第3話カレーを食べる。互いを知る。

 ガスコンロに火をつけて、昨日のカレーを温め直す。

 ……非常に今更ではあるが、客人に一日前のカレーを食べさせて良い者なのだろうか?ちゃんと冷蔵庫で保存していたから衛生面での不安はないのだが……なんせ相手はあの美毒姫。下手にまずいものを出して機嫌を損ねたらどうなるか分かったもんじゃない。……まぁ、カレーは二日目からって言うし、大丈夫か。

 俺はカレーを温めている間、野菜室から適当な野菜を取り出してサラダを盛り付ける。そして温まったカレーを白米の上によそって完成だ。この手軽さが作り置きの魅力だろう。 

 テーブルの上にはあっという間にカレーとサラダが並んだ。鈴森はスプーンを手に取ると静かに手を合わせてひとすくい。湯気の立つカレーを少し冷ましてから口に運んだ。

 

「……おいしい」


 俺は心の中でガッツポーズを取った。やった。やはりカレーは正義。我が国のカレーは誰にでも通用するのだ。


「貴方、料理できるのね」

「まぁ、一人暮らししてるからな。多少のことはできる」

「誰かの手料理なんて、久しぶりに食べた……」


 ふとした呟きだったのだろう。その表情はいつもと変わらず凛々しく、そして極限まで美に特化された洗練されたものだったが、隠しきれない寂しさが垣間見えていた。強く、孤高であり続ける鈴森を何がそうさせているのか。俺は深く踏み込むことはしなかった。きっとまだ、見てはいけないから。

 

「……何?私の顔に何かついてる?」

「あぁいや、別に。なんだか不思議な体験をしてるなって」

「不思議な体験?」

「……鈴森、あんまり人と話さないじゃん。俺だって今日初めて話したし。それなのになんか一緒に飯食ってるの……不思議じゃね?」

「……まぁ言われてみればそうね。こんな時じゃないと貴方みたいな人とは話そうとは思わないし」


 あー、このグサッと来る感じ。これだよこれ。鈴森に言い寄った男はもれなくこれに滅多刺しにされ続けているのだ。

 

「この際だから、私からも一つ聞かせて。……なんで雨の中で傘も差さずに歩いてたの?」

「えーっと……」

「私に言わせておいて自分だけ言わない、なんて卑怯な真似はしないわよね?」

「彼女に、浮気されまして」


 俺の返答を聞いて鈴森は目を見開いた。

 さすがの俺も躊躇ったが、鈴森相手に隠す必要もない。鈴森は他人に言いふらす性格でもないだろう。そう確信しての言葉だったが、余計に気を使わせてしまっただろうか。


「……彼女って、千木良さんの事?」

「えっ、知ってるんだ」

「時たま帰り道で一緒に歩いてるのを見たことがあるの。辛い事を思い出させてしまってごめんなさい」

「いや、いいんだ。俺も不用意に言っちゃったし」

「……もしかしてなんだけど、浮気相手って月村先輩?」


 どきり、と大きく心臓が跳ねた。その衝撃は顔にも出てしまっていたようで、鈴森はやっぱりかとため息をついた。


「……あの人、表ではいい顔してるけれど、裏では違うの。女を漁ってはとっかえひっかえしてる最低野郎。よく聞く話じゃない?学校一のイケメンが実は腹黒なヤリチン野郎だったなんて」

「マジか……全然知らなかった」

「一応、付き合ってた人には口封じしてるらしいしね。じゃないとあんなにちやほやされないでしょう?……今日貴方が返り討ちにした人も月村先輩の仲間。変に恨み買っちゃったかもね」

「悲しいことに、こういういざこざは慣れっこなんだ。今日のことは俺が勝手にやったことだし、何かあれば自分で何とかするさ」

 

 失笑する俺を鈴森は不思議そうな目で見つめた。


「……そこは私のせいにするところじゃない?」

「え?なんで?」

「だって、助けを求めたのは私。貴方はそれに応えただけ。……確かに選択肢はあったけれど、ほとんどの責任は私にあるわ。なのに、なんで……」

「ん~、確かに見ないで素通りってこともできたけど、やっぱり助けを求めてる人がいたら助けちゃうのが人間だ。それが美少女ならなおさらな。世の中、いろんな人がいるもんだ」


 俺は思ったことをそのまま鈴森に言った。それでも鈴森はやはり疑問に思っているらしく、縮まった眉間からそれが読み取れた。


「やっぱり貴方不思議ね。私と平然と話してるし」

「それは鈴森が答えてくれるからだ。俺としてはお前がなんで他の奴と話さないのか疑問なんだが」

「……私は他人に期待しないの。だから、話す必要もない」


 鈴森は声を低くして吐き出すように言った。テーブルに落ちた視線からは苦労の二文字が読み取れる。どことなく彼女からは俺と同じ風を感じる。きっと、今まで色々な壁にぶち当たってきたのだろう。

 

「俺とは?」

「……貴方とだけは、話してもいいかなって。貴方は他の人とは違う。恨めしさに人のせいにすることはないし、助けを求める手があったら手を取ってくれる。……当然のように言ってるけど、こんなことできる人間なんてそういないわ」


 そう言われて、頬が次第に熱を帯びていく。

 正面から褒められることなんて久方ぶりだったからか、なんだか気恥ずかしかった。


「褒めてもらえるのはありがたいが、一つ。……『貴方』じゃない。俺には風来千都って名前がある」

「それじゃあ、風来くん」

「おう。名前だけでも覚えてくれ」

「えぇ。覚えておくわ。……もう一つだけ聞きたいのだけど、何故伊達眼鏡を?風来くん、眼鏡がない方がよく見えるのだけれど…」

「あはは……それは色々と訳アリで。つけてる方が色々と都合がいいんだよ」

「……そう。私は無い方が好みよ」


 本日二回目、先程よりも大きく心臓が跳ねた。

 そういう意味で言ったのではないのだろう。でも、学園一の美少女の口から言われると心にぐっと刺さってくるモノがあった。

 案外人間らしいところもある鈴森。もっと彼女のことを知りたいと思ってしまっている俺は、既に彼女の毒に蝕まれているのかもしれない。

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