第4話衝撃が走る。思い出す。

 カレーを食べ終え、食器洗いも追えたところで俺は脱衣所にある洗濯機の様子を見に行く。どうやら今は乾燥中のようで、あと30分はかかるらしい。制服が乾かないことには鈴森を帰すこともできない。

 あと30分何をしようか、と考えつつリビングへと戻るとジャージ姿でソファに座る鈴森の姿が目に入る。鈴森はテレビで流れている恋愛ドラマを見ている。すっかり見入っている様子だ。……鈴森もああいうやつ見るんだな。

 なんか今更だけど、鈴森は俺のジャージを着てるってなんかすごい状況だな。まるでカップ___いや、これ以上の思考はやめよう。フラれたばかりなのに次のことを考えるなんて気が早い。


「鈴森、もう少しで洗濯終わるぞ」

「どうも。制服が乾いたら私、帰るから」

「あー、それなんだが……」

「何?まさか私の事引き留めるつもり?心配しているようなら、それは無用___」


 鈴森が言葉を紡ごうとした刹那、轟音と共に空気が揺れた。鈴森の肩がびくっと跳ねる。窓の外を見やれば、先程よりも雨が激しさを増しており、雷まで響いている。この天気の中では傘があっても帰るのは困難だろう。

 

「流石にこの天気の中外に放り出すのは俺も気が引けてな。今夜はよかったら……鈴森?」

「な、なにかしら。別に、私は雷ぐらい__」


ドゴッ


「ひっ……!?」

「……」

「……お、お言葉に甘えて今日のところは泊っていこうかしら」


 ……かわいいところあるな。


▼▽


 雨脚は激しさを極め、もはや鉛が降ってきているのではないかと錯覚してしまうほどの雨粒が窓に打ち付けられる。雷も止むことはなく、定期的に鮮烈な光を俺達に見せつけていた。

 さて、鈴森が一晩泊ることが決まったのだが、俺は一つの問題に苛まれていた。


「……寝床どうしよう」


 この部屋にはベッドが一つしかない。あいにく客人用の布団も買っていない。とりあえず俺はソファで寝るとして、鈴森はこのベッドで寝てもらうしか……いやでも男臭いかな?こんなことになるって分かっていれば一式を洗濯した上で掃除しまくってたのに……


「……風来くん」

「鈴森。とりあえずこのベッド使ってくれ。俺はソファで寝るから。それじゃ__」


 鈴森に使うように促して寝室を去ろうとしたその時だった。俺の袖を鈴森の細い指が掴んでいる。驚いて鈴森の顔を見ると無意識のうちにやっていたのか彼女自身も困惑した様子だった。

 これまた珍しいなと思ってみていると、鈴森があわあわと口を開く。


「あの、えっと、その……風来くん!」

「えっ、はい…?」

「……い、一緒に寝てくれる……?」

「はい……?」


 稲妻にでも打たれたんじゃないかと錯覚してしまうほどの衝撃だった。

 ほんのりと頬を赤らめ、いじらしい上目遣いで俺の様子を伺ってきている鈴森を前に俺はただ困惑するばかりだった。一緒に寝てほしい?あの毒姫が?俺と?


「あの、嫌だったら別に……」

「あっ、いや、寝ます。寝させてください」


 頭の整理が追い付いていなかったからか、変なことを口走ってしまった。

 そんなこんなで俺と鈴森は同じベッドで眠ることになった。俺達、今日話したばかりなのに距離の縮まり方がおかしい気がするんだが……気にするだけ無駄か。


「電気、消すぞ」

「うん……」


 部屋の照明を消してベッドに入る。詰めて何とか収まることができたが、やはり一人用ベッドを二人で使うのは無理がある。もう鈴森の顔が目と鼻の先だ。少し呼吸をすれば、鈴森の身体から香る甘い香りが俺の脳を搔き乱してくる。使ったのは同じシャンプーのはずなのに、彼女が使っているというだけで何故だかいい匂いのように思えてくる。これが美毒姫の力か。 

 加速していく心臓の鼓動が俺の眠気を阻害してくる。このままだと眠れん……

 

ゴロゴロゴロ


「ひっ……」

「……雷、怖いのか?」

「べっ、別に……あんなの、ただの自然現象だし、音がでかいってだけで……」


ゴロゴロッ


「ッ……!?」


 流石の美毒姫様も雷には勝てないらしい。俺に一緒に寝てくれと申し出てきたのもそのせいだろう。ちょっとだけ手元が震えている鈴森の姿を見ると可愛いと感じるのと同時になんとかしたいと強く感じてしまう。普段の凛々しい姿ではなく、庇護欲を掻き立てられる姿。ギャップでめまいを起こしてしまいそうなくらいだ。これも美毒姫の毒なのだろうか。

 俺はそっと鈴森の手に自分の手を重ねた。


「……手、握られてるとなんだか安心できるんだよな。嫌だったらやめるぞ」

「ううん、ありがとう……」


 握った手からじんわりと鈴森の体温が伝わってくる。誰に対しても冷酷な態度の彼女でも、体は温かい。当たり前のことだけれど、彼女も人間だ。相応のぬくもりは存在しているのだ。

 俺はこのぬくもりに、椿あいつのことを思い出していた。

 椿に告白されたあの日、こうして手を握って二人で歩いた。これから始まる椿との幸せな生活に想いを馳せながらぬくもりに幸福感を感じていた。今となっては、未練として残ったただの憎い思い出となってしまったわけだが。

 鈴森との時間を過ごす中で少しだけ気が紛れていたが、俺の心に空いた穴は未だに冷たい風を呼び込んでいる。椿のことを考えれば考えるほどにその穴は大きくなっていく気がした。

 どうしてこうなってしまったのだろう。考えても無駄なのに、頭の中に椿のことが溢れてくる。


「……風来くん?」

「なっ、なに……?」

「……悲しい顔してるわよ。眠る時にする顔じゃないわ」


 鈴森の心配そうな声が俺を過去から引き戻してくれた。こんな美少女が気を使ってくれているのに元カノのことを思い浮かべるなんて、俺はなんて贅沢なのだろうかか。


「私が一緒に寝ているのだから、もっと穏やかな顔をして。私が苦しめてるみたいじゃない」

「あぁ、ごめん。こんな美少女と一緒に寝てるんだから、もっと喜ばなくちゃな」

「もう、調子のいい人」


 毒も適量ならば薬。美毒姫の毒が心の穴に染みわたっていく気がした。

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