2-5
「随分と時間がかかっていたようだが何かあったのか?」
準備室に入るなり、リックが心配そうに声をかけてくる。
なにも情報を共有していなかったので、心配をさせてしまったみたいだ。
俺は昼休みから放課後の出来事について詳細を伝えることにした。
「んじゃ、今日のところは活動はなしにしようぜ」
少し考えるような素振りを見せ、ようやくリックはそう提案した。
「いや、気を使ってもらう必要はない」
「回復したからって死にかけたことには変わりないだろ?」
「大丈夫だ…………心配するな」
リックは気遣ってそのように提案してくれたが、俺たちに貴重な一日を無駄にするという選択肢はないはずだ。
「いいかげんにしろ! どうして、お前はいつも死に急ぐようなことをする! 今日のことだって、あらかじめ共有してくれたってよかったじゃないか。俺じゃ足手まといか? デイブレイクは二人で立ち上げた組織じゃなかったのかよ!」
「……すまん」
リックの激情を受けて、俺は今までの行いを悔やんだ。たしかに、俺はどこか死に急いで居る節があった。
自分のことばかりでリックの気持ちを一切考えてなかった。これじゃ、ただの独りよがり……自分勝手で、独善的だ。
「悪いと思っているなら、俺の希望を叶えろ」
「できることなら」
「ちなみに、体で償えとか言わなからな?」
「……すまん。もしかしたらありえるかもと思った」
「なんでだよ!」
勝手なイメージだが、リックはなんかゲイっぽい(超失礼)。
……こうやって冗談が言えるということは、リックの怒りも少しはおさまったみたいだ。リックのいいところはこういうサッパリした性格だと思う。
「それで、俺にどうしてほしい?」
「今からラーメン食いに行くぞ」
「そんなのでいいのかよ」
「最近全然行けてないだろ! レンはミアちゃんのお迎えがあるから、活動が長引くと寄り道している余裕ないじゃんか」
デイブレイクが発足した当初は、暇さえあれば二人でラーメンを食べていた。
近くに行きつけのラーメン屋があるのだ。そこのラーメンを食べながら、他愛もない話をするのが俺たちの楽しみだった。
「久しぶりに行くか。今回は謝罪の意味も込めて、俺が奢る」
「うっしゃ! 久しぶりに怒ったら腹減ってきたぜ」
リックは心から楽しそうに笑った。俺みたいな無愛想な奴と一緒にメシを食うのがそんなに嬉しいのかよ。————まぁ、俺も非常に楽しみではあるのだけれど。
それから、リックと一緒に近くのラーメン屋に向かった。
向かう店の名前は「ホーライサン」といい、大通りから少し外れたところにある。気の優しいイーヴィシュ人のおじさんが切り盛りしているお店だ。
戦争で奥さんとお子さんをなくして今は完全な独り身。いつもニコニコしているが、ふとしたときに暗い顔を浮かべることがあった。
おじさんとは、まだ半年くらいの付き合いだがざっくばらんに色々な話をする。
「いらっしゃい。お、二人ともご無沙汰だねぇ」
店に入ると、おじさんはいつものように笑顔で出迎えてくれた。
「お久しぶりです。最近どうも忙しくて……」
「ういっす、全然ここのラーメン食べれてないから禁断症状でてるぜー」
「まぁまぁ、そんなところにいても何だから座って座って!」
おじさんに促されてカウンター席に座る。時間もまだ早いので店には人の姿はない。設置されているテレビからは古いドラマの再放送が流れている。
「二人ともいつものやつでいいかい?」
一時期アホみたいに通っていたこともあって、すっかり常連扱いされている。
『いつものやつ』が俺たちとおじさんの中で通じ合っていた。ちなみに、いつものやつとはこの店自慢の味噌ラーメンのことだ。
「おっちゃん、俺、大盛りで!」
「二人はデフォで大盛りだよ! これ以上は特盛りになるよ?」
「じゃ、特盛りで!」
「あいよ。レン君は?」
「俺は大盛りのままで」
ありがたいことに大盛りのままでもかなりの量がある。
リックは化け物みたいな胃袋をしているから、特盛りなんていとも簡単に平らげてしまうが、俺の方は大盛りで十分だ。それにここで満腹になってしまうと、ミアがせっかく作ってくれた夕飯を食べられなくなってしまう。
「ありゃ、レン君なんか痩せたでしょ? ダメだよ、食べなきゃ! チャーシュー五枚おまけで!」
「……ありがとうございます」
俺は苦笑いを浮かべた。ここのチャーシューはかなりのボリュームがある。
ご好意は大変ありがたいが、満腹になることが目に見えていた。
夕飯を食べないとミアが機嫌悪くするからな……がんばろう、俺。
おじさんは厨房に入って麺を茹で始めた。このラーメンが出来上がるまでの時間がなんとももどかしい。
「最近、魔法の調子はどうだ?」
「やっぱり、光魔法は成長の限界だなって感じるよ。ミアやリックには敵わない」
「まぁ、レンの場合は特殊だからなぁ。どうして光魔法にこだわる?」
「やっぱり、俺は————イーヴィシュ人だからな」
「でもさ、光魔法だけがイーヴィシュ人の証明ってわけじゃないだろ。イーヴィシュが好きって気持ちや、先人を敬う気持ちさえあれば……」
「それは頭では理解しているつもりだけど…………どうしてもな」
そう、俺はイーヴィシュ人だ。それを誇りに思っている。
誰にだって、この想いを否定させるつもりはない。
しかし、どうしても揺らいでしまう時がある。これはひとえに俺の心の弱さだ。
昨日までは普通に足をついていた大地。それが突然消えて奈落が広がる感覚。
