第3話『お針子講座と、麻布パンティの夜』

日が傾き、夕焼けが村を金色に染め始めた頃。教会の裏庭では、にわかに集まった女性たちの熱気に包まれていた。


 木製の長机、椅子、くたびれた裁縫箱──それに、裕太が用意したスケッチと試作品たち。


 「……じゃあまず、この型紙を見てくれるかな」


 服部裕太は、手元の布を広げながら言った。


 「今日は、村で手に入る布を使って、“みんなが自分で作れるパンティ”をやってみようと思う」


 「ぱ、パンティ……?」

 「それって、あの……下着ってことですよね……?」


 女性たちが顔を赤くしながらざわつく。


 裕太は頷き、落ち着いた口調で続けた。


 「そう。昨日、村の人たちにフィッティングをした時、思ったんだ。いくら俺が頑張っても、布がなければどうしようもない。でも、縫えるようになれば、作れる。自分のサイズに、合わせてね」


 その一言に、真剣な目が集まった。


 この世界には、量産された下着という概念がない。仕立て屋で作るか、布を巻いて済ませるのが一般的だった。だが、それはすべて“他人任せ”のもの。自分で作るという発想は、斬新だったのだ。


 「……教えてください!」


 最初に声を上げたのは、昨日試着して感動したルーシェの母親。

 その声に、他の女性たちも続いた。


 「私も!」「やってみたいです!」「孫の分も……!」


 裕太はにっこり笑って、縫製講座を始めた。


 「まずはこの型紙。半分に折って、ここを……」


 彼の手は慣れたものだった。布を無駄なく使う裁断、縫い代の計算、ウエスト紐の通し方──そのすべてを、実演しながら教えていく。


 素材は現地の麻布。ザラつきはあるが、厚みと通気性は悪くない。

 初めて触れる下着の形に、女性たちは戸惑いながらも、どこか楽しげだった。


 「先生、ここはどう縫えば……?」「糸が絡まっちゃった!」「わたしの、お尻が……入るかな?」


 にぎやかな声が飛び交う。


 中でも特に目を引いたのは、まだ10代と思しき少女・ティナ。

 細い指で器用に針を操り、ステッチもまっすぐに整っていた。


 「……上手いな。裁縫、得意なのか?」


 裕太が尋ねると、ティナは照れたように笑った。


 「母が仕立て屋だったんです。小さい頃、よく隣で見てて……」


 彼女の目は、どこか懐かしさと憧れが混じっていた。


 夜も更け、ランタンの灯りが揺れる教会の中。

 村の女性たちは次々と縫い上げた自作パンティを手に試着室へと消えていった。


 しばらくして戻ってきた一人が、ぽつりと呟いた。


 「……自分で作ったの、なんか……すごくいいです」


 「うん。世界に一つしかない“わたしの下着”って感じ」


 「不格好だけど、気持ちが違うのよ」


 照れ隠し混じりの感想が飛び交うなか、裕太は静かに目を細めた。


 「……それ、すごく分かります」


 職人にとって、ものづくりは祈りだ。

 誰かが、自分のために作ったもの。

 あるいは、自分が自分のために縫ったもの。


 その温度が、布を通して伝わっていく。


 そして、


 「せんせい」


 ティナがそっと声をかけた。


 「わたし……もっと縫えるようになりたいです」


 裕太は、真剣なその目に、はっきりと頷いた。


 「うん。じゃあ、君のための特別講座、明日から始めよう」


 月明かりの下で、麻布パンティは干されていた。

 村の風景が、少しずつ変わっていく。


 それは、下着から始まる、小さな文化革命の第一歩だった。

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