皐月純文学&文芸賞
犀川 よう
「水平線純文学&文芸フェス」特撰(皐月純文学&文芸賞)
はじめまして。犀川 ようと申します。うみべさんにわたしの自主企画の選者をしていただたいたご縁で、今回「水平線純文学&文芸フェス」(https://kakuyomu.jp/user_events/16818622174040808687)の特撰として好きな作品を一作選ばせてもらい、感想を書かせていただけることになりました。主催であるうみべひろたさんには心よりお礼申し上げます。
本企画に参加された皆さんの作品を拝読させていただきました。皆さんの考えるたくさんの純文学&文芸を拝見できてとても楽しかったです。純文学や文芸とはなんぞやというのはわたしごときが定義するのはおこがましい限りですが、ひとつひとつに意味をつけるのではなく、作者の自由に委ねられた世界であることを再確認させていただけた、楽しい企画でした。
それでは、「水平線純文学&文芸フェス」にてわたしが選ばせていただきました作品を発表したく思います。
コーヒーと八徳/明里つゆりさん
https://kakuyomu.jp/works/16818622175960052501
総評
人それぞれの思想や感性ではありますが、もし純文学の世界観として静動のどちらかに関心を置くとしたら、わたしは「静」という物心両面の中にあるひそやかな世界にスポットをあてている作品の方が好きでして、わたし自身もそれをテーマにして書いております。言い換えれば、「つまらない」ものにささやかな祈りを見出して掬い上げたいと思う人間でして、たとえば、角砂糖のほんの少しだけ欠け落ちたものにフォーカスして、作者や登場人物の心理的あるいは感性的な事象を照射したり内包させることによって「動かない物語」を紡ぎあげたとしても、それはそれで立派な純文学のかけらではないかと考えている次第なのです。
本作は明里さんがドラマチックな展開を敢えて控えることで、起伏のない物語が続いていきます。派手さもわくわくするような進行もありませんが、その穏やかな会話の中で主人公の心理や可能性を「芽」になぞらえているところがとても良かったと思いまして、選ばしていただきました。
個別評
明里さんの作品の一番面白いところは、わたしの言うところの「静」でありながらもミクロな世界観に完全に徹しているわけではなく、音楽やコーヒーの苦さという味覚あるいは芽になぞらえた心情表現など、女性らしい感性を含んだ立体的な感覚を維持しているところです。
主人公の「私」がその気も無いお見合いというシーンでありながら、そこに一極的に集中しているわけではなく、周囲に気をやれるという、言ってみれば散漫さを表現しているのが非常にリアルだなと思いました。おそらく男性作家が書くとフォーカスがお見合いの会話自体に徹してしまうところを、良い塩梅で気を抜きながら無聊さや苛立ちを表したり、実は自分が空虚であることを確認する余白を産み出しております。どこにでもありそうな喫茶店での会話が、どこにでもありそうな思考経路と仕草を再現しているところに、わたしの言うのところの「静」があり、読者が期待するドラマチックな展開に背を向けてでも表現するのだという、ある種の覚悟を感じました。なかなかに胆力のある作家さんではないかと思います。読者に「つまらない」なんて言われたら、普通はショックですからね。(ですが、そんなことを気にする必要はありませんよ。)
お相手の「彼」はお見合いあるあるで自分のことを滔々を語っていくわけですが、それが八犬伝なところがさらに面白いです。これはわたしの勝手な推測ですが、本作があまりにも「静」になるのを、八犬伝という「動」で物語を動かそうとしたのだと思います。それはそうですよね。シーンとしたまま会話のない話は流石に表現しても読んでもらえるかは怪しいですからね。
前半から中盤までの彼の八犬伝に対するつまらなさを表現している箇所が、すごく女性的でさもありなんという感じで好きです。ここを論理的に書いてしまうと芝居といいますか説教くさくなってしまうものなのですが、女性的な「興味ない」という気持ちを感じることができて良かったです。「彼」の八犬伝の説明中、きっと「私」は爪を擦ったり髪を弄ったりしてるに違いないと思いました。わたしであればトイレに行くと装いながら店を出ていったかもしれません。
中盤でいつのまにか「私」が八犬伝の話に入っているのがまたリアルで面白いです。理屈ばった表現や心理描写なしで、「私」が八犬伝の世界に足を突っ込んでいるのがわかる箇所があります。
私は唖然とした。お見合以下である。たぶんそのころは姫と結婚する英雄の話としての大団円だったのだろうが、今の価値観では、非人道的すぎる。(引用)
それ以前に「私」は自分の話をすることを振られて、ネタがないことに気がつくのですが、そんな自己分析の後に、上記の引用部分のような感情を抱くくらい、八犬伝の話が入る余地があるのが良かったです。通常の短編であれば心情に変化がありますと一直線に起承転結の「結」(あるいは結論)へと向かうものですが、明里さん独自のバランス感覚の方がむしろリアルな気がして、わたしとしては好印象でした。
最終部は芽やコーヒー、音楽などを多重に用いて表現を広げております。女性特有の「この人に興味を持ってもいいかな」という心の変遷を自然に出せていて良いと思いました。こういう部分を「これこれこういう理由によって……」などと理屈で書いてしまうと、悪い意味で作品が硬くなってしまうのですが、本作は上手くかつ軽薄にならない程度の軽やかさで終わらせております。この匙加減についても非常に良いと感じました。小説としての作り物感を与えず、現実的でありふれたオチ(もちろん褒めてます)として受け入れられるからです。
本作は喫茶店でのお見合い会話のワンシーンを上手く続けて、淀みなく仕上がっていると思います。わたしとしては、同じ「静」の純文学作家として、これからも「つまらない」作品を自信を持って堂々と書いていってほしいなと願っております。
ここに「水平線純文学&文芸フェス」の特撰としまして、皐月純文学&文芸賞を贈らせていただきます。
ありがとうございました。(犀川 よう)
皐月純文学&文芸賞 犀川 よう @eowpihrfoiw
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