俺のような半端者には拠り所となるものが必要なのだ。だから、リックの言葉を頭では理解しつつも光魔法に固執してしまう。ミアやリックを羨んでしまうのだ。
「あいよ、二人ともお待たせ」
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。沈みかけていた意識が急浮上して、現実世界へと引き戻される。
目の前には美味しそうな味噌ラーメンが置かれていた。
濃厚な味噌スープの上には大量のもやし、そのもやしを囲うようにコーン、バター、ネギ、メンマが綺麗に配置されている。そして、器の内側には七枚の極厚チャーシューが等間隔に貼り付けられていた。
普段は二枚のチャーシューがもやしの周りに配置されているが、今回は五枚もおまけしてもらっているためこのような配置になったようだ。
このようにホーライサンの味噌ラーメンは具沢山のため、外側から麺の姿をうかがうことはできない。
まだ見えぬ麺はスープに絡みつくようにやや太めの麺を使っており、一口すする度に濃厚なスープの旨味とコシのある麺のハーモニーに脳が震える。
————想像しただけで喉が鳴ってしまう。
「おっちゃん、いただきます!」
隣のリックはわき目もふらず、一心不乱にラーメンに手をつけた。
……それが合図だった。
「いただきます!」
リックに負けず劣らず、俺も無我夢中にラーメンをすすり始める。それから一切の会話がないままラーメンを食べ続けるのだった。
『ごちそうさまでした!』
「お粗末さま。いやー、相変わらず二人ともいい食いっぷりだねー」
気がつくと器は空になっている。
無意識のうちにスープまで完飲してしまったみたいだ。
「やっぱ、ここのラーメンが一番っす!」
「今日も変わらず美味しかったです」
「嬉しいこと言ってくれるね〜。そう言われると作り甲斐があるよ。……おじさんはもうこの社会にとっては古い血だから。君たちみたいな新しい血の原動力になれていると思うと、まだまだここに居てもいいんだなって思えるよ」
ラーメンを食べさせてもらったのはこちらなのに、なぜかおじさんの方が嬉しそうに喜んでいた。
「古い血だなんてそんな……。おじさんもまだまだ現役じゃないですか」
しかし、どうしてもおじさんの言い方が気になった。古い血……それはまるで、自分が社会にとって不必要とでも言っているように聞こえてしまう。
「働けるという意味ではね。でも、僕にはもうこの国を変えて行く力はない。しがらみとか、固定観念で凝り固まっているからね。そして時間もない。当たり前のことだけど人間は死ぬ。だからさ……これからを創っていくのは君たちなんだよ。僕たちの想いや伝統を繋いでいくのは君たちの役目なんだよ」
「……そう言われると荷が重いですね」
今の国があるのも先人たちの努力のおかげだ。多くの人たちの苦労と犠牲のもとに、今の俺たちがいる。このリレーのバトンは非常に重い。
特定の世代が放棄して良いものでもなく、バトンを落とすことは許されない。
「君たちがそこまで重荷を背負う必要もないんだ。そこはおじさん達やもっと上の世代がそれをサポートしていくのが正しい在り方だよ。けど、今の政治家や権力者には自分達さえよけば良いって人が多いからね。既得権益にしがみついている」
おじさんの言うことはたしかに一理あった。
確かにこの国はアンフラグに植民地にされたが、全員が全員アンフラグ人の奴隷と化したわけではない。
権力者達はアンフラグの上層部に取り入ることで一定の地位を得ている。
親アンフラグの政治家、新聞やテレビなどのメディア、違法カジノ、公務員……ざっと思いつくだけでもこれだけある。
これ以外にも、一般人には知り得ないような利権団体は数多く存在する。
もちろん、これらに関わる全員が悪だとは思わない。クラインおじさんやおばさんは官僚ではあるが、この国のために必死に戦っている。
問題は上に立つ人たちだ。
自分さえ良ければそれでいい————そういった考えの権力者によって、この国の富や力はじわじわと吸い上げられていく。
「僕はね。残された時間を若者や次の世代に使いたいんだ。これからこの国に生まれる子供や若者達が生まれてよかったと思える国にしたい。僕はこの国が好きだから…………‥…なんだか今日は喋り過ぎてしまったなぁ。君たちは真剣に僕なんかの話を聞いてくれるから、ついつい語ってしまうんだよね」
おじさんは恥ずかしそうに頭を掻く。……おじさんの話を聞いて、改めて自分が成さなければならないことを思い出した。隣のリックも思うところがあったようで、瞳には強い決意が映っていた。
それから、ミアを迎えにいく時間までおじさんを交えて他愛もない話をする。
最後に会計をしようとすると、おじさんから「お代はいらないよ」と言われた。こんなにサービスしてもらって、さすがにそれは申し訳ない。
俺とリックで二、三分は説得を試みたが、こうなるとおじさんも頑固だ。今日のところはありがたくご馳走になることにした。
「これからホーライサンに通う頻度を増やそうぜ!」
「あぁ、もちろんだ」
帰り道、俺とリックはホーライサンに通う頻度を増やすことを決意した。
人は誰かに支えられて生きている。そんな当たり前のことを、改めて感じることのできた時間だった。
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