。

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