第23話 指名手配とアイス③

 俊子さんの霊をメイから剥がし、友坂家は家路についた。車の中で、指名手配犯の住処が分かった経緯を光輝にどう伝えるか話し合っていた。


「ただ見たって情報だけじゃ意味がないから、マンションと部屋番号を伝えないといけないだろう」

 アランの言うことは真っ当だ。


「そうねぇ。だけど、轢き逃げされた霊が憑いてた、なんていう訳にはいかないわよね」

 助手席の詩織が、後部座席のレイに話しかけた。


「指名手配犯の顔写真を見て覚えてたって事にしたらどうかな」

 メイが詩織に応えて言った。


「問題は、何故そんなものを覚えてたかって事だな」

 レイは両手を頭の後ろに回し、車の天井を眺めながら呟いた。


 ◇◆


 家に帰るとすぐ、レイは友達の光輝に電話を入れた。


「あ、光輝。あのさぁ、指名手配犯に似た人を見たんだけど」

『ええっ、マジ⁈』


「うんうん、マジマジ」

『どの人?』


「あ、その手配写真送るわ」

 レイは、さっきアランが見せてくれたサイトを出して、手配写真を光輝のスマホに転送した。

『ああ、九州で起きた轢き逃げかぁ。今は確か、轢き逃げじゃなくて殺人に切り替えて手配されているよ』


「へぇ、そうなんだ。さすが刑事の子、よく知ってんな」

『まぁな!で、どこで見たんだ?』


「えっとねー、電車で見かけてな」

『電車かぁ、降りた駅とか分かる?』


「うん、◯◯駅」

『ん、そっか、じゃ親父にそれ、言っとくよ』

 光輝は明らかに落胆したような様子だった。降りた駅が分かったところで、男の住んでいる場所が分かる訳がない。


「で、そいつの後をつけたんだよ」

『ええっ?』


「指名手配犯だと思ったから、同じ駅で降りて後をつけた。住んでるマンションまで」

『マジで?』


「うん」

『どこのマンション?』

 

「◯◯町。住所送るよ」

 レイはマンションの住所とマップのデータを送った。

『‥‥‥サンキュー、‥‥‥だけど、レイ。そいつが指名手配犯だって、よく分かったなぁ』


「うん、まぁな」

『普通、指名手配犯の顔なんか覚えてないだろ。俺だって知らないぜ』

 光輝はやはり不思議に思っているようだ。よほど印象深くて確信がない限り、一般庶民がチラッと見かけた指名手配犯らしき男の後をつけたりしない。


「ああ、それな。実は‥‥」

『うん、実は?』


「その前の日にな、名前当てゲームをしたんだわ」

『名前当てゲーム⁈ 何それ』


「指名手配写真がずらっと並んでる写真があるだろ、さっき送ったやつじゃなくて、全国の指名手配犯のやつ、警察庁が出してる」

『ああ、あるな。交番とかに貼ってある。十人くらいかな』


「十一人な。それネットにもあるからな」

『う、うん、で?』


「冷蔵庫にアイスが一個しかなかったんだ」

『‥‥‥待てよ、指名手配は?』


「お前、弟と妹がいるだろ?冷蔵庫にアイスが二個しかない時、どうする?」

『分けられれば分けるし、そうじゃなきゃ弟と妹に譲るさ』

 光輝には小六の弟と、小三の妹がいる。


「だろ?だけどアイスが一個しかない時、メイは絶対に譲ってくれないんだよ」

『メイって双子の?』


「ああ、あっちが姉ちゃんって事になってるけどな、絶対譲らねんだよ」

『えっ?何の話してたっけ』

 光輝の頭の中は?でいっぱいだ。何でこいつアイスの話してるんだ?


「アイスを巡ってじゃんけんじゃあ面白くないから、名前当てゲームで勝負しようってメイが提案してな」

『‥‥‥お前んち、金持ちかと思ったらそうでもないんか』

 レイの父親は会社経営者だし、高級そうな車に乗っているから、光輝はそんなイメージをレイの家庭に持っていた。アイスを巡る争いなんて起こりそうもない。


「金持ちじゃねぇし、それは関係ねぇだろ。冷蔵庫に一つしかアイスがない場合はどんな家でも起こりうる話だ」

『‥‥‥そう、なんか?ま、いいけど。で、それが指名手配犯とどう繋がるんだ』


「メイがアイドルグループの名前当てをやろうって言うから、そりゃ俺の方が不利だろ?」

『男のグループならそうだけど、女の子のグループならレイの方が知ってるんじゃ?』


「俺、どっちも興味ないんだわ。そして、メイはどっちも詳しい」

『なるほど』


「だから、指名手配写真の名前を一分間で覚えて、名前を一人ずつ言い合うってゲームを考えついたんだ、それなら不公平じゃなくなるだろう」

『ふーん、他にいろんなゲームができると思うけど。お前んち、おもしれーな。お前の親も人前でイチャイチャするし』


「アランは、父ちゃんは、半分外人だからな。外人はよくやるだろ」

『で?そのゲームどっちが勝ったんだ』


「メイが勝ったよ」

『何だ、お前負けたのか』


「だよ。アイスの恨みは大きいぜ」

『で、顔を覚えてたって訳だ』


「そうなんだよ!で、そいつが指名手配犯だって気づいたのは、メイじゃなくて俺の方だ!」

『分かったよ、ちゃんと覚えてたって事だな』

 光輝は、電話の向こうのレイの負けず嫌いに苦笑いした。


「そいつ、多分女の人と住んでる」

『何で分かったの?』


「女物の洗濯物が干してあった」

『お前は探偵か⁈』

 思わず突っ込んでしまった光輝であった。

